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1463日目 - 神人重

一昨日、「神と人はかみひとえですよ。気をつけてくださいね。」というコメントがあった。
「天才とキチガイは紙一重」という言葉は、よく聞く。
また、神と名乗る悪魔が多いのも、よく聞く話。
しかし、神と人が紙一重というのは、あまり聞いたことがない。

しかし、このコメントは、なかなか含蓄に富んでいる。
たぶん、書いたご本人は、お気づきではないと思うが・・・
「かみひとえ」とは、「神人重」ということ。
つまり、 神と人は重なっているということ。

「身は社(やしろ)、心は神の分霊(わけみたま)」と、神道では言う。
人の真実は、神が肉体に宿った姿。
人の精神の源を辿っていけば、神に行き着く。
一人一人が、神の分霊(わけみたま)。

しかし、世間では、「人」とは、お互いが助け合って生きる姿と解釈されている。
「人」という字は、二本の棒がお互いに支え合っているという意味。
これは、人間サイドの見方。
横の視点による解釈。

この見方には、縦の視点がない。
神から連なる縦の視点がないと、単なる肉体人間になってしまう。
それでも、お互いが理性的に生きられれば、それで問題はない。
しかし、現実は、個々がバラバラに自己中心的に生きている。

その結果、社会は混乱の巷と化している。
それは、横の視点だけでは足りないということを証明している。
横の視点だけでは、全体と繋がれない。
全体と繋がれない限り、理性だけでは孤独を超えられない。

精神の源を辿っていけば、神に行き着く。
あるいは、全体に行き着く。
全体から、万象万物に分かれている。
空から、すべての色は生まれている。

人は、霊止(ひと)。
肉体に神の霊が止まったもの。
まさに、神の分霊(わけみたま)。
人は、肉体人間にあらず。

人は、全体と繋がる存在。
全体は、どんなに分けても全体。
人とは、神人重。
神と肉体が合体したもの。

それぞれが、神。
本来は、そういうもの。
しかし、今の常識では、人とは肉体人間のこと。
横の視点だけで人は生きている。

縦の視点と横の視点。
その両方が必要。
人は神の分霊(わけみたま)であり、お互いに協力して生きる存在でもある。
片方だけでは、片手落ち。

大多数の人は、自分が神の分霊(わけみたま)であるという自覚に欠けている。
頭でわかっている人はいても、実際に実感している人は少ない。
それが自分のなかで確立されている人を、「神人」と呼ぶ。
自分自身の本質をわかっている人という意味。

そういう人は、神であり人でもある。
神の意識を持ちながら、人として生きている。
神と同通している。
自分のなかに神の意識が明確に存在している。

それは、頭でそう思い込んでいるのではない。
イメージで、そのように想い描いているのでもない。
実際に、神の意識が自分のなかで生きている。
神と一直線で繋がっている。

神人は、一人ではない。
八百万(やおよろず)の神々のように、神人もたくさんいる。
どれだけの神人が地上にいるかは、わからない。
しかし、この変革期のために多数存在しているであろうことは疑いない。

人は、本来、神人重
神と人は、別々のものではない。
人は、肉体に宿った神。
全体が、個のなかで生きている姿。

人類は、永い間、全体から分離して生きてきた。
神を自分の外に置き、恐れ、祈ってきた。
そういう歴史が終わる。
人は、神となる。

神人となる。
人は、自分の本質に目覚める。
神人重の真実に気づく。
人は、神として生きる。


『肉体に 宿った神を 人(霊止)と言う 真にわかれば 神人となる』


これが日記を書き始めて1463日目の心境。


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コメント

神人


神の意識を持ちながら、人として生きている。
神と同通している。
自分のなかに神の意識が明確に存在している。

実際に、神の意識が自分のなかで生きている。
神と一直線で繋がっている。

実際にそのような方~
実際にお会いしても、しなくても
ゆるぎのない、神との繋がりを感じますね。
そのような方々が、
この地上に八百万の神ほどいらっしゃる事....。
ありがたい事です。
また、その事に安住せずに、
それぞれ個々人が、その神性に目覚め、
「地球」という星が、
本当に青く美しい星になることを
願ってやみません。

神人重~いい言葉ですね。
心に刻んで過ごします。

神と繋がる

たくさんの神人が、私達を導いてくださっているのですね。
その導きのエネルギーを、精妙に受け止められるように
いたいと思います。

そして、自分の内は神の意識であることを、精妙さのなかで
見ていくことができれば、と思います。
縦の繋がりを感じていきたく思います。

私には、神人は程遠く、やはりまだ神は外・・・です。
個が強いのでしょうね。
私の感覚では、重なるには、いくつもの次元を超えなければ
なりません。
次元の層に隔たりがあるのですね。

でも、もともと次元もひとつであるのでしょう。
隔たりはなく・・・
どうしても段階があるように感じてしまいますが、
違うのではないでしょうか。

すべてが浸透しあって、浸透するもしないもない世界、
永遠でありながら、永遠のすべてが今ここ、
すべての重なり、そのことを感じられればと思います。

いつの日か、神と重なりますよう、日々意識を透き通らせて
神の響きを感じていきたいと思います。

Re:1463日目 - 神人重(01/04)

お正月に帰省した時、妹の赤ちゃんを見ながら、
どのように分霊が肉体に宿っているんだろうって、
じ~っと見つめてみましたが何も感じませんでした。
(そんな簡単なものではないですが)

どうしても3次元的に捉えようとしてしまうんですよね。
自分が神の分霊であるという実感は今の僕には無いです。
でも分霊である自分を感じられるまで見守る意識を育て、
縦の視点・つながりの理解を深めてゆきたいと思います。
(まずは自分に対する理解ですね)

ありがとうございました。

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屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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