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1414日目 - 世俗

今日は、急に知り合いのガイドから連絡があり・・・
新しくオープンするホテルのレセプションに行って来た。
ところが・・・
やはり・・・

なんとも場違いな感じがした。
そこには、屋久島のお偉いさんたちが、たくさん来ていた。
そういう意味では、屋久島のことをより知ることができた。
しかし、こちらは完全に部外者だった。

今年の六月に、突然、ホテルあかつきが閉鎖された。
それから、ほぼ半年。
新しい経営グループによって、名前も変えて新規オープンとなった。
そのお披露目パーティだった。

こちらは、ガイドの打ち合わせ会かと思っていた。
行ってみると、みんな正装していた。
ほとんどの人が、黒のスーツ姿。
こちらは、普段着。

しかも、いつものように野球帽を被っている。
ハー、目立つこと。
町長や観光協会長なども来ていた。
実物は、初めて見る人ばかり。

新しくホテルを引き受けた経営グループの社長は、若い人だった。
四十代前半だろうか。
彼は、十数軒のホテルチェーンを経営しているらしい。
ホテルの副支配人は、とてもきれいな女性だった。

胸と背中が大きく割れたドレスを着ていた。
目の保養になった。
屋久島では、まずお目にかかることはない。
そう言えば、東京でもそのような機会は・・・

来賓の挨拶の後、立食パーティ。
何人かの知り合いのガイドが来ていた。
それで救われたようなもの。
そうでなかったら、時間を持て余してしまう。

ホテルの部屋も見せてもらった。
インドのマハラジャが寝るようなベッドもあった。
設備は、豪華。
しかし・・・

自宅の方が、何倍もいいと思った。
と言うのは・・・
ホテルの窓からは、近くの部屋が見えた。
あまりにも近すぎる。

今住んでいるところは、外から見ればプレハブみたいなところ。
大家さんに言わせれば、これでもコテージ。
しかし、実際、鉄骨造りのプレハブ。
でも、でも・・・

ここから見える景色は、最高。
山も海も滝もある。
その上、天上には、満天の星々。
周りは、広々とした野原が広がっている。

貧しいながらも楽しい我が家?
ここが、一番!
最近は、かなり気に入り度がアップしている。
風が強いので、気が滞ることがない。

いつも新鮮な気が満ちている。
自然のなかにあるという感じ。
しかも、月の家賃は、ホテルの一日分ぐらい。
これで十分満足。

それにしても、もう世俗の方たちとは、あまり付き合いができそうにない。
ギラギラ感がなくなりつつある。
きれいな女性を見れば、楽しくはあるが・・・
でも、住む世界が違う感じ。

今日来ていた人たちとは、ほとんど別世界に住んでいる感じがした。
別に悪い人たちではない。
田舎の人たちなので、人間性はいい。
でも、普通の人たち。

平均的な日本人より、少し前の世代だろうか。
自分が子供の頃の田舎の人たちという感じ。
昔懐かしい感じ。
でも、旧世代。

もちろん、例外もある。
若い人も来ていた。
それぞれ個人差もある。
一概には言えない。

でも、やはり何かが違う。
一世代前の感覚。
もう忘れ去られようとしている浪花節や演歌の世界。
そんな感じがした。

もっとも、ホテルの経営グループの人たちは、新しい感覚だった。
それでも、生きる世界が違うという感じ。
もろにビジネスという感じ。
こちらも仕事には違いないのだが・・・

サービス業という自覚は、まったくない。
お客様という意識すら、あまり定かではない。
ほとんど友達?
あるいは、知り合い?

ほとんどの方は、HPや日記を見てガイドを依頼される。
だから、話が速い。
ビジネスや金儲けではない。
ただ静かに屋久島を案内すればいいだけ。

これから、意識は、ますます世俗を離れていくだろう。
ほとんど別世界に住んでいる感じがする。
世間は、遠い。
関わっているけれども、表面でわずかに関わっているだけ。

芯(真)のところでは、まったく関わっていない。
世俗とは、別のところで生きている。
そういう感じが、ますます強くなっている。
世俗と関わってはいるけれども、深くは関わっていない。

アセンションとは、そういうことなのかもしれない。
世俗のなかにあって、世俗とは別の世界で生きる。
意識は、澄み渡りつつある。
もう世俗のゴタゴタのなかにはいない。

そういうものは、どこか遠くの世界という感じ。
自分とは、直接的には関わりのない世界。
別々の世界で同時に生きる感じ。
だんだん交流ができなくなっている。

だから、人のいないところをガイドしたがるのだろうか。
人がいっぱいいるメジャーなところをガイドしたいとは思わない。
世俗の喧騒には出会いたくないという感じ。
静かな自然のなかにいたい。

静けさを求める人が、ガイドを依頼すればいい。
賑(にぎ)やかなところがいい人は、他にガイドはいくらでもいる。
静かな森に静かに浸りたい人と一緒に森歩きをしたい。
そんなにたくさんでなくていい。

食べていける程度のお客さんが来てくれればいい。
特にほしいものもない。
もう物質世界に、それほど未練はない。
淡々と生きていくということだろうか。

森は、いい。
自然は、いい。
自然のなかで、自然と共にいたい。
静かに自然と共に暮らしたい。


「ギラギラも 枯れてサラサラ 秋の風」

『身は世俗 心世俗に 既になく 世俗見守り 世俗を生きる』

『澄み渡る 意識世俗を 突き抜けて 世俗を超えて 世俗に生きる』

『淡々と 生きる意識は 静けさに 虫の音響く 秋の屋久島』


これが日記を書き始めて1414日目の心境。



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コメント

レセプションパーティーに野球帽!

逆に都会だったら
ひょっとして ものすご~~くおしゃれに映ったかもしれないですよね!(笑)
私もふだんは一人でずっと店に籠っているので、世俗とすっかり疎くなってしまいました。。。
世俗を超えて世俗に生きる。。。
せっかくなんで(笑)もう、ラクに生きていきたいと思っています。。。

Re:1414日目 - 世俗(11/15)

利益至上主義の経済も、最近は不透明感がますます際立って
激しく揺れ動いているように思います。
中期的な予測どころか、今年度の収支の見通しさえ難しくなっています。

物質とお金に価値を置いた社会、組織、考え方に未来は無い
ということを感じている人が増えているのでしょう。
特に若い人に多いように思います。
旧人類の方々はまだまだ頑張るような気もしますが。

僕は深い森の静けさ、何も無くてすべてがあるような静けさを
希求します。それは自分の中に対してもそうです。
自然の静けさと自分の中の静けさとともにゆったりと暮らして
みたいものです。(みたいものです、ではダメかな)
都会の喧騒と人間の自我は(自分も含めて)、結構、堪能
させていただきましたので。
屋久島でストラップでも作りながら暮らしたいな~☆

屋久島の水で

石鹸でも作りながら暮したいです~。

世俗と水晶

昨夜、同窓会がありました。

同窓会から帰ってきて、この日記を読んで、私もそういう類似体験をして
きたなあ と・・・
勝手にシンクロ気分、させていただきました。

まあ、私が 世俗 なんて言うにはおこがましすぎますが、懐かしい友たち、
昔一緒に、多感な思春期を共に過ごした友たちですが、今ではもう、会話
していても重なり合わない (重なり合えない) ものを感じます。

私は相槌もうてなくて、みんなの会話をひたすら、聞いていました。
でも、友達とそうして会うのは、懐かしく楽しく、私なりに、その中を楽しんで
きました。

帰ってお風呂に入って 「疲れたな~」 と目を瞑ったら、
無数の、深い青色の、金属のようなものがビジョンとして見えてきました。

何だろう?と、その金属をよ~く見ていたら、おびただしい数の、それは、
磁石でした。

いったいいくつあるの?
数え切れないほどの数の磁石が、がしがしとひっつきあって繋がりあって、
すべての磁石たちが、身動きが取れない状態、ひとつの塊になっていました。

なぜこんなものが見えるんだろう?と、さらに感じていると、それは、先ほどの
同窓会のエネルギー(=世間一般のエネルギー?)であることがわかりました。

三次元の物質世界は、こんな感じなのかな・・・
自由に身動きができない、お互いの思い込みや価値観や自我が複雑に絡み
合って、もう、塊となってしまっている。
そんな感じ。

続きです

その磁石を感じていると、私の意識の一部もそこにあるためか、とても苦しく
なってきて、圧迫感と詰まりそうな息に耐えられなくなり、ぱっと目を開けました。

息苦しさからは解放されましたが、その後も、私のどこかの意識の層に、
まだそのエネルギーがあるのがうっすらと見えて感じられ、息苦しさと重さから
完全に解放されません。

困ったな、いやだな、こんなの。
見守っているしかないかな・・・と思っていたら・・・

パソコンの前に座って、目の前の水晶たちを見たら、すーっと、その身動きを
制約、制止するようなエネルギーが、抜けていきました。
それはもう、ほんとうに、不思議なくらいにすーっと・・・

そのエネルギーを抜くのを手伝ってくれたのは、透明な水晶たちです。
水晶の前に座った私に、瞬時に、透明な石たちのエネルギーが、一斉に私に
浸透してきました。
それは感動的なくらい。

光の水晶のすごさ、あらためて感じ入りました。

Re:1414日目 - 世俗(11/15)

Kimiさんのスーツ姿を想像してみたんです。。
どうやっても思いつきません。。

ぴあのさんのお話を読んでも感じたのですが。。
もう次元が違うのですね~。。
藍も過去の宗教の人に。。たまに道で出会ったりして
お話しすると。。
なんか相手のとげとげした(別に藍に対して嫌な感情はないと思う)
何か。。生き急いでいるようなカチコチに固まった命を感じます。。

その中に、、どっぷりつかっている時は気が付きませんでしたが。。
なんとな~く寂しい気持ちにもなりました。。
自分が寂しいのじゃなくて。。
こんな感じで。。彼女たちは一生生きてゆくのだろうな~。。
。。という寂しさです。。
上手く言えなくて。。。すみません。。

世俗

最低限のもので豊かに生活できますものね。

消費社会には物質的には、全然はまったことがないので、
ずっと友達とは不思議な感覚でしたが、話をきいたりしてきたのも楽しかったです。

でもギラギラエゴにははまってきました^-^
そろそろ終わりをつげていますものね。

世俗自体と自分のエネルギーは現在たいしてかわりがありませんが、
きっと豊かに暮らす波でそれぞれが深くつながってくるのでしょうね^-^

楽しみです☆

暮らしは世俗と共に・・・

私も、世の中の慣習とかには疎くて、
普段着しか持っていないし、
儀礼的なことは、パスさせていただいて生きてます。

けれど、世俗の中にはどっぷり浸かって、生きています。

暮らしは世俗の中にあって、
想いは淡々とした生き方を・・・・と願っているのですが。

自然と人間はもともと仲良しなはず

kimiさん、こんにちは。初めてコメントします。

こちらの日記を、田舎へ帰省してる最中に読ませていただきました。
普段は、都会暮らしをしていますが、
本来、自分の身体は自然の中で暮らすように出来てるんだなぁ…としみじみ思いました。土の匂いがする空気、お水、すべてが美味しく、、、なんだか自分の魂に申し訳なく思ってしまいました。ごめんね、本当はここが好きなのにね、って。

この日記を読み、改めて、
いつか屋久島へ行き、kimiさんにガイドしてもらいたいなぁとの思いが強くなってます。

低く暮らし、高く思う……。
大好きな言葉を胸に、
いつかのために……がんばって貯金します(*^_^*)

Re:自然と人間はもともと仲良しなはず(11/15)

hana_hana16さん

自然のなかで暮らすことは、自然なことですね。
これからの時代は、そのように生きる人が増えてくるでしょう。
ぜひ屋久島にお越しください。
深い自然が待っていますよ。

農に帰る

最近、少しずつですが、
うれしい傾向を目にします。

人々が農業の大切さ、
農業のために人が営々と築いてきた、
人と関わる自然、
それなりの生態系、
他のいのちと共有する場、
里山と名づける人もいる田園や身近な森、川・・・。

ひと時、ないがしろにされかけていた世界が、
見直され、
さらに、その大切さに目覚め、
遅々とした動きながら、
小さな声が、
だんだんと大きな声になるがごとく、
里山が人々を呼び戻す・・・。

人々が、農に、森に帰る足音が聞こえる・・・。

人々は、昔からの古い大切な友人を思い出し、
友人の世界、田園、森の世界へ・・・
人々は帰り支度を始めている。

とてもうれしい・・・・♪

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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