記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

続きを読む

1974日目 - 庭仕事

 今日の屋久島は、太陽は出ているけれども雲が多い。山の頂上は、雲に覆われている。ここのところ連日、庭仕事をしている。庭と言っても・・・自分の庭ではない。隣に住む大家さんの庭。しかし、大家さんは、最近引っ越して来たばかり。この家のことは、こちらが一番知っている。長く管理人のようなことをしていた隣のY翁は、2月に引っ越した。その後、Y翁が住んでいた家の増改築に取り掛かった。それが、ゴールデンウイー...

続きを読む

1972日目 - 人の生きる道

「1966日目 - 人類史」の続き。今日から「屋久島ナチュラルヒーリング」のHPでは、双子座の水晶祭りが始まっている。双子座的な雰囲気のあるものが、28組登場している。水晶祭りが始まって、改めてパソコンにストックしてある水晶の写真を眺めてみた。すると・・・すてきな水晶たちが、次々と現れる。美しい!見飽きない。この世には、なんと美しいものがあるのだろうか・・・これらの美しい水晶たちは、偶然に存在している...

続きを読む

1966日目 - 人類史

 今日の屋久島は、かなりの雨が降っている。風も強く、雨が流れているのがわかる。台風の時に潮が上がってくる感じに似ている。山の方は、まったく見えない。人は、自己保存の本能をベースに生きている。人類史を振り返れば、保身のための歴史とも言える。我が身を守ることが、第一。その延長として、家族、民族、国家などがある。あくまでその根底にあるのは、我が身の保全。この命を守ること。これまでの人類史は、ほぼ肉体...

続きを読む

1965日目 - 自尊心

 朝、水を汲みに行く。水場の近くに、野イチゴが咲いていた。白い花には、ミツバチが止まっていた。もう赤く色づき始めた実もあった。コメント欄に、自尊心について書き込みがあった。自尊心とは、何だろうか。自分を尊ぶ心とは?・・・それは、自分の拠り所だろうか。自分が、依って立つ基盤だろうか。自尊心こそが、自分を支えているものだろうか。「自分は、○○○」仕事が遅いと言われても、自分は丁寧にやっているというのが自...

続きを読む

1963日目 - 空

 自我というのは、絶海の孤島のようなもの。小さく凝り固まっている存在。その凝り固まったものが、自分の拠り所。自分の存在基盤。それは、自分の所有物。執着しているものであり、依存しているもの。地位、名誉、財産。信念、信条、信仰。家族、会社、作品。知識、経験、技術。体力、容姿、評判。恋人、友人、顧客。それらのトータルとしての自己イメージ。自分というイメージ。自分というこだわり。自分という囚われ。それ...

続きを読む

1962日目 - 繋がり

(「1961日目 - アート」の続き)人は、現実創造をしている。そのベースになっているのは、肉体の保持。自己保存の本能が、根底にある。しかし、それだけではない。それだけでは、アートの説明はできない。人は、パンのみにて生きるものにあらず。では、パン以外の何によって人は生きているのだろうか。アートの源は、何だろうか。閃きは、肉体ベースではない。肉体を守るための動物的な勘はある。しかし、芸術的な閃きや発明...

続きを読む

1961日目 - アート

 真っ暗の新月から、少しずつ光が満ちてくる。そのプロセスは、漆黒の闇から宇宙ができあがる姿を彷彿とさせる。満月になる時、宇宙は完成する。完成したものは、また欠けていく。それは、呼吸にも似ている。吸い切ったら、吐くしかない。いつまでも吸い続けることはできない。吸ったり吐いたりが、呼吸というもの。食べものも同様。食べてばかりはいられない。食べたものは、出す必要がある。この世のものは、すべて同じ。す...

続きを読む

1959日目 - 瞑想とは

 今日は、新月。月光がない状態。この何もない状態から、徐々に月が満ちていく。それが、現実創造。満月になる時、すべてが完成する。満月から新月までは・・・瞑想。瞑想とは?瞑想とは、引き算。手放すこと。手放し抜いて、ゼロになること。何もない状態に戻ること。瞑想とは、空。何もない元の状態。創造以前。分離以前。ひとつから無限に分離するのが、宇宙創造。分離した末端が、人。分離の極にあって宇宙創造の一翼を担...

続きを読む

1957日目 - 空をベースに・・・

 今日の屋久島は、雲一つない快晴。さわやかに晴れあがっている。気温も20度を超え、過ごしやすい。気分爽快!何もない空っぽの心境も、これと似たようなもの。心は、いつもすっきりさわやか。しかし、空だけでは、宇宙は成り立たない。この森羅万象は、存在しない。毎日快晴では、朝夕のあの黄金色の雲の荘厳さを見ることはできない。いわし雲やわた雲などの多様性も望むべくもない。ただ毎日毎日青空があるばかり。これで...

続きを読む

1955日目 - 無感覚

 昨日のコメント欄に、次のような書き込みがありました。「屈辱も、苛立ちも、何にも感じない無感覚。プライドも何もない。なかなかなれないものですね。私も、時にかなりの状況を受け入れる器も持ち合わせている。けれど、屈辱と感じられるものに対して受け入れる器は小さい。寛容にさえ限度がある。本当は底の抜けたバケツのように、すべて私を通り抜ければいいのだけど・・・。これは、冷めているという心の状態と同じなの...

続きを読む

1954日目 - 何もない

 昨日は、水晶の浄化に行った。海の水はぬるく、泳げそうな感じだった。しかし、川の水は、まだ冷たかった。水量は少なく、藻がたくさん生えていた。「自分」というものをすべて手放すと、どうなるだろうか。全開すると、どんな感じだろうか。どんなこだわりも、いかなる囚われもなければ、人はどのような感じになるだろうか。・・・すべてを手放せば、「自分」はなくなる。「私」は、消える。それでも・・・意識は、ある。そ...

続きを読む

1952日目 - 惰性

 今日の屋久島は、朝から激しい雨が降っている。昨日は、強い風が吹いた。ゴールデンウイークが終わって、自然は大浄化を始めている。怠惰な人の気を一掃するために・・・子供たちは、活き活きとしている。小さければ小さいほど、鮮度がいい。年寄りは、活き活きとしていない。年を取れば取るほど、鮮度が落ちる。この違いは、何だろうか。生命力が違う?確かに!新芽と老木では、生命力に格段の差がある。しかし、実は、それだ...

続きを読む

1950日目 - リセット

 朝、庭に出ると、どこからともなく馥郁(ふくいく)とした香りがしてきた。春の香り。自然の香り。香りの元を辿っていくと・・・そこには、ハマニントウ(浜忍冬)の花が咲いていた。これまで自宅では見たことがなかった。近くの野原には、たくさん自生している。いつの間に自宅で育ったのだろうか。春になって、あちこちで花が咲いている。誰が植えたのでもない野の花。目立つことなく、静かに咲いている。楚々として、力強く咲...

続きを読む

1948日目 - 自分とは、何?

 屋久島は、晴の日が続いている。ゴールデンウイークで、観光客がたくさん押しかけている。車を運転すると、レンタカーに交じって各県のナンバーが走っている。日本全国から屋久島に人が来ている。自宅の周りは、車輪梅が満開。野性の車輪梅が、至るところに花を咲かせている。自宅に居ながらにして、お花見ができる。今日もたくさんのツバメが、自宅の周りを低空飛行していた。夢は、面白い。いろんな時代の知り合いが、一緒...

続きを読む

1946日目 - 春の木霊の森

 朝8時に宿に迎えに行く。そのまま木霊の森へ向かう。白谷雲水峡の駐車場には、8時半頃に着いた。それでも、駐車場は、ほぼ満車状態だった。人盛りのする駐車場を後に、木霊の森へ歩く。木霊の森には、誰もいない。白谷雲水峡とは、対照的。ただ自然が、そこにあるだけ。木霊の森は、サクラツツジが満開だった。こんなにサクラツツジがあったの?と思うぐらい咲いていた。どこを歩いても、サクラツツジのピンクが目に入った...

続きを読む

プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

Twitter

カレンダー

04 | 2010/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

カウンター

  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。