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1405日目 - 愛の時代へ

昨日は、久しぶりに快晴だった。
暖かかったので、水晶の浄化に行った。
今度の射手座の水晶祭りに出るものと、新しく届いたもの。
だいぶ溜まっていたので、90個ほどになった。

海は、波がほとんどなかった。
美しく澄み、まったく冷たくなかった。
いつもより長い時間、海中に沈めた。
そのまま置いていても大丈夫だった。

いつもは波にさらわれるので、水晶を入れたザルを手で持っている。
海での浄化は、速めに済ますことが多い。
しかし、今日は、とても波が穏やか。
海のなかが気持ちよく、ゆっくり浄化する。

川は、冷たかった。
どちらかというと、海の方が美しかった。
川の石には小さな苔がたくさん付着しており、歩くと水が濁った。
海は、そんなことはなかった。

しかし、川は流れがあるので、しばらくすると澄んでくる。
澄んだところで、水晶を水に浸ける。
しばらくしてから、一個一個、丹念に手で洗う。
数がたくさんあるので、かなり時間がかかる。

それでも、直射日光が当たっているので、そんなに寒くはない。
寒くないどころか、むしろ暑いくらい。
いや、ちょうどいいだろうか。
こちらの服装は・・・

Tシャツに半ズボン。
真夏と変わらない。
水晶を浄化する際は、どうしても水のなかに入る必要がある。
そのため、半ズボンの方が都合がいい。

それにしても、良い天気。
雲一つなく、青々と晴れ渡っている。
前方には海が広がり、後方には山がそびえている。
空気は、とびきりさわやか。

誰もいないので、のんびり浄化。
水晶だけでなく、人間も浄化される。
なんとなく・・・
まるでアセンションした後のような感じ。

何も問題はない。
心地よい気候。
美しい風景。
澄んだ空気。

好きな水晶を、清らかな水で浄化している。
水のなかの水晶は、一段と美しい。
透明な水が、すべてを洗い流してくれる。
ゆったりと自然に包まれて暮らしている。

アセンションしたら、同じような暮らしが続くのだろうか。
この暮らしが特別に変わるとも思えない。
別にこのままで何も問題はない。
水晶を見て、日記を書く・・・

すばらしい自然に囲まれている。
山や海で遊べる。
温泉にも入れる。
夜になれば、満天の星が輝く。

最高の自然環境のなかにいる。
これだけの自然環境は、世界中を探しても、そうそうあるものではない。
そのなかで、自然と共に暮らしている。
水晶もたくさんある。

必要なものは、ネットでほとんど揃う。
他に何がいるだろうか。
最近は、ノラネコもいる。
付きまとってうるさいが、可愛くもある。

別にアセンションしなくても、このままで十分。
何も問題はない。
少なくとも自分の周りは・・・
屋久島では。

しかし、世界を見渡せば、問題が山積している。
幸せに暮らしている人の方が、圧倒的に少ない。
悩み苦しんでいる人の、なんと多いことだろう。
とてもハッピーな地球とは言い難い。

このままで地球がアセンションするなどということは、あり得ない。
変化が、必要。
人の意識が変わらないことには、人類の未来はない。
人の意識が変わるために、いろいろ変化が起き始めている。

金融システムが、崩壊しつつある。
古い体制は、崩壊するしかない。
利益至上主義は、もう限界。
これ以上は、立ち行かなくなりつつある。

まったく新しいシステムが必要。
利益を餌に活動するのではなく、もっと別の動機で行動する必要がある。
それは、何か。
何が新しい原動力となるのだろうか。

それは、やはり愛だろうか。
愛をベースにした社会になっていくのだろうか。
他に思いつかない。
他に原動力になりそうなものは見当たらない。

愛をベースにした社会であれば、基本的に問題は起きないだろう。
たとえ問題が起きても、解決できるはずだ。
自分の利益ではなく、みんなのためを考えればいいのだから。
かなりシンプルに生きられる。

但し、その愛が人の心のなかから自然に湧き出すようにするのは、そんなに簡単なことではない。
現状では、夢のまた夢。
それほど、今の人類は自己本位。
自分勝手にバラバラに生きている。

個として、全体から分離した状態で生きている。
これでは、愛が自然に湧き出すのは難しい。
個別の愛はある。
特定の人だけには、愛を注げる。

しかし、その愛は、無償の愛ではない。
ほとんどが、条件つきの愛。
見返りを求める愛。
見返りがないと、愛は憎しみに転化する。

愛する者が自分の思うようにならないと、愛は容易に憎しみとなる。
可愛さ余って憎さ百倍!
それが、現実。
今あるのは、無条件の愛ではなく条件つきの愛。

それは、愛着に繋がる愛憎の愛。
愛着は、執着であり、苦しみを生む。
愛と愛情は、異なる。
情が入ると、個人的な愛になってしまう。

純粋な愛が自分のなかから自然に湧き出すには?
どうしたらいいのだろうか。
実は、直接的には何もできない。
愛を出そうとする行為は、愛を否定すること。

愛は、出そうとして出せるものではない。
愛は、自然に湧いてくるもの。
悲しみを見て、慈しみが自然に湧くように・・・
愛は、自然に湧き出すもの。

では、どうすることもできないのだろうか。
何もできず、ただ手をこまねいているしかないのだろうか。
もしそうなら、救いはないかもしれない。
あるいは、救世主を待つしかないのかもしれない。

しかし、もうキリストは現れない。
救世主の時代は、終わってしまった。
一人一人が、救世主になるしかない。
一人一人が、まず自分の救世主になること・・・

それが、周りの人を救う。
周りにいる人は、自然に感化される。
何もしなくても、一人が真に変われば、それが自然に伝播していく。
愛は、自然に広がる。

作為は、いらない。
作為のある愛は、愛ではない。
愛は、無作為。
自然にあふれ出るもの。

やはり、自分を理解することだろうか。
自我を理解し、自我を超えることだろうか。
自我が理解されクリアーになる時、愛は自然に湧いてくるのではないだろうか。
愛は、どこにでもあるものだから。

ただ、自我が、その湧出を阻害している。
ハートの奥には、今も愛がある。
誰のなかにも愛はある。
愛のない人など、一人もいない。

人は、愛によってできている。
生きていること自体が、愛の結晶。
愛が、すべてを存在させている。
愛が、すべてに浸透している。

ただ、それがあふれ出すのを押し留めているものがある。
それは、自我我欲。
あるいは、恐れ。
そして、疑い・・・

自分のなかの過去の経験が、愛の発露を塞いでいる。
過去の恐怖体験が、気力を萎えさせる。
愛を表現する勇気が生まれない。
喉まで出かかって、思考に邪魔され、愛はUターンしてしまう。

素直にスーッと愛が表現できたら・・・
どんなにすばらしいだろう。
自分のなかを、ただ愛が通り過ぎるだけ。
自分の色の付いていない愛が・・・

無償の愛。
条件つきではない愛。
無差別の愛。
ただ流れ出るだけの愛。

そういう愛をベースにした社会が、新しい時代。
すべてが愛から出た行為であれば、何も問題はない。
そういう時代が、これからの時代。
今とは、明らかに懸け離れている。

そういう時代が、来るのだろうか。
今の時点では、夢物語としか思えない。
しかし、そういう時代にならない限り、真の幸せがないのも事実。
人類が救われるためには、そういう時代が必要であるのは明らか。

確かなことは、そういう方向に時代は流れているということ。
利益誘導から、愛の時代へ。
愛が、すべてを誘導する時代へ。
静かに時代は、変わっている。


『これまでは 利益誘導 自我社会 愛をベースに 新たな時代』

『愛が出る ためには自我を 理解して スッキリさわやか 抵抗排除』

『ただ愛が 自分のなかを 通り抜け あふれ出すだけ 必要な時』


これが日記を書き始めて1405日目の心境。
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コメント

スッキリさわやか 抵抗排除!

思わず コカコーラと(・・「スカッと」でしたね 笑)60年代安保(・・知らないですけど・・)が脳裏に浮かんだ天邪鬼は、私ひとりだと思います(ごめんなさい)

つい うっかりやってしまうのは
自分の駄々色の 駄々流し。(笑)
どちらかが出しはじめると 相手もおそらく無意識のうちに「それに染まるまい」と抗って、負けじとばかりに自分の色を出してくるような気がします。
そんな駄々の混色は あまりきれいではないかな!
互いに透明なものを流し合っているときのほうが、よっぽどよっぽど 至福なのにね。
また 相手がたとえ駄々色を流し続けてきたとしても(・・・幸い 私にはあまりそうされた覚えはありませんが)受け手が透明なものを流し続けていけば、それも薄まってきてしまうような気がしますね。。

何にも染まらぬ思い。これは潔い自立なくしては得られません。。。

ただ わからないのは 「自分への理解」!
いまだにまだまだ いろんな斬新なものが(?)出てくるので、こればかりは ちっとも「理解」が 追いつきません。。。(爆)

Re:1405日目 - 愛の時代へ(11/06)

自分自身のアウトラインはなんとなく分かります。
しかし根本的に自分に対する不安感や自己不在感
が拭えません。それでも愛を発露して行ける
でしょうか。正直、何の為に生きているか分かり
ません。。。

満足

kimiさんのある一日、ステキですね。
海の暖かさ、静かな優しさが伝わりました。優しいw

自身は満ち足りてある。
例えば、自然とそう在る(自然とか)ことやもの以外を、
苦しい執着、無意識の期待などで求めることがなくなると、
自ずと今、目の前にあるもので満たされていくように思います。

後半部分の世の中の記述。

自分が満たされているだけでは、足りてるはずなのに足りないのですね。

私はまだ、愛というものを実感できないです。
もしかして遮っているのは「愛のイメージ」なのかな?と思いました。
でもいいやvわかる時がくればわかるだろう。

何か今、することがあるのですね。
具体的に。
新しい社会のために、何ができるんだろう。



響いてくる・・・・

一人一人が、まず自分の救世主になること・・・
それが、周りの人を救う。
周りにいる人は、自然に感化される。
何もしなくても、一人が真に変われば、それが自然に伝播していく。
愛は、自然に広がる。

この文にとても心が響きました。
頭でなくほんとに魂がそうだよと
うなずいているような感覚になりました。

愛が自然にあふれ出すそんな自分に
なりたい・・・と。
もうそんな自分になっているんだよと
声をかけてあげたくなりました。

Re:1405日目 - 愛の時代へ(11/06)

アセンションしてもまわりの環境はあまり変わんないのだと思います。変わんないんだけど一年前、その前と比べてみると環境ではなくて自分が変わっていると気がつくんですって。
愛に触れる機会が多くなって回りがどんどん変わっていくように見えるようです。
アセンション=意識の変化でまわりが変わるって本当なんですね。

天変地異が起こってもあたりまえの世界、意識が最終的に変わると言葉が悪いかもしれないけれど、なんでもあたりえ、なんでもありの時代に変わっているのかもしれませんね。
よくいえば全て受け入れる準備ができた状態の意識かな?

私に愛の時代は程遠いかも・・。がんば!

大丈夫。

さっきから、水晶を握り締めてじっとしていま
した。不安がすっと消えていきます。
好きな人が自分を嫌いになるんじゃないか。。
とかいろんな不安がありましたが、「大丈夫」
と思いました。何故なら「自分はその人を変わらず
好きだと自信があるから。。。」こーゆーのを
グラウディングと言うのでしょうか。

突然、不安はわたしを蝕みます。でもそんな時は
じっと水晶を握り締めてじっとします。余裕が
出来たら。。。ゆとりが出来たら。。。明るい
気持ちになると思います。

kimiさんのお陰で水晶に出会えました。また欲しく
なってしまいます。

いつも素敵なメッセージありがとうございます。

無償の愛を発露して行けたら。。。一人から不特定
の無償の愛に。。。。

もう、すでに・・・・

愛は満ち溢れている。

すべてのすべてに・・・宇宙中・・・
あらゆるところに・・・

心のすみずみまで・・・
頭の先から、つまさきまで・・・
そのまま繋がる大地まで・・・
体をを包む大気の果てまで・・・

愛は存在する・・・

遥か宇宙の始まりから・・・
凝縮された愛が大爆発のエネルギーに乗って、
ひたすら拡散していく・・・

私たちはひとつの誤解のために、
愛を感じ損ねてしまっている。

愛はけっして、
個の富や、
個の快楽のために存在しているのではない。

愛は、その永遠の存続のために、
常に変化の渦をくるくる旋回させる。

そのために、
個は一瞬の夢の存在。
すさまじい数の個の瞬間の集まりが、
永遠の愛そのものをつないでいく。

個の一瞬は、
それぞれの存在に見合った時の長さを持つ。
愛が繋がる1エネルギーを担う、
個に与えられたごほうび。

そのごほうびを感受できるのは、
愛をむさぼりとろうとする欲を放した時。

個の存続のパワー源に、
欲というモーターがある。

そのモーターを、必要以上に稼動させると、
愛を見失う。

自然の風に任せるようなモーターで生きる時、
愛のそよ風のゆりかごを個は感受できる。

愛のそよ風のゆりかごは、
すべての均衡の上に、
微妙な均衡の上に存在する。

大きな均衡維持の前には、
霧散するゆりかご。

愛は、個に残酷であるかに見える。
でも、
愛が宇宙中に満ち続けていくことを、
個がいのちのひとかけとして、
喜びえれば、
個は、個の一瞬を、
愛に満ちて生きる・・・。


遠くをぼんやり見つめて、
足もとでずんのめる、
妄想えっちゃんの「愛」論です。

愛の世代の前に…

読んでいて浜田省吾の歌の歌詞が浮かんできました。

♪~愛の世代の前の暴風雨の中 すり替えられた脆い夢など 崩れ落ちてく~♪

世代がバレそうですね(笑)。30年くらい前の曲が今妙にリアルに感じられます。ドルの崩落、アメリカの衰退から国際政治経済の大きな変動が2010年代に起きてきそうな予感は強まってきています。それが世界と日本、私たちの暮らしにをどう影響して来るのか…?。まあ今から気を揉んでも仕方が無いのですが。

恐怖や不安、利得や欲望のためではなく、喜びや共感と理解、愛や創造性から行動する人が増えていくことが世の中を明るくしていくのでしょう。そういう方向を志向する人が増えつつあると感じますし、またそうあって欲しい!。

愛の時代の前に、まず身近な日常の中で少しずつでも内なる無用な思考の条件付けを理解し見守り解き放っていくことを地道に取り組んで行きたいものですね。

あっ、自己紹介が遅れました。以前東京でkimiさんの光のセミナーとか受けていた者です。このブログには
懐かしいエネルギーと輝きを感じるなあー。心境は更に深まり波動は細やかになり、さながら一人でお先にアセンション…という感じですね。時々コメントとか書かせていただきます。それでは。

今ここ

思考の世界、比較の世界、時間の世界にいると、
アセンションは未来のことのように見えますが、
時間を外すと、すべては今ここに同時にありますね。

kimiさんのこの日記を読んでいて、自分のなかに、すべての時間、
すべての今があって、夢物語としか思えないようなその時代を、
私の内が ”知っている” ”そこに生きている” のを、感じました。
私は、今、そこにいる感覚。
同時に、ここにもいます。

まだまだ強固な自我が残るこの私に、同時に、愛の時代を生きる私が
シンクロしてきます。
(言葉上)未来の、アセンションは、今、ここにありますね。

もちろん、時間上の今この世界は自我がはびこり混沌としすぎています。
そこだけにフォーカスしてしまうと、愛の時代は遠く、はるか彼方と感じます。
でも、愛の時代に生きる自分と共に一緒に生きられたら、いいですね。
そんなふうに思いました。

そして、すべてが今ここにある感覚、ハートの奥の愛を、自分のなかを
すーっと通り抜けていく愛を、垣間見させ感じさせてくださるkimiさんの日記、
そのエネルギーが、またすごいですね。

きっと、日記の中を、無条件の愛がす~っと通り抜けていて、それがこちらに
す~っと浸透してくるからなのですね。

とかく。。

とかくこの世は生きづらい。。
このKimi発信の日記を読むと愛に充ち溢れ。。
なんだか自分も。。しっかりその中の独りであるような錯覚に陥る。。が、

はたまた自己中心的な僻み妬み嫉みとかに出逢うと
こんちくしょう!(とまではいかなくても。。)
なんか嫌だな~。。無視したいな。。意地悪しちゃおうかな。。なんって
感情がむくむく湧いてくるんだよな~。。

自分の心はクルクル。。瞬時に変わってしまう。。
すぐに相手の感情や行為に感化されて。。さっきまでの
おおらかな愛に満ちた?自分が。。変化してしまう。

これって。。まだまだ真からの愛に目覚めていないのでしょうね。。
愛の裏返しの憎悪に行ってしまう感情が、あまりにも多すぎます。。

なにごとも。。さらさらと流れる清らかな渓流のように受け止めて
流せる人になりたいな~。。
いつも自分の芯のところに。。水晶のような透明な輝きのある人になれたら
どんなに素敵なことでしょう~。。

身近にある憎悪の感情も。。さらさらと流して。。。
天空に煌めく星たちと共にあれたら。。どんなにいいことでしょう~。。

ときどき。。藍の周りには。。憎悪や執着にねっとりとへばりつくような
ものたちが多すぎるなぁ~。。
こういったもの?こと?から解放されたいな。。。

Re:1405日目 - 愛の時代へ(11/06)

「無償の愛」について考えました。
親が子を思う気持ちに近いと聞きますが、それは自分の身よりも思う気持ちだったり、はたまた心を鬼にして制する気持ちだったり、決して自分のエゴを満たす為のものではないということでしょうね。

でも人の持つ「欲求」自体は正しいと感じます。
それはやはり全ては一体であることを、私達の魂は知っているから、そこからカラダとして離れて見える私達は欲するんでしょうね。
ただ、そのことに気付いた時、もう欲する事は無いんだということも分かりました。

「あるがまま」について探求してきましたが、探求も必要ないと感じました。
何だか1周して戻ってきた心境です。
生活全体が自分の道を歩くよう進められているような流れになってきましたので、自分の羅針盤を持って生きたいと思います。

kimiさんには1人立ちの手助けをして頂き、大変感謝します。
kimiさんも「あるがまま」であるんですね。
今までありがとうございました。

詩的ですね。

風の彷徨者さん、

いいお名前ですね。
名前だけで、
素敵なエネルギーが漂います。

これからも、素敵なコメント、
楽しみにしています。

Re[1]:1405日目 - 愛の時代へ(11/06)

日の出さん
>「無償の愛」について考えました。
>親が子を思う気持ちに近いと聞きますが、それは自分の身よりも思う気持ちだったり、はたまた心を鬼にして制する気持ちだったり、決して自分のエゴを満たす為のものではないということでしょうね。

>でも人の持つ「欲求」自体は正しいと感じます。
>それはやはり全ては一体であることを、私達の魂は知っているから、そこからカラダとして離れて見える私達は欲するんでしょうね。
>ただ、そのことに気付いた時、もう欲する事は無いんだということも分かりました。

>「あるがまま」について探求してきましたが、探求も必要ないと感じました。
>何だか1周して戻ってきた心境です。
>生活全体が自分の道を歩くよう進められているような流れになってきましたので、自分の羅針盤を持って生きたいと思います。

>kimiさんには1人立ちの手助けをして頂き、大変感謝します。
>kimiさんも「あるがまま」であるんですね。
>今までありがとうございました。
-----
日の出さんのコメントに気づくのが遅くって・・・。
日記自体もまだ読んでいませんが・・・。

もう見ていらっしゃらないかもしれませんが、
いつもとっても感じ入り、静かに自分を振り返る機会をいただいてきました。

何度も夜の中で、みなさんのコメントもそうですが、日の出さんのコメントを感じたり、実践の中で感じたり、
とても感謝しております。

自分の道を進まれる流れになってきたこと、すばらしいですね。
自身の中で深く歩まれていくのですね。

私もすべてから離れて、自身で向かう方向に向かっていきます。
ありがとうございました。

愛の時代

執着がはずれれば、その執着がとれたところから、スーーっとどこまでも流れていく、そんな気がしました。

別に、よくなったわけではないです。
執着をはずれたところにそして、つながるもろもろに自然にさしこんできたのを少し感じました。
誰がやっているわけでもない。
誰が何々を、という世界ではなく、自然に、素のままに。流れるものは、流れていく。

不快という感覚に落ち着かず、うろうろして、わぁあん、てなったり、
摩り替えたり、ごまかしているときも多いです(爆)
ただ、問題視する意識がすこしうすくなったのでしょうか。
あと一秒我慢して、一分我慢して、どうしてもだめだったら、人に力をもらおう
自分でヒーリングできるまでしてもらおう
何分までがんばって、サイトに光をもらおう、そうやって、すごす姿勢がなくなりました。

現実をみるしかないのですから、ごまかしもだんだんなくなり、
これからもそうやっていくと思います。

そうしたら、別に、私がヒーリングしなくても、誰にヒーリングされなくても、
すーっと愛や光は自然に流れていく気がしました。
とめていたのは、執着です。

相変わらず、グレーの部分が大半の中です。
手放すことも沢山あり、グーパーも必要なとき、
動きもともにやり続けてる日々です。
まあ、別に動きがなくてもよいのでしょうがたまに動くグーパー体操^^

手放すことが目的に摩り替わらないよう、
全体の中で私の動きを感じつつ、自分で生きたいと思いました。

こちらにであって、3年くらい。PCに向えることになって、わりとすぐ出会いました。
書き込みでいったら、どれくらい書き込んだのでしょうか(笑)

すわりすぎて、読みすぎて、血液がうったいして、体調がわるくなったりして。
立ちながらむかったりしていて。
ありえない。書き込み荒らしかっ。

でも、皆さんのあたたかさにまず暖められた私です。

それで

交流の中で、出会いの中で、私の中のものを放っていくこともとても感謝でした。

とめられたり、隠れてしたことの方がおおかった。
それでも必要だと思いました。
ある日、思い込みをしって落としたとき、
PCの前に座っている私をみて、嫌悪ではなく「そこにいてくれるだけで落ち着く」
そういう返事がかえってきました。

見守りが深くなると、痛みにとらわれないことを実感しました。
戦いの場も、見守りの中ではすでに、終息しているものでした。
それでもすぐ飛んでしまう、現象に惑わされる。

私の周りは穏やかになりました。
私の思い込みが沢山のものを止めていたようです。
ヒーローはいらない、救世主も出ようがない。
頼るものも必要ないし、結局そのエネルギーの労力によって、屈折させてしまう。
みんな対等であり、みんな愛と光。

最初初めて見守りを実感した時に、嫌なことが痛いことが1箇所でも100箇所でも、最後まで見守る
最高で最大の自分へのプレゼント、
そんなことかいたような記憶があります

別にクリアーになったから離れるわけでもありませんが、

すべてOK。
何もいらない。
十分にそう感じた結果です。

そして、自分でゆっくりと体や心や目の前のことから逃げずに、何度も振り返りいきたい、
恐れで震え上がったら、その震え上がった恐れと共に、
痛みや気持ち悪さで気が狂いそうになったら、それととどまりきりたい。

ちょっとだけ、後ろ髪をひかれながらも(笑)地道に、
PC向う時間を、生活すべてでやってみます☆
(PC向うときも、なんとか見守りながらの体験でしたが)
水晶にも出会えてよかったです♪
屋久島へもいけましたし。
また、時々ちょこっとお邪魔します。
完璧なストーカーのように通いつめましたが(笑)
感謝です。

えいえいおー☆
みんなでハッピー、絶対ハッピー。
今年も本当にありがとうございました^-^

ふふふ

やっぱり書き込みがちょっと朦朧としていますね(笑
ぼんやりが出てますけれど・・・。

感謝をこめて。
見守り、光放つここの存在と集まる方々へ。
どうもありがとう。

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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