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1521日目 - 循環


肉体は、循環システムのなかで存在している。
呼吸は、吐いて吸う。
食べたものは、排泄する。
血液は、全身を回っている。

肉体に限らず、自然は循環システムのなかにある。
地球は、太陽の周りを回っている。
太陽は、銀河系を回っている。
月は、地球を回っている。

雨が降り、川となり、海に流れる。
海水は太陽の熱によって水蒸気となり、雲となる。
雲は雨となり、地上を潤す。
すべて循環している。

食物連鎖も然り。
宇宙全体が、循環システムで存在している。
その循環こそが、あたかもいのちであるかのように。
いのちが、姿を変えて回っているだけなのかもしれない。

種から芽が出て、双葉となり、花が開き、実を付ける。
それが、延々と繰り返されている。
その過程で、新たな新種が生まれたりもする。
多種多様、限りなし。

人は、そういう循環システムのなかで生きている。
自然の循環と共に生きている。
ところが・・・
人は、何でも自分の思う通りにしたがる。

それが、自然のシステムを破壊する。
体を壊し、心を壊し、地球を壊す。
無理を通せば、道理が引っ込む。
自然の循環システムを無視すれば、不自然な現実が生まれる。

何でも自分の思う通りにしたいと思っていると、まず体が言うことをきかなくなる。
体は、自然に属している。
人の支配下にはない。
肉体は、自然のシステムと共に生きている。

肉体を酷使し続ければ、やがて壊れる。
休ませることを知らないと、健全に機能しない。
食べるだけで排泄しなければ、肉体は病む。
肉体の生理を無視すれば、肉体の循環システムが機能しなくなる。

地球は、太陽の周りを回っている。
それを太陽が地球の周りを回るようにはできない。
そういうふうにはなっていない。
それが太陽系のシステム。

何でも自分の望み通りにはならない。
自然のシステムと共に生きるしかない。
自然の流れのなかで、自分のやるべきことをやる。
自分の夢を叶える。

自然のシステムや時代の流れを無視して、自分だけで生きることはできない。
自分さえよければいいということは、通用しない。
そういうふうに生きることはできない。
基本的にそのようにできている。

宇宙のすべてが、有機的に関連している。
無関係なことは、一つとしてない。
すべてが連動している。
自分だけが孤立していることはない。

すべてが繋がっているのであれば、すべてと共に生きるしかない。
宇宙全体と共に生きる。
それが、人としての基本的な生き方。
自分さえよければいいというのは、小さな自我の妄想。

自分さえよければいい。
自分の思い通りにしたい。
そういう生き方は、結果的に心身の不調をもたらす。
全体と共に生きる時に、心身は健全に生きることができる。

常に宇宙と共に生きる。
時代の流れと共に生きる。
銀河系と生き、太陽系と生きる。
地球と共に生きる。

自然と共に生き、肉体と共に生きる。
自然や肉体のシステムと共に生きる。
我を通そうとすれば、自分が苦しむだけ。
全体と共に生きない限り、真の幸せはない。

ゆったりと自然と共に生きることだろうか。
のびのびと肉体と共に生きることだろうか。
心から魂と共に生きることだろうか。
宇宙の流れと共に今を生きることだろうか。


『循環が すべてのいのち 生かす道 いのちが姿 変えているだけ』

『循環の 流れと共に 生きるのが 自然と共に 生きる生き方』

『ゆったりと 自然と共に 生きてゆく 我を通さずに 自然に生きる』


これが日記を書き始めて1521日目の心境。

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コメント

一体性

普段は、肉体と思考に根強く意識の中心があり、

個としての自意識が強いので、

対人関係にも、苦手意識が取れない状態ですが、

意識の場の中心を、宇宙との関係のなかで

捉え直して観ると、新たな意識のなかで、

人間関係を、捉える直してみることができました。 

意識の場のステージを広げると、心が飛翔します。

羽が生えたように、軽くなりました。

私も、縁起の観照法で意識を広げ、

改めて、個と宇宙全体の関係なかで、

肉体と思考を、捉え直してみるつもりです。

瞑想の起点となり、共感と気づきを頂きました、

感謝!

Re:1521日目 - 循環

あめつちの
まわりてめぐる
いとなみを
さとりてかみの
いぶきといきん…
諸法無我 縁起

いいんですよね♪

>ゆったりと自然と共に生きることだろうか。
>のびのびと肉体と共に生きることだろうか。
>心から魂と共に生きることだろうか。
>宇宙の流れと共に今を生きることだろうか。

ゆったり生きていいんですよね。
のびのび生きていいんですよね。
魂の想いに素直でいていいんですよね。
宇宙の流れに、身を任せていいんですよね。

安心しました。

手を放すこと

流れをせき止めているものは何だろう、と考えます。
循環を「いやだ」と思っている心。

望みを手放すこと。
思い通り、を諦めること。

そうすると、「もういいや~」と水の上にあおむけに浮かんでいる自分があり、
それを外から見ると、
「生きてる意味がない」存在のように見えます。

そして、あお向けの中に入ってみると・・・
ざわざわとした想いが、たくさん現れてきます。

「これじゃいけないんじゃないか」
「手を打たないと、どうにかなっちゃう」
「私が消えちゃう、死んでしまう」

流れに乗って、浮かんでいれば決して死ぬことはない。
でも・・・

でも、の先が。
やっぱり「死」のように思えます。

自分を残したまま、なるべく流れに沿うように行くこと。
これは目標であり、そうしたいと願ってきた生き方でした。

完全にあおむけになってしまったら・・・。
やはり、自我の自分には決して想像できない生、という気がします。


コントロール

いやだと思う心。私の中にたくさんあります。

今、旦那の会社でリストラが行われていて、旦那は残ったのですが・・。

そうした動きの全てを目の当たりにし(明日は我が身)、
生き方を変えたい・・・と言っていました。

彼にとって、大切にしていた人生のイメージがあったそうです。
それは、以前海外旅行で見た家族の風景でした。

夕方、何をすることもなく、家の前に置かれたベンチに皆で座り、
くつろぎながら夕日を見ている光景。

このまま会社で生き残っていくことが、この光景からますます離れていく、
そう言いました。

「能力のない奴は辞めて当然だ」

などと言っていた旦那ですが、最近になって心が変わってきたようです。

リストラ、生活、家賃、気楽さ・・・
いろいろある中で、私は今、旦那の心の変化が最も大切なような気がしています。
今辞めたら、まず仕事はなさそうです。あるかもしれません。

頭の中で、全員パートかきあつめ生活、引越し・・・
さまざまな未来がよぎります。
(そんな中で不思議なことに、娘の学費だけは独立して大丈夫、という状況です)

「辞めちゃえ辞めちゃえ♪縁側でのんびりする暮らしを創ろう!」

と言ってあげたいです。
それが、何か・・・循環。自然なもの、一番大切なものに添う方向に思えています。

信じきれない自分がいます。
流れに沿って手を離し、信頼すること。
自分の中の悲観的な、「留めよう」とする思いがあります。

流れに乗るのは、勇気がいりますが、
なぜ勇気がいるのかは、
「せき止めようとする自分」「思い通りの結果、保証が欲しい自分」
が居るからですね。
コントロールせずにはいられない、何かが心にあるのですね。

現象は後からついてくる。
心が最初。

もう少しゆっくり、自分の中を見つめようと思います。




引っ越し

今朝は、瞑想のガイドをありがとうございました。

神にはなれませんが、神の視点で考えることは、

可能であると気づきました。

数ヶ月前、肉体の置き場所の引っ越しをしましたが、

こんどは、思考の置き場所の引っ越しをしています。

整理して余分なものを捨て、広い方へ移ります。

いずれは、大自然の広大な懐で、光を浴びて、

夜は、月と星空の下したで暮らすために、

意識の変革をしています。

体は、後からついて行くものと信じています。

想いが、肉体と精神の環境を支配していると、

考えている、この頃。

一瞬

春風にゆれる木立の花衣

神の息吹に色づく命

悩み多きこの世とて

やがて儚き命かな

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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