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1594日目 - 神猫の死


屋久島は、晴が続いている。
ここのところ、連日、水晶を郵便局に運んでいる。
牡牛座の水晶祭りで行き先が決まったものの発送。
途中の道路には、花々が咲き乱れている。

山があり、海がある。
太陽が照り、風が吹く。
色とりどりの花々が、目を楽しませてくれる。
道路を走る車も少なく、なんとも平和な島。

しかし、平和な島でも、いろんなことが起きる。
神猫が亡くなった。
kimi神社にやって来た野良猫。
まだ一年にも満たない短い生涯だった。

オスなので、成長すると縄張り争いをする。
遠くまで出かけてケンカしている様子だった。
最近は、いつも左耳の後ろを噛まれて帰って来ていた。
何度も何度も同じところを噛まれた。

その度に手を当ててヒーリングした。
手を当てれば、ある程度は回復する。
元気になると、また縄張り争いに出かけて行った。
何のためのヒーリング?

何度もケンカをやめるように注意した。
しかし、本能なので、なかなか聞き入れてはくれなかった。
自分が生き残ることと子孫を残すことは、動物本能の最たるもの。
本能を抑えることは、猫にとってはできない相談だった。

だんだんと傷が深くなっていった。
とうとう耳の軟骨まで見えるようになった。
最後には、生殖器官(タマタマ)まで血まみれになって帰ってきた。
この時は、さすがに生気がなく、ヨレヨレ状態だった。

傷口は、長らく膿んでいた。
だんだん食欲もなくなっていった。
とうとう水だけしか飲めなくなった。
断食して傷を治そうとしていたのだろうか。

4~5日は、水だけでなんとか頑張っていた。
だが、みるみる痩せていった。
それでも、まだ水を飲むために流しまで飛び上がることはできた。
しかし、遂には水を飲むことさえできなくなった。

その頃には、口から血を吐くようになっていた。
傷口から入った菌が、全身に回ってしまったようだ。
断食しても菌には勝てなかった。
水を飲めなくなると、やがて動けなくなった。

それでも、思い出したように動こうとした。
しかし、数歩歩くと、バタッと倒れた。
一時間おきぐらいに、それを繰り返した。
本人は歩きたいのだが、体が付いていかない様子だった。

なんとか頑張ってほしいと思った。
しかし、それは無理な願いだった。
気がつくと、体温が下がっていた。
カイロを包んだタオルを被せた。

最後の最後まで、本人は立ち上がろうとしていた。
しかし、立ち上がった途端、倒れ込んだ。
それでも、こちらが呼びかけると、こちらを見て返事をした。
意識は、しっかりしていた。

最終的には、呼吸が変わった。
呼吸が浅くなり、速くなった。
それがだんだん弱くなり、虫の息になった。
もう死期が近いことが、はっきりした。

最後は、何度か手足を激しく動かした。
そして、呼吸が止まった。
眼を開けたまま動かなくなった。
触ると、更に体温が落ちていた。

前日の夜に、猫のエネルギーを感じた。
猫の骨格構造は、恐竜のような感じだった。
頭から背骨、尻尾が一本に繋がっていた。
大きな弓のような感じ。

しばらく一緒にいると、詰まっていたものが抜けた。
全身がスッキリした。
これでOKという感じだった。
何も問題のない状態になった。

スッキリした時点で、もう死んだのかと思った。
しかし、まだ息をしていた。
それから、ほぼ一昼夜生き続けた。
しかし、エネルギー的には、前夜から準備ができていた。

神猫は、最後の最後までよく頑張った。
こちらが感心するくらい、最後まで立ち上がろうとしていた。
「もう十分頑張ったから、もういいよ。」
「よく頑張った!」と、何度も声をかけた。

息が止まったのは、深夜の12時頃。
猫はそのままにして、床に就いた。
寂しくも悲しくもなかった。
なぜなら・・・

猫は、そこにいた。
肉体は、死んでいた。
しかし、猫のエネルギーは、こちらと一緒にあった。
いつものように一緒にいた。

だから、寂しくも悲しくもなかった。
目に見える形の猫は、死んだ。
しかし、目に見えない猫は、以前と変わりなく存在していた。
猫そのものに変化はまったくなかった。

肉体に囚われれば、寂しくなる。
形に囚われれば、悲しくなる。
しかし、猫の本質と共にあれば、寂しくも悲しくもない。
思考が動かなければ、何もない。

もう会えないとか、もう膝に乗ってこないとか・・・
いろいろ考えると、感情が動く。
感傷的になって泣き始める。
しかし、思考が動かなければ、感情も動かない。

いつもと同じように、猫は身近にいる。
黙って猫と一緒にいれば、ハートからあたたかいエネルギーが溢れ出す。
それは、猫を包み、猫を癒す。
肉体を離れた猫は、慈悲のエネルギーに包まれた。

肉体から離れても、猫は存在している。
別の形で居続けている。
何も悲しむことはない。
何も寂しがることはない。

形に執着する時、別離の苦しみが生まれる。
目の前から消えたものに囚われる時、感情が沸き起こる。
過去の思い出に浸る時、感傷的になる。
それは、自分の世界に埋没しているだけ。

感性を研ぎ澄ませば、何も変わってはいない。
ただ物質次元の猫が動かなくなっただけ。
猫の本質自体に変わりはない。
今も一緒にいる。

この世のことは、すべて同じ。
猫に限らない。
人も自然も同じ。
すべて同じ。

移り変わる形に囚われないことだろうか。
表面だけを見ないことだろうか。
ただ移り変わっているだけ。
宇宙の本質は、微動だにしない。

目に見えるものは、変化する。
しかし、本質は変わらない。
色は、変化。
空は、不変。

空をベースに色を生きることだろうか。
そうすれば、何の悲しみも苦しみもない。
ただ表層が移り変わるだけ。
本質は、何も変わらない。

静かに深く生きることだろうか。
表層の喧騒に巻き込まれないことだろうか。
自分の本質を生きることだろうか。
自分の真実を生きることだろうか。

翌朝も猫の姿は変わらなかった。
今にも「ニャン!」と叫んで起き上がりそうだった。
もちろん、動き出すことは二度となかった。
体は、既に硬直していた。

裏の森に穴を掘って埋めた。
「お疲れ様。」
「どうぞ自然にお還り。」
亡骸(なきがら)は、土に戻るしかない。

亡骸(なきがら)とは、無き殻。
今は主(あるじ)のいない抜け殻。
いのちが抜けた後の肉体は、ただ朽ちるのを待つばかり。
自然に還るのが、自然なこと。

神猫はいなくなったが、この猫が連れてきた弟分の猫がいる。
毎日、餌を食べに来る。
二代目の神猫?
さて、また新しい物語が始まる。


『いつまでも 同じ形で いてほしい それが執着 苦しみの元』

『表層の 姿形に 囚われて 思考動かし 悲苦に埋没』

『思い出と 比較する時 悲しみや 苦しみなどが やってくるもの』

『刻々に 出会いと別れ あるばかり 過去を掴めば 悲苦が始まる』

『肉体は 死んでも何も 変わらない 本質的に 変わるものなし』

『移りゆく 現象だけに 囚われて 本質忘れ 嘆き苦しむ』

『現象の 奥に息づく いのちあり いのちと共に 今を生き抜く』


これが日記を書き始めて1594日目の心境。
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コメント

猫の日々

猫君も、kimiさんも、
素敵な猫の日々を過ごされましたね。
長い、短いより、
充実した日々を過ごしたことの方が、
猫君、うれしかったと思います。

ちゃんと、
kimiさんに次なる猫の日々を用意してから戦いに臨んだのは、
勝っても、負けても、
kimiさんとの猫の日々はこれまでと見切っていたのでしょうか。

それでも負けた時は、
kimiさんの傍で猫の生涯を終えたかったのは、
猫としての決着を見届けてほしかったのかな?
それとも、ちょっと甘えん坊だったのかな?

猫君、風になってふきわたってくださいね、
屋久島の大空を・・・。

Re:1594日目 - 神猫の死(05/14)

あたしなら。。泣きます。。
辛いですもの。。
感情が湧きあがってくるのを抑えることができない。。
そんな。。悟れません。。
ごめんなさい。。

Re:1594日目 - 幸せな神猫

ネコは死期が分ると断食し、弱っている自分を人や敵が襲ってこないような静かで安全な場所を選んで、死ぬと聞いています。

その神猫が”最適な所”と選んだ場所はKIMIさん宅(kimi神社)だったのですね。

猫が弱っていても立ち上がろうとがんばる様子から命をひきとるまで、臨場感ある文章を拝読、最期をkimiさんに話しかけられながら看取ってもらえたなんて幸せな猫だなって思いました。

私が12年愛した猫はやはり死期には、フラリとどこか消えてしまいましたから、最期をみとりたいというヒトの勝手ですが、それが遺憾でもありました。

神猫はkimiさんの愛の語りかけも助長し、魂が体から抜ける時はとっても楽で軽やかだったんだろうなって感じます。

神猫ジュニア(弟分?)の今後の成長と物語が楽しみです。

在るものと無いもの

>もう会えないとか、もう膝に乗ってこないとか・・・
>いろいろ考えると、感情が動く。
>それは、自分の世界に埋没しているだけ。

わかりました。

自分が猫の立場で空想してみました。
私が死んで、そのままこの家の部屋にいるとして、
家族が見えます。
その家族が、生前の私との関わりの場面を思い出してうつむいている。

私はきっと

「こっちを見て!私はここにいる」
「それはあなたの頭の中以外には無い、幻想でしょ」
「今のこっちを見て、ちゃんと実際にある、今ここのものを見て」
「昨日と変わらずに隣りにいるでしょ」

と、叫ぶと思いました。
家族には私は見えず、声も聞こえないと思いますが。
もしも感じることができれば、何も変わってない。
だから、

>息が止まったのは、深夜の12時頃。
>猫はそのままにして、床に就いた。
>寂しくも悲しくもなかった。

死んだ私からすれば、このように普段と変わらずに過ごす様子が、
一番自然なことに思えます。

喪失、失うこと・・・・から、気付きもあるかもしれないけど、
気付いたとしたら一度でいいです。なげき悲しむのは。

知り合いが以前、弟さんを自死で亡くされたのですが、
「悲しくもなんともない」と言っていました。

亡くなったその日から、相変わらず部屋でゲームをしている弟さんと話をしていたそうです。

でも、「見えない」彼のお母さんは半狂乱になっていると聞きました。

私にも亡くなった人は見えないし、はっきりとエネルギーの実在を感じることも出来ません。
でも、肉体を脱いだだけの違いだと。

イメージの沼に、自己憐憫にはまったら、また顔を上げて、
真実を淡々と見ていこうと思います。

日記をありがとうございました。

こんにちは

『現象の 奥に息づく いのちあり いのちと共に 今を生き抜く』

言葉がでませんね^-^

猫ちゃんが全うされて、
そしてkimiさんがそのそばでそれを見守ったように・・・・

私も全てを見て、逃げないこと。
逃げないでいれば、
全存在を目の前の現象や相手と何も離れずに慈悲の中で包みあえるということ。

全てと共にあるということ。
自分の内も外も何も変わらず宇宙といのちと一体であるということ。

私はそうですね、
誰かが私の想像を超えているような辛さや、事件
出来事にあったとき、
全存在をその人と共にいることができませんでした。
必要な情報をおつたえしたり、話をお聞きしても、何か私自身がどこか本当にどこかが、一ミリでもどこかが、うわついている。
いつもその違和感を感じていました。
怒りがあって、悲しみがあって・・・。
それだけを見ていたのですね。
テーブルの下に隠した手が、体のどこかが、震えていることが多かった。

私自身が何かうわついていて、
日々の生き方みたいなものが、本当の私をあらわしていないって。
本当に沿っていないって。

どこかで、斜め前くらいの姿勢で見ていた矛盾を感じていました。
壁を作っていました。

それと同時に世界の遠くで起きていることと、
自分が中心のかかわりで起きていること、たとえば、同じことなのに、
起きてくる感情の大きさの差、矛盾が非常に、何か砦を感じていたのです。
感情が、わきあがる思考が全てではない。
そんな気がしました。

きれいごとと回りにどんなにいわれても、
どうしてもこのブロックが私にとって、何かを隠しているものでした。

色が付いている。
あきらかに、私の何か勝手な色が・・・。

全てと共にあるというのは、静かですね。
静けさの中にいきずいている、いのちの流れいのちと愛、
私たちの本質と一緒にいるのですね。
そこに苦しみはない。

猫ちゃんありがとう♪

私がその本質で生きることで、私自身を全うしていくことで、
何も持たず、日々軽く静かに生きていく。
日々生まれて死んでいく、全てを持たずに。
日々本気で生きていく。
微動だにしない本質に生きる。

認知症のお母様を一人で診てきて、仕事のリストラと同時にとても重い病気がわかった人と
出会っています。

ここに書かせていただき、
優しい光をいただきます#^-^#

私自身が、全霊で生きることししかないですよね。
矛盾なく。
そしてその方の本質と共にありたいと思います。

自分の本質と、相手の本質と。
生き抜く。

そして、本質の変わらないあたたかさ
やさしいベールのような、宇宙のゆりかごの中のような。
そんな優しさになれたらいいな・・・。
そんな優しさに包まれ、包みあえたらいいな・・・。
育みあえたらいいな。

抜け殻を土に返した猫ちゃんも新しい物語が始まりますよね。
宇宙のあたたかいいのちの流れの中で・・・。
素敵な物語をはじめられますように。

kimiさんがすきですきでたまらない猫ちゃんでしたね。
kimiさんにご飯をもらって、お部屋をつくってもらって、
猫の戦いに挑んでこの世界を楽しまれたでしょうか。

よく頑張りましたね。はぐ。
ありがとうニャンニャん。

なんだか愛でいっぱいになってきました。
その方にも愛しかなくなってきました。
いっぱい愛を伝えて共に生きたいです。
瞬間も日々も人生も最後の最後まで余すことなく。
猫ちゃんみたいにね^^

Re:1594日目 - 神猫の死(05/14)

今日、愛猫が死にました。とてもつらいです。
三歳で、急に元気がなくなり、あっというまにしんでしまいました。
kimiさんのようには、何もしてあげれませんでした。
『いつまでも 同じ形で いてほしい それが執着 苦しみの元』
ほんとうにそうだと思います。
でも、わたしには彼がみえない、エネルギーの一体化が今のところできていません。
なにか訓練できることがあったら教えてください。
お願いします。

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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