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1494日目 - 整理整頓

今日の屋久島は、曇。
青空も少しだけ見えている。
しかし、小雨が降り出した。
気温は、高い。

住んでいるスペースと精神状態は、どうもリンクしているようだ。
精神が病んでいる人の家は、散らかっている場合が多い。
部屋にはゴミやホコリが積もり、台所も汚れた食器が散乱している。
きちんと整理整頓されていることは、あまりない。

福祉関係の仕事を9年間やっていたので、精神を病んだ人にもたくさん会って来た。
そういう人の自宅を訪ねると、部屋が整理されていないことが多かった。
やっと一人が通れるだけの隙間があって、それ以外は山のような荷物が積まれた家もあった。
そういう家は、通路以外はホコリがうず高く積もっていた。

蒲団が敷きっぱなしの家も多かった。
窓を閉め切ったままの部屋も珍しくなかった。
古いものが山積みされ、使っていないようなものがたくさんあった。
ガラクタと一緒に暮らしているような人を、たくさん見かけた。

精神を病むところまではいかなくても、部屋が整理整頓されていないと精神は不安定になりやすい。
部屋が整理整頓されていないということは、頭のなかも散らかっているということ。
精神状態が、外に現れる。
混乱した精神が、混乱した言動となる。

家のなかに使っていない古いものが多いと、家の空気は淀む。
家具が多いと、風通しが悪くなる。
部屋の隅にはホコリが積もる。
そういう家は、新鮮な気が流れない。

気が淀んだところに住んでいると、精神まで淀んでしまう。
散らかった部屋に住んでいると、精神も散らかってしまう。
目に入る景色が混乱していれば、頭のなかも混乱する。
逆も、また真なり。

整理整頓された部屋に住んでいると、精神もスッキリする。
美しい景色を眺めながら暮らしていると、精神状態も安定する。
目から入ってくるものは、精神に多大な影響を及ぼす。
胎教の重要性が昔から言われる訳が、ここにある。

妊娠している時に火事を見たり、危険な目に遭うと、それは胎児に影響する。
胎児は大人よりも格段に繊細なので、影響がもろに出やすい。
鈍感な大人でも、毎日暮らしている場所の影響は潜在意識に浸透する。
目に入る場景が混乱していれば、精神もおのずと混乱していく。

家具は、少なければ少ないほどいい。
空間が広くなるので、精神に余裕ができる。
いくら広いところでも、家具がいっぱいでは人間の住むスペースは限られる。
狭い部屋でも、家具が少なければ相対的にスペースは広くなる。

家具や荷物が多かったら、整理整頓することだろうか。
絶対量を減らすと共に、きちんと収納する。
できるだけフリーのスペースを確保する。
もしかしたら・・・

それが、意識の自由度を象徴しているかもしれない。
狭い部屋に家具がいっぱい?
所狭しと本やその他が散らかっている?
布団やベッドが大きなスペースを占めている?

そういうところに、自由があるだろうか。
身動きできないようなスペースで、精神は自由でいられるだろうか。
スペースシャトルのなかは、超狭い。
あんなところに長い時間いたら、精神が参ってしまう。

モンゴルの大草原にいたら、心はのびのびするだろう。
これまでの緊張が緩み、心はゆったりとリラックスするに違いない。
人には、スペースがいる。
狭い空間は、人の精神をも狭くする。

豊かさとは、物がたくさんあることではない。
物に囲まれた暮らしは、けっして豊かとは言えない。
ただ物質化しているだけのこと。
真の豊かさではない。

真の豊かさとは、自由であること。
何でも可能なこと。
あらゆる可能性が、眼前に広がっていること。
広々としたモンゴルの大草原のように・・・

住んでいる空間が混乱していれば、精神も混乱する。
住んでいる空間が整理整頓されていれば、精神も整理整頓される。
住んでいる空間が狭ければ、精神の自由度も狭くなる。
住んでいる空間が広ければ、精神の自由度も広くなる。

頭のなかが詰まっていると、なんとなく鬱陶(うっとう)しい。
それは、風邪をひいて鼻が詰まった状態と似ている。
頭のなかが整理整頓されていないと、スッキリさわやかに生きることはできない。
軽やかに、のびやかに生きるためには、頭の整理整頓が必須条件。

本人には、わからない。
その時は、わからない。
整理整頓された後で、以前の状態がよくわかる。
いかに混乱していたかが・・・

精神をクリアーに保ちたかったら、家の整理整頓は欠かせない。
精神が病むのを防ぎたかったら、まず部屋の大掃除を始めること。
住んでいるところは、常に整理されているように心がけること。
そして、できるだけ広い空間をつくるようにするのが、自由でいられる秘訣。

最終的には、頭のなかを整理整頓する必要がある。
いらない観念を放棄する。
無自覚のままにつくってしまった思い込みを排除する。
自分のなかの「べし・べからず」集を一掃する。

頭のなかの観念をできるだけ減らす。
思い込みは、いらない。
思い込みではなく、フリーなスペースが必要。
クリエイティブな閃きには、何もない空間が欠かせない。

ゴチャゴチャ混乱している頭のなかに、インスピレーションはやって来ない。
叡智が閃くのは、クリアーな頭に限られる。
鋭い勘も、煮詰まった頭からは生まれない。
繊細な感性は、精妙な頭のなかにしか存在しない。

整理整頓。
まずは、見えるところから。
家や部屋から始める。
そして、頭のなかに進む。

家も頭も整理整頓されると、さわやかな風が吹き抜ける。
常に新鮮な気が流れるようになる。
新鮮な気がなければ、心身共に淀んでしまう。
それは、やがて心身を蝕む。

それが、風水の基本的な考え方。
新鮮な気を取り入れること。
新鮮な気によって、心身を健全に保つこと。
運気を上昇させること。

物理的な風水も必要。
それと同時に、精神的な風水も必要。
新鮮な気が流れる頭。
クリアーな頭にする必要がある。

そういう頭でなければ、多次元のことは理解できない。
透き通るようにクリアーな頭だけが、遥かな次元と交流できる。
ゴミやホコリが詰まった頭では、繊細な波動をキャッチすることは不可能。
宇宙と繋がるためには、美しく整理整頓された頭がいる。

ほんの少し瞑想したぐらいで、そういう状態になることはない。
一時的になることはあっても、それは持続しない。
本当に整理整頓が進むまでは、安定した空間は生まれない。
物心共に深く整理整頓する必要がある。

この日記を書いている本人は、今の精神状態になるのに35年以上かかっている。
過去世も含めれば、天文学的な数字になるだろう。
心身を調和させるのは、それほど大変なこと。
一朝一夕にはいかない。

神経の一本一本に詰まっているゴミやホコリを排除する。
頭の細胞の一つ一つの波動を上げる。
食べもの、水、着るもの、住むところ、肉体の状態、感情や思考の動き、ありとあらゆるところに気を配る必要がある。
それを20代前半からやっている。

頭の調整は、今も続いている。
心身の波動は、少しずつしか上げることはできない。
松果体や脳下垂体の波動を上げるのは、並大抵のことではない。
DNAを変更するほどのエネルギーがいる。

家や部屋から始まった整理整頓は、最終的には精神の整理整頓まで進む。
深く深く整理されるにつれて、頭は明晰になっていく。
透き通るような頭脳となる。
そういう頭脳でなければ、多次元宇宙からのエネルギーをキャッチすることはできない。

意識し出してから35年以上かかって、ここまで来た。
しかし、道はまだ続いている。
それでも、かなり見通しがよくなった。
そろそろ今生のゴールが見えてきた。

この日記は、ゴールまでの道行き。
日記を書くことによって、精神の整理整頓ができている。
同時に、後に続く人への道標(みちしるべ)ともなっている。
だから、同じように時間をかける必要はない。

時代の波動は、変わってきている。
もっと速く、もっとスムーズに変化できるようになっている。
本人がその気になりさえすれば、変化は速い。
真剣に取り組めば、大きく道は開ける。

家も物も整理整頓。
心も体も整理整頓。
必要のないものは、みんな手放す。
スッキリさわやか、広々とした空間で生きる。


『ごちゃごちゃに 詰まっているから ごちゃごちゃに 外に出るだけ 精神異常』

『精神を 整理整頓 せぬ限り 精神異常 治ることなし』

『まず部屋を それから体 精神を 必要ないもの 整理整頓』

『精神が 病むのは神の 精髄が 流れないから 滞(とどこお)るから』

『手放して また手放して 手放して 手放し抜けば 風吹き抜ける』

『思いきり 溜まったものを 手放して 楽になること 軽くなること』

『必要の ないものすべて 手放して 広々とした スペースに住む』

『自由とは 何もないこと 必要な ものはそのつど 手にすればいい』

『日記書き 自分見つめる ことにより 頭のなかを 整理整頓』

『落ち着いて 混乱見つめ 整理する 整理するたび 心静まる』


これが日記を書き始めて1494日目の心境。
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コメント

Re:1494日目 - 整理整頓(02/03)

精神的に多くのものを所有しているように思います。
溜まっているゴミやホコリを一掃したいのですが、
なにぶんそれらは形として目に見えず、手も届かず、
深さもわからないため、手放すことに苦労します。
(でもとことん最後までやりたいと思います)

それにひきかえ、形としてある物は捨てやすいです。
さらさらと家の中の氣が流れるように少しでも整理
します。精神も整理しやくするために。

ありがとうございました。

精髄

クリアーな空間が何より必要ですね。
住む部屋も心も、すっきりとクリアーであること、心がけます。
まずは、すぐに取り組める部屋から、すっきりとしていきたいと思います。

気の整った精妙な空間に行くと(身を置くと)、精神が統一される感覚を受けます。
そこに身を置いているだけで、自分の内がすーっと統一されていくのを感じます。
家にいながら、いつもその感覚を保てることができたら、どんなにいいでしょうか。

『そういう頭でなければ、多次元のことは理解できない』 からのくだりは、
感動で読ませていただきました。

ほんとうにそうなのでしょうね。
そして、kimiさんの35年間、過去世から今までの道に意識を沿わせていただいて
私の心に沁み入り限りなく広がっていく感覚は、限りない崇高さ、その精神の美しさ。

精神の高みを極めるとは、あらゆる細部にまで細やかに神経を行き渡らせ、
すべてのすべてを調整し、社である身、神の精髄である精神を生きること、
そこに至ること、そういうことでもあるのでしょうか。

道標を、ありがとうございます。
kimiさんと同じことはとてもできない凡人の私ですが、
せめて、kimiさんがなされてきたこと、深く抱(いだ)きとめ、私の意識の深化へと、
その光をいただいてまいりたいと思います。
そして、真剣に真剣に取組み、いつか、私の光の花を咲かせたいと思います。

心と環境

本当に同じですね。

すっきりさわやかがいい。

本能的に私は広々とした環境を欲しているのかもしれない。
モンゴルにあこがれ、
アラスカにあこがれてきた・・・。

スピリチュアル的な方、
哲学的な方は、よくインドに行かれるようですね。
でも、イメージだけですが、
私は人があふれている環境に、
少し恐怖感があって、
行ってみたいと思わない。
ヨーロッパは、別に興味はないのですが、
人が整理整頓したたたずまいの環境のようなので、
恐怖感は感じない。

環境にあれこれ思うのは何故かな?
もしかしたら、自分自身が整理整頓されているなら、
環境に影響されることはないのかも知れない。

でも、不安定な私なので、
とても、環境依存してしまうように思います。

私の部屋は、足の踏み場もないほどには散らかっていません。
ところが、引き出しの中や、部屋の隅は、
何やかやとごちゃごちゃしている。

臭いもには蓋をして、取り澄ましているようなものでしょうか。

アラスカやモンゴルにあこがれていても、
身を賭して行ってみる訳でもなく、
DVDや、映画でお茶を濁しているのは、
まるで私の心と部屋の整理整頓そのものです。

この中途半端さが、
常に私をわけのわからない恐怖感、
不安感を掻き立てているのかも知れません。

ちょっとじっくり部屋を見回したり、
自分を見回すと見えてくる臭い部分・・・・
蓋、蓋・・・蓋は何処?

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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