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1404日目 - 自我超え

最近、次のようなコメントがありました。

「まだ劣等感の日々です。
事実を見れば、
判断せざるを得ない。
評価を受けざるを得ない・・・。

気が利かない。
愚図だ。
要領が悪い。
段取りが悪い。

得意なものがない・・・
私が頑張っていると思うことにさえ、
好意的評価もない。
ポイントがずれているのか・・・

私自身はそんな自分も認めてあげたい。
けれど、私は雇われの身。
判断され、評価される身の上。

相性というものもあるだろうけれど、
否定的な空気の中で、
私は事実の上に、更に思い込みを背負って、
どんどん自滅していく。

泥沼にひとり打ち沈んでいく・・・。
泥沼から顔を出そうと、
どうもがいてみても・・・
私がそんな自分自身を認めてあげようとしても・・・
周りはそんな私を認めていない。

私は、自滅していく悪循環の渦のただなかにいる。
そういう自分を見守りつつも、
救ってあげる事は出来ずにいる。

逃げ出すか?
自分に鞭打つか?
コッテ牛の鈍重な私がお門違いの角を前に突き出し、
闇雲に周りの否定からわが身を守ろうとする・・・

無力な鎧兜のドンキホーテの滑稽さを、
涙しながら見守っているしかない・・・
この泥沼から這い出る方法すら見えないうえに、
愛や、慈しみの通り道には程遠い。
劣等感でパンパンに詰まりきった私の心の整理整頓も手付かずのまま・・・・

日記から届けられる愛や慈しみのエネルギーが、
私の傍をすり抜けて行くような気がします。
ただ、こんなコメントでも、書かせていただけた分、
詰まりきった心に、
小さな自分への癒しの風を吹き込めるような隙間が出来たように思います。
ありがとうございます。」


獅子座生まれで住み込みのお手伝いさんは、なかなか大変でしょう。
どちらかというと、逆の立場の方が獅子座には向いています。
つまり、人を使う方が。
獅子座は、王様や女王様の星。

面倒見がよくて、親分肌。
周りの人には、とても親切。
但し、よけいなお節介も多い。
まあ、何事も親切心から出たことではありますが・・・

逆境にある時は、修行と思い定めるしかありません。
自我に気づき、自我をクリアーにする修行です。
それは、土星と似ています。
土星は、一般的には嫌われものですが・・・

土星は、抑圧の星であり制限の星です。
自由にのびやかに生きようとするのを阻みます。
そのため、土星が自分の生れた時の太陽にかかってくると何事も思うようにいきません。
その結果、土星は悪者にされがちです。

逆に木星が自分の太陽にやって来ると、何事もうまくいきます。
木星は、開運、発展の星として歓迎されます。
人のなかに眠っていた潜在的な可能性を開いてくれるからです。
木星は誰からも喜ばれます。

しかし・・・
いつもいつも木星が一緒にいたら、どうなるでしょうか。
人は、天狗にならないでしょうか。
自分は何でも望むようになると思い込むに違いありません。

態度は横柄になり、周りに自慢し、威張り散らすでしょう。
謙虚さの欠片(かけら)もなくなってしまいます。
それでは、周りとのトラブルが続出します。
我が世の春は、長くは続きません。

そういう時に、土星が回って来ます。
増長し世間を見下している人にとって、土星は脅威です。
これまでと打って変わって、やること為すことうまくいきません。
何をやっても裏目に出るばかりです。

そこで、人は考えます。
なぜだ?
どうしてこんなにうまくいかないのだ!
やがて、静かに自分を振り返ることになります。

そして、やっと気づくのです。
これまでの自分の態度に。
自分さえよければいいという身勝手さに。
そこから、また新しい人生が開けます。

土星は、制限の星です。
しかし、それは何の意味もない抑圧ではありません。
本人に気づかせるための薬です。
自我の肥大化に気づくチャンスなのです。

土星の内側が、自我です。
土星を超えると、自我の外に出ます。
土星とは自我の象徴であり、自我を超えるゲートでもあります。
実は、土星こそが自我を超えるキーになるのです。

木星が巡って来ることによって、いくら発展しても・・・
所詮、自我の範囲内です。
自我として成功するだけのことです。
土星の切磋琢磨には、遠く及びません。

土星の厳しさは、父性の厳しさです。
峻厳とも言えます。
しかし、それは愛をバックにした厳しさなのです。
自我を超えるための試練です。

土星が巡って来た時は、自我を理解するチャンスです。
外に向かうのではなく、内に向かう時です。
自分自身を見つめ、自分を振り返る時です。
活動の時ではなく、静かに内省する時なのです。

自我は、あちこちにぶつかります。
ぶつかった時は、自我を理解するチャンスです。
自我とは、所詮、自分勝手です。
自己本位でない自我など存在しません。

相手の気持ちを思いやっているように見えても、実は心の奥で計算が働いていたりします。
自我とは、自己中心的なものです。
自己保存が、最大の命題ですから。
自己保存の権化こそが、自我の本質なのです。

そういう自我を理解しないことには、心やすらかに生きることはできません。
自我は、肉体と共に成長することによってできたものです。
肉体にとって自己保存の本能は、必要なものです。
まず命を保持することが、肉体にとっては最大の課題です。

それは、人にとっても必要なものです。
しかし、思考は必要以上の安全を求めます。
そのために、他者を支配しようとします。
自分の安全のためには、他者を犠牲にすることすら厭いません。

お互いがそれをやり出せば、争いが尽きることはありません。
争いは恐怖を生み、恐怖は疑いを増幅させます。
それが更なる争いを引き起こします。
恐怖と争いの連鎖です。

それは、戦争に限らず日常生活のなかでも見られることです。
生活に困窮するのが怖くて、嫌な仕事を続けている人のなんと多いことでしょう。
会社のために自分を殺し、環境を破壊し、公害を出し続けることさえあります。
自己保存の本能が、必要以上に自分のなかで増殖してしまったのです。

いつも恐怖と共に生きている人のなんと多いことでしょうか。
自己の安全を第一に考えることが、恐怖を生み出します。
思考は、恐怖を更に増幅します。
そのメカニズムを理解しない限り、恐怖の連鎖から抜け出すことはできません。

土星は、自我を理解するチャンスです。
逆境は、自我に気づく絶好の機会です。
周りが理解と思いやりのある人ばかりであれば、生きやすいでしょう。
しかし、それでは気づくチャンスは少なくなります。

周りが自分に厳しい時は、自分自身を見つめ直すチャンスなのです。
何が問題なのか。
どうして評価されないのか。
何を求められているのか。

そういうことを、もう一度冷静に検討してみることです。
自分にできることと、できないこともあるでしょう。
期待に添えないこともあるかもしれません。
しかし、少なくとも何を期待されているのかを理解しておく必要はあります。

相手を理解し、自分を理解する。
それが、問題が起きた時の大原則です。
逃げたければ、逃げ出すことも可能です。
別のところでやり直すのも選択肢の一つではあります。

しかし、問題が自分にある限り、どこへ行っても同じ問題が発生します。
自分をクリアーにしない限り、根本的に解決することはありません。
チャンスを活かすか、殺すか。
今ここで踏みとどまるか、別天地を求めるか。

それは、自分しだいです。
まだエネルギーの余力があれば、踏みとどまればいいでしょう。
真っ直ぐに今の問題に立ち向かうことです。
自分自身を直視することです。

しかし、常にそうでなければならないということでもありません。
エネルギー的に限界であれば、しばらく休むことも可能です。
また別の世界でやり直すこともできます。
いろんな可能性があります。

要は、冷静に対処することなのです。
心が落ち着いていれば、たいていの問題は解決されます。
心が不安定な時は、問題は更に複雑化します。
まず自分自身にグランディングすることです。

しっかり自分自身と一緒にいて、問題を直視することです。
愚痴を言ったり、他の人のせいにして逃げないことです。
それは、エネルギーのロスです。
不満のはけ口とも言えますが、それでは直視するエネルギーが漏れてしまいます。

黙って自分自身を直視することです。
言い訳をしないで。
他人のせいにしないで。
あくまで自分自身を理解することです。

それが、土星が存在する意味です。
土星とは、磨き石なのです。
玉磨かずば光なし!
昔からそのように言われています。

世間という砥石に磨かれて、人は輝いていきます。
理解の水によって、人はクリアーになっていくのです。
肉体ベースから魂ベースへ変身するには、世間の冷たい風が必要なのです。
土星は、大いなる愛をもって厳しく接してくれます。

土星の厳しい愛に気づくことです。
獅子は、可愛い我が子を谷底に落とします。
父性の愛とは、そのようなものです。
厳しくも深い愛もあるのです。

その愛に応えられるかどうかということでしょう。
その愛は、たぶんハイアーセルフや魂たちの愛でもあります。
人をこの世に送り出した存在たちの深い愛です。
祈るような気持ちで見守っているものたちの愛なのです。

そういう存在たちと一緒に、この難局を超えられるでしょうか。
超えていくしかないのですが・・・
自我を超えていくのです。
道は、他にはないのです。

自我超えこそが、今回の課題です。
つまり、アセンションの課題ということです。
自我を理解し、自我を超えていく。
それが、今の人類の課題なのです。



『逆境は 自分に気づく またとない 機会であれば 自分見つめる』

『逆境は 深く生きよの 天の声 自分見つめて 生き方を問う』

『這(は)い上がれ! 獅子は我が子を 千尋(せんじん)の 谷に落として 姿見守る』

『厳しさが 父性の愛の 接し方 やさしいだけでは 強さ生まれず』

『厳しさの 冬は静かに 家(うち=内)にいて 自分自身を 振り返る時』

『厳しさの 冬が過ぎれば 花の咲く 春が自(おの)ずと やって来るもの』

『自我こそが 問題起こす 元の元 自我を理解し 問題解消』

『自我という 関所を超えて アセンション 理解しないと 超えていけない』

『自我超えが 時代の峠 新しい 時代を拓く 理解通して』

『自我超えの キーになるのは 自らを 理解すること 自我の構造』

『自我という 峠超えれば 新しい 世界が見える 楽に生きれる』

『人類の 悲願(彼岸)は一つ 自我超えて 争いのない 世界を創る』

『肉体も 思考も超えて 自我超えて 意識澄み切る 次元に生きる』

『吹き荒れる 自我を超えれば 澄み渡る 意識広がる 静けさのなか』


これが日記を書き始めて1404日目の心境です。



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コメント

こんにちわんこ。

うわ~そうなのですね~。星の影響ってすごいですねぇ。だから家族に土星人がいるんだわ~。(6人もいるのにそういえばひとりしか知らない)
私にとってこのうえなく難局です。
反発(といっても内にはいる)の理由がわかりました。ありがとうございました。またあとでじっっっっくり読みにきます☆
逆行をチャンスに変えるべく~♪

私、昨日444555でした☆

Re:1404日目 - 自我超え(11/05)

その愛に応えられるかどうかということでしょう。
その愛は、たぶんハイアーセルフや魂たちの愛でもあります。
人をこの世に送り出した存在たちの深い愛です。
祈るような気持ちで見守っているものたちの愛なのです。


そうでうね。そうかもしれません。ちらっと目を通してみたらここで涙が出てきてしまいました(/_;)
やっぱり出直してきます。

超える

土星さんって、そうだったのですね。
それで、名前もサタン?…って違いますね。
それはサターン、農耕の神様ですね。
木星はジュピター。
私は木星が好きで、携帯のメールアドレスにjupiterって使っていて、
今日の日記を読んで 縁起よさそ~ってちょっとうれしくなりました。o(^-^)o
(おいおい そんなこと言ってる日記じゃないだろ)
話を少し(だいぶ)飛ばしますが、
両極を統合することですね。
そのとき すべてを超えられますね。
う~ん、携帯で読むのって、全体を把握しづらくて
とても読みにくいしもどかしいです。
コメントも全体を把握したものが書けませんが、
またパソコン開いたらじ~っくり読みます。
ありがとうございました。

父性

私きっと、生まれる前からもってきたものは、
かなり横暴だったのでしょうね(笑)
まあ、今回の今までの人生もかなり横暴でしたが・・・。

土星人生をずっと歩んでいる気がします(笑)

一体、今回の人生で磨かれるときがくるんでしょうか。
ちょっと油断すると、横暴ゾーンにまっすぐ進んでしまっています。
とりあえず、ここにくるのが、もういいや、と言い訳つけている時がよくあるのですが、
そういうときは、なかなか、いい感じ、横暴ゾーンまっしぐらですね。

スピリチュアルの視点・・・というか、その視点をどうか常に忘れないように、
言い訳しないとできないような行動にそれないように、
ここは、私にとって、土星でもあるかな?
父性的厳しさ。

最初こちらにきたときは、見守り温泉でぬくぬくでしたが。
自分をみつめるときの厳しさを養っていただいているのかもしれません。

はーー、ハラハラですね(笑)
自分をみていて、オイオイて、でもあったかい視線で見ているときもあります。
ハイヤーさんもご苦労さま!
小さいことにつまずき、迷える子羊あとり。
オイオイですね。

Re:1404日目 - 自我超え(11/05)

いま藍の上には。。どんな星座が位置しているのでしょう~。。
でも感じるのです。。
近々。。土星が位置するような気がします。。

いつもふわふわと。。うわの空で生きているような気がします。
最近です。。
あまり突き詰めて。。いろいろなことを考えなくなりました。
自分のこともあまり責めたりしなくなりました。。
これでいいのだ~。。って。。
心配事があっても。。目の前にその現実が現れたら考えようと思い切ります。。

あまりにも単純でシンプルすぎます。。
だから、このままでいくわけがないぞ。。と、どこかで
思っている自分がいます。

人生。。半分半分。。
苦があったら楽もある。。
誰もが半分半分。。

苦しい時に自分としっかり対峙してよりスピリチュアルに
磨かれてゆくのですね~。。
魂も。。磨かれてより透き通ってゆくのですね。。

辛いけれど。。じっと耐えていると。。
暁も近いのですね~。。。

おはようございます

結局、徹底的に損得を抜けないと、
いろんなことにいつまでもぶつかるのですよね・・・。

何回も、持っているものをはがそうとするのは、流れにさからっているからでしょうね。
一度ゼロになっても、すぐまた荷物をもってしまうのは、
まだそこに深い自覚がないのでしょうね。
どこまでも余韻では生きられないからですね。

損得がなければ、本当に、醜さも汚さもみることができませんね。
いちいち思考も動かない。
周りの音さえ違う。
反するものがみつからない。ひとつだ。
音だって、自我をでなければ、知らずに自分のものにして聞いている。

自我で感じると辛いけれど、すべてを受け入れ、そうして、自身を生きていく。
そうしないと、恐怖の連鎖から脱却できませんね。
恐怖すべてを見切っていく。

誰もできない、自身しかできない。
自身がまっこうからむいたそのものをかんじえたとき、ギフトにかわります。
すべてがギフトであるということ。

どんなに周りが、どういう顔をしようと、自分で超えられるのですから。
自身の中に可能性があるからですよね。
その可能性が限りないスペースが、個性を輝かすのですよね。

うう、すんごいせつないけれど、本気に自我の隙間がなくなるほど、
向かうしかないですね><

って、自分で書かないと、定まらないので、って、
書いて満足しないように、見ていきますね。
なんだか、だんだん厳しくなってきたのでして・・

でも、この前の脅し対人関係はすっかりなくなりました^-^
その後にいろいろくすぶっているものがでてきたのですね。

それでもって、kimiさんが世間の冷たい風、土星という意味ではありませんです
(ある意味世間より強烈かもですが、今まで世間の波でも落とせなかった私にとって^-^;;)
あたたかい母性とともに、いつも厳しい優しさをも伝えてくださります^^

感謝で胸がいっぱいです。

私は孫悟空。
頭に土星の輪がはまっている。
抑圧と制限の輪です。

でも、きっとそれに意味がある。
何となく、若い頃から感じていたことです。

きっと自分で見つけられずにいた、
自分の問題があるに違いおありません。

じっくり、自分のこと、
考えてみたいと思います。

Re:1404日目 - 自我超え(11/05)

こんにちは。

いつぞやは 水晶をお送りいただきありがとう
ございました。

ブログのお気に入りにさせていただきました。

ずっと、魂に響いたところを コピーして、

(いのちの島も)
ノートが2冊目になりました。

何度も読み返しています。

ありがとうございます。

最近は、大地を、自然を
うたいたい衝動にかられています。

これからも よろしく お願いします。



Re[1]:1404日目 - 自我超え(11/05)

deko4505さん

お気に入りにしていただいて、ありがとうございます。

コピーノートが二冊目ですか。
すばらしいですね。
そういう熱心な読者に支えられて、この日記も続いているのでしょう。
とてもうれしいです。
これからも気が向いたらコメントしてください。

愛に支えられて・・・

>その愛に応えられるかどうかということでしょう。
>その愛は、たぶんハイアーセルフや魂たちの愛でもあります。
>人をこの世に送り出した存在たちの深い愛です。
>祈るような気持ちで見守っているものたちの愛なのです。

私には過去生もハイアーセルフも、魂も、
見たり感じたり出来ません。

でも、とても納得できるのは守護神という存在。
私は、課題の多いこの人生において、
よく窮地に陥りますが、
いつも、どうにもならないところまでは落下することなく、
なぜか何とか切り抜ける横道マットが用意されてて、
何とか無事に(?)、
次なる課題の前に立たされているという生き方をしてきました。

きっといるに違いないと思っていた存在。
ハイアーセルフというのでしょうか?
たしかに、その愛を感じて、感謝して生きてきました。

でも、窮地に立つと、一人孤独のふちにおちこむのですが・・・。

私を支えてくれる愛の存在に、
何とか答えるべく、がんばるしかない・・・ですね。

もっと、自分とにらめっこしてみます。

Re:1404日目 - 自我超え(11/05)

私の土星・・・。

私は今まで4回、チャンスがありました。
尤も日記を読んで今初めて、それがチャンスだったとわかったのですが・・・。

4回ぐらいドッカーンがあって、その共通点と言うかパターンが今は見えます。
4回とも、精神的理由から病気もどきになったのですが・・・。

その最中は無我夢中で、症状を治すこと、問題の現象を解決することばかりでした。
元気になろう、普段に戻ろうと、やみくもに気晴らしを見つけたり・・・
とにかく目の前の嫌なもの全てが消えることを目的に、頑張ったように思います。(今も^^)

現在は年の功か慣れか、kimi日記パワーか(それ大)、
以前ほどドカーンとは落ち込まず、病気にもならず冷静でいます。


私は・・・何かを見たくないばっかりに、いつでも
心を浮き立たせるもの(人も)を手放しませんでした。

でも物も人も去る。それらが失われる時・・・本当はチャンスだったのに。
空白になった心を見つめるチャンスだったのに。
私はそういう時すぐ、病気を創り出していたのですね。
創造の天才なんだ、人間って。


病気は不快でいやなはずなのに・・・
死にたいとさえ思うほど、病気そのものが嫌だったのに
(20才の頃だけです^^子供が出来てからは死ぬことは望みません)

そうまでして、向き合いたくない、見たくないものって何なのか。
病気で悩む方がマシなぐらいのものって何だろう。

続きです

今も恵みの失い時で、幸い心は落ち着いて身体も健康です。
じっくり一人になれる時間もたっぷりある。

今度こそ、私は本気で自分と向き合ってみたいと思います。


土星は素晴らしいのですね。

自分の中を見ないこと。
自分を誤魔化すこと。

それらに気づかせる為に嵐を起して、
自分が心に日々用意している娯楽・・・気晴らし、幸福、喜びを
吹き飛ばして見せてくれるのですね。

それなのに私は、病気という盾で防いでしまって。
ちっとも活かせなかったんだと気付きました。

焦らず静かに見つめてみます。

kimiさん(えっちゃん)、ありがとうございました。

個性

日記と話が飛んでしまいますが・・・
>獅子座は、王様や女王様の星。
>面倒見がよくて、親分肌。
>周りの人には、とても親切。

素敵ですね。
いろいろな個性があって、とても華やかでいいなあ、
星座祭りはなんだか、そういう個性の美しさ?水晶の美しさとともに、そんな感じを受ける・・
気がするのです。

幸せな気持ちになります。
沢山のかけがえのない一つ一つがあることが。
出会えた喜び
みたいなものもすばらしいし、お互いが、存在している喜び?みたいなものも。

それと同時にそれを踏み付け、蹴散らしてきて、
他を巻き込んできた愛のない今までの自分自身の行動
・・・今も気づかないうちに何気ない言葉の裏にも行動の裏にも
惰性が沢山潜んでいながら動いてしまったりしますが・・。

そして、そのたびに、自分の体を痛めてきたこと。
あまりに、その行為が、むなしく、悲しく苦しく思うと同時に、慈悲みたいなものが少しだけ、しとしとと染み入ります。

星座の個性もおもしろいですね。
私にはとてもこのような獅子座の感覚は少ないです。
こういう懐のあったかい人の下で働くのがとっても好きですね。

この一メートル以内を、一年掃除していろ、
といわれてもかなり、ストレスもなく、延々同じ行動ができる人なので(笑)

反復行動が大好き。
ルーティンが大好き。規則と方向性が大好き。
ひとつのことに飽きることがない。
だから、とても執着と粘着があります。
それが強く出るとき、そうだな、学習障害もずいぶんあった気がします。

自分の要らないものは、本当捨てていきたいですね。
統合して、全体性をみていけば、自分の個性もいかせますね。
シンプルな個性だけが輝くのでしょうね。水晶さんみたいに。

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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