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1547日目 - 天命


録画してあったテレビ番組を見た。
タイトルは、「落日燃ゆ」。
城山三郎の小説をドラマ化したもの。
テレビ朝日の開局50周年記念ドラマ。

内容は、A級戦犯であった元首相、廣田弘毅の生き様。
彼は、極東軍事裁判において、文官としてただ一人死刑になった。
戦争の拡大に反対したにもかかわらず、首相や外相であった責任を問われた。
その際、一切の弁解をしなかった。

軍部が台頭する難局において、総理大臣を打診される。
火中の栗を拾う人はいない。
しかし、彼はそれを引き受ける。
次のように語って。

「人は、与えられた役目のために生きるもの。」
今の政治家は、自分から総理大臣になりたがる。
しかし、与えられた役割を果たすという心境の総理大臣もいたということ。
なかなか立派な生き様だった。

生きるとは、天命を果たすこと。
天命とは、役割。
自分に与えられた役目。
自分の為すべきこと。

神々は、○○の命(みこと)と呼ばれる。
それは、天命を意味している。
天から命じられた役割。
それが、神々の為すべきこと。

唯一絶対神は、ひとつ。
ひとつでは、何も始まらない。
すべてがあるけれども、何もない世界。
そこから、神々が誕生する。

その神々は、それぞれ天命を帯びている。
天命とは、天の唯一絶対神からの命令。
つまり、この宇宙での役割。
その役割を冠して○○の命(みこと)と呼ばれる。

神々と言っても、大神、中神、子神と多種多様。
大神が中神を産み、中神が子神を産む。
それぞれに役割がある。
その神々の下に、人がいる。

人は、神々の子。
神々の命を受けた神々の子。
人もまた、この宇宙での役割がある。
一人一人が、神々と同じように役割を担っている。

天命と言うと、命じられたようなニュアンスがある。
しかし、実際は、総合的な見地から決められる。
それまでの地球での経験を踏まえて、今生で為すべきことを決めていく。
それは、魂次元の出来事。

人は、魂から地球に派遣されているようなもの。
魂の代表。
実は、魂もグループソウルから派遣されているようなもの。
構造は、同じ。

唯一絶対神から八百万(やおよろず)の神々が分かれているのも同じ構造。
基本構造は、すべて同じ。
それが、多層多次元に渡っているだけ。
人も、その末端を担っているということ。

そういう意味で、「人は、与えられた役目のために生きるもの。」という廣田弘毅の発言は間違ってはいない。
それぞれが、唯一絶対神の一旦を担っている。
但し、あまりにも遠く離れているので、その自覚はない。
肉体に入って物質化しているために、真実がわからなくなっている。

人の心の奥には、天命が宿っている。
今生で果たすべき使命がある。
それは、生まれてくる前に魂次元で決めてきたこと。
宇宙の流れから、今為すべきことを合意してきたもの。

しかし、この世に生れてしまえば、そういうことは忘れてしまう。
微(かす)かに心の奥底に残っているのみ。
そういうことよりも、まずはこの世で生き残ることが最優先の課題となる。
この世を生きる術(すべ)を学ぶうちに、天命のことは完全に忘却される。

肉体の快に溺れ、肉体の安全を求め、自己保存に汲々とする。
それが、大多数の人の一生。
天命を忘れ、肉体人間として終始する人生。
人生の本質を理解しないままに、いたずらに輪廻転生を繰り返す。

しかし、そういう時代も終わりに近づこうとしている。
これまでの人類史が、ひっくり返ろうとしている。
地球での試行錯誤の時期は終わった。
準備体操は終了。

これから本番。
天命を全うする時。
自己の真実に目覚める時。
己の使命=命(みこと)を実行する時。

一人一人に、それぞれの天命がある。
それは、自分も合意しているもの。
自分が納得して選んできたもの。
天命の高低、貴賎はない。

それぞれにとって必要なこと。
この地球にとって必要なもの。
今の宇宙にとって必要なこと。
単なる役割分担。

肉体には、頭があり手足があり胴体がある。
脳髄があり筋肉があり骨格がある。
心臓があり膵臓があり肝臓がある。
血液がありリンパがあり神経がある。

どれが偉いということはない。
どれも必要。
小指の爪さえ、なければ困る。
それぞれが、それぞれの役割分担。

そのすべては、繋がっている。
肉体の構造は、宇宙の構造のミニチュア版。
人の意識構造も、似たようなもの。
すべての人は、神の細胞。

八百万(やおよろず)の神々も人も、色の世界の存在。
唯一絶対神だけが、空の世界の存在。
しかし、色と空は、ひとつの表と裏。
唯一絶対神と八百万の神々や人は、別々のものではない。

動の状態が、色。
静の状態が、空。
分離しているように見えるのが、色。
分離のない状態が、空。

すべて、ひとつのものの表と裏。
多様性と統合性。
統合された多様性。
在るのは、ひとつのみ。

ひとつのダイナミズム。
ひとつの多様性。
ひとつのいきもの。
ひとつのいのち。


『絶対神(かみ)の子が 神々なれば 神々の 子供が人(霊止)と いうことになる』

『魂と 呼ぶこともある 神々と 呼ぶこともある みな分け御霊』

『人はみな 地上に降りた 神なれば 己(おの)が天命 果たすが勤め』


これが日記を書き始めて1547日目の心境。


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コメント

魂と命

人は、生まれ、生き、死ぬは、宿命。

使命感に目覚めて、生きるは、幸福。

生きる意味とは、思想や哲学ではない。

自分が、今、生きているという事実に、

納得できるかどうか? その問いこそ、

自分自身が、天に示すべき答え。

戦後55年以降、毎年3万人を越える

自死者が出ている。単に、経済の問題で

あれば、戦中、戦後まもなくの時代ほど

食えない時代はなかった筈だ。

魂の喪失、とはいったい何なのか、

そこをもう一度、問い直してみたい。

天命って・・・

私は詰まるところ、
天命って、いのちの継続なのだと思う。

女王蜂がひたすら卵を産み、
それが育ったあらゆる役目の働き蜂が、
せっせとその役目をはたすのも、
ただただいのちの継続のため。

細胞が、それぞれの場所でそれぞれの機能を全うするのも、
その細胞そのもの、
および、細胞の母体である肉体のいのちの継続という役目のため。

私自身でいえば、
早々と結婚して、早々と離婚した間に、
3人の子供を生んだ事も、
天命を私にも全うさせてあげようという神の慈悲か?

生きて、いのちを繋ぐ事、
天命はそれに尽きるように思える。

生きる日々の様々のエピソードは、
天命を全うする私達への神の粋な計らい。
人生という贈り物・・・だと思う。

天命のバリエーション

昨夜のコメントは、
大切なことを書き漏らしました。

いのちの継続とは、個人が子供を生むことだけの話でなく、
大きくいのちの継続がなされるための、
様々な生き方をも含めての話です。

ミツバチで言えば、
働き蜂がまさにそうで、
生殖作用以外の、いのちを継続するべく様々を担う。

人も、ひとつの種としてのいのち、
更には、地球という世界に繰り広げられる、
あまたのいのちをも含めて、
その継続に付随するすべてを担う、
まさに天命を課せられているように思います。

ここの生き方、
ここの処し方は、
直接、生殖作用に関わらずともです。

やはり、いのちの継続とひとくくりで言ってしまう前に、
日々のエピソードの中に、
数え切れないほどの、使命がひそんでいるようですね。

己を知る

主体性を持つとは、魂と伴にあること。
魂を失うと、人はロボットのようになる。
生きる意味を他者から与えられ、
欲や恐怖で操られる。虚栄心という
共同幻想のなかで慌ただしく生きる。
生きる意味とは、実感である。
思想や哲学ではない。
自分の生に価値を感じる事。
自分自身を生きる事、
そこに、与えられたものではない
責任と充実感がある。
自分が、自分自身であると
感じながら、生きる事、
そこに魂が在る。
天命を知るとは、己を知ること。
己が不在であるとき、魂を失う。

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Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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