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1636日目 - 覚悟と情熱


「1633日目 - 意地悪」の日記に対して、次のようなコメントがありました。

「全てをリセットして、ゼロからのスタート。
その覚悟と情熱を、いったいどうしたら呼び起こせるのでしょうか?」

問うべきは、「どうしたら?」ではなくて、「なぜ?」ではないでしょうか。
「どうしたら?」と問えば、こうすればという答が返ってきます。
しかし、次に待っているものは・・・
その答を実行するには、「どうしたら?」です。

それは、答のない問いなのです。
方法論というのは、やがて元に戻ってしまいます。
堂々巡りなのですね。
「どうしたら?」で始まったものは、「どうしたら?」で終わるのです。

問うべきは、なぜ覚悟や情熱が湧いてこないのかということです。
なぜでしょうか。
なぜ心から真剣に生きようとする情熱が湧いてこないのでしょうか。
それは・・・

逃げているからでしょうか。
責任を取ろうとしていないからでしょうか。
結果を全面的に受け止めようとしていないからでしょうか。
斜(はす)に構えて、いつでも逃げられるようにしているからでしょうか。

コメントする度にハンドルネームを変える方がいらっしゃいます。
しかし、そのなかに流れているエネルギーは同じです。
わかる人には、わかってしまいます。
では、なぜハンドルネームを変えるのでしょうか。

それは、責任を追及されたくないからでしょうか。
特定されるのが嫌だからでしょうか。
自分が書いたものに最後まで責任が持てないからでしょうか。
いいとこ取りをしたいのでしょうか。

それは、人生に真剣に向き合っていないということを意味します。
いつでも逃げられるようなスタンスで生きているということです。
もちろん、それにはそれなりの理由があるでしょう。
もう傷つきたくないのですね。

周りから責められたくない。
みんなから嫌われたくない。
ヘンな目で見られたくない。
良い子でいたい。

それは、過去に傷ついた経験からくるのでしょう。
それもわかります。
しかし、それは逆に言うと・・・
過去に縛られているとも言えます。

過去の経験に拘束されて自由ではないのですね。
恐怖が、自分の行動を規制しているのです。
恐怖が、自由を縛っているのです。
不自由な人生です。

いつまでも過去に拘泥していてもしかたがありません。
勇気を持って前に進むしかありません。
今の状態は、後ろを向いて縮こまっているようなものです。
後ろを向きながら歩くので、なおさら躓(つまづ)いたり傷ついたりするのです。

真っ直ぐに前を向いて歩かないと、これからも傷つくことになります。
傷つかないように心身を固くしていると、なおさら傷つきやすくなるのです。
身を守ろうとすることは、身を守ることにはなりません。
逆にオープンになることこそが、結果的に身を守ることになるのです。

覚悟と情熱が湧いてこないのは、人生から逃げているからです。
現実に正面から立ち向かっていないからです。
いつも逃げ腰では、覚悟や情熱が生まれてくるはずがありません。
そういう自分自身を、まずは深く自覚することでしょうか。

いくら逃げても問題は解決しません。
逃げている限り解決は望めません。
解決したかったら、逃げることをやめるしかありません。
真っ直ぐに現実に向き合うしかないのです。

逃げないと決めれば、覚悟や情熱も湧いてくるでしょう。
崖っぷちに自分を追い込むことです。
もう絶対絶命。
逃げ道はない!

そうなれば、必死で生きるしかなくなるのです。
「どうしたら?」などと、悠長に構えてはいられなくなるのです。
今、ここ!
切実な問題になるのです。

要は、いつも逃げているから切迫感がないのですよ。
切実さが感じられないのですね。
腰が引けています。
なんとなくうまくいけばいいなぁーという感じです。

自分の行動には、自分で責任を持つ。
結果は、すべて引き受ける。
逃げない。
現実に誠実に対応する。

いつまで自分をごまかして生きるつもりでしょうか。
そんなことをしていたら人生が終わってしまいますよ。
今生は何のための人生だったのかと、あの世で悔むことになります。
今刻々を真剣に生きないと、生まれてきた甲斐がないというものです。

逃げないことです。
正面から真っ直ぐに生きることです。
誠実に正直に生きることですよ。
それが唯一幸せに通じる道なのですから。

「どうしたら?」は、ありません。
「なぜ?」があるだけです。
原因がわかったら、生き直すしかないのです。
方法はありません。

ただ自分に正直に生きるだけです。
他人(ひと)はごまかせても、自分をごまかすことはできません。
誠実に生きてください。
恐怖に負けないで、自分の心に素直に生きてください。


『逃げ腰で 生きてる限り 情熱や 覚悟はけっして 生まれてこない』

『逃げ道を 塞げば後は 真剣に 生きるしかない 背水の陣』

『真剣に 生きる姿が 美しい ただそれだけで すばらしきかな』

『恐れ超え 生きる勇気が すばらしい 後ろ向かずに 前向き生きる』


これが日記を書き始めて1636日目の心境。
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コメント

前向きに逃げる・・・かな?

今日のkimiさんの日記と意味合いが違うかも知れませんが、
最近私は、
自分に無理難題は押し付けないでいようと思っています。
だから、
どうしてもいやなものからは逃げていいと、
自分を解放してあげることにしました。

そのかわり、
>自分の行動には、自分で責任を持つ。
>結果は、すべて引き受ける。
>(逃げるけど)逃げない。
>現実に誠実に対応する。

これを基本としなくては・・・と思います。

私のは、せいぜい、
前向きな逃げ、
前向きな居直り・・・なのかも知れませんが。

でも、
崖っぷちに立っても、
後ずさりじゃなく前向きに立てたら、
次なるステップを見出せる気がするのです。

そして、
kimiさんのサイトで私が学んだ一番は、
いかに周りに振り回されて生きようとも、
それは誰のせいでもなく、
自分次第なのだということです。

だから、
おぼつかないながら、
自分と向き合わざるを得ないのです。
そして、自分と向き合えることに感謝です。

世の中には、
自分と向き合うチャンスもない災難に出くわす人もいるのですから・・。

Re:1636日目 - 覚悟と情熱

おはようございます。 
朝からこの日記を読み、久しぶりに目が覚めました。 
どこかで何かを怖がっていたわたしがいました。 
自分の人生舞台にまだまだ立っていなかったようです。 
ありがとうございます。

変わりたい時

>堂々巡りなのですね。
>「どうしたら?」で始まったものは、「どうしたら?」で終わるのです。

ここを読んではっとしました。
そうだったのかと思いました。

思い返せば、「どうしたら○○になれるんだろう」と自問している時は、
たいてい上手くいきませんでした。
重い腰、というイメージと重なっているようです。

>問うべきは、「どうしたら?」ではなくて、「なぜ?」ではないでしょうか。

自分にそのように問う以前に、身体が動く時、
理由は明白、動機も明白で、だから動けるように思います。

すでに「してしまっていること」は、今ここに現実に在る願い。

「どうしたら」と問う時は、私の場合ですが、
本当は望んでいないように感じます。
または微妙に、願いがズレてるのかもしれないです。
または、「望むべき」と思い込んでる願いだった、というのも非常に多いです^^

本当に自分が変わりたいと思う時、
一番は動機なのですね。

「べき」じゃなくて「したい」からだったら、
今、即、そうしているのかもしれません。

志が低いかもしれませんが・・・。

なりふり構ってる場合じゃ。。。

なかった。。。どうしよう。。。怖いや。

でも 逃げない様にしよう。せめて人から

逃げても 自分からは 逃げない様にしよ

うと思います。

こんにちは

この前、といってもだーいぶ前の話ですが、
この日記を読ませていただいて、ふと思い出しました。

体の痛みをなんとなく抑え、すごすのではなく、真正面、心身を向き合う中で、
限界究極ギリギリまで居切れなくて、体がもう限界だあ、って、ごろごろ転げまわって、
そこで、ちょっと妄想に逃げたんですね、逃げてるなあ、惰性のエネルギーにのってるなあ、って自身を見ながらも、20分くらいかな?
屋久島へ行って、屋久島でこんな感じで、ほえーーって、ああ、屋久島の気持ちよさを反芻しました。

そしたら、この後の夢で、屋久島に言われました。
怒られたというか。
あなたの来る場所はない、どこにもない。
今のあなたに本当の屋久島は見えないって。
中途半端な世界できても、なんとなくの屋久島しか見えないと。
なんとなくグレーの視野の中(これは私の意識状態でしょうね!)屋久島で表面意識をさまよいました。

やさしいなあ。
本当に屋久島さんは優しいです。
もう、本当に好きです(笑)

って、かなり飛んでしまいましたが、逃げるとかで、人や土地は埋めるものではないですね。
なんとなく、生きろ!っていう厳しいメッセージに感じました。
ちょっとkimiさんの父性のようで、この日記で思い出したのでしょうか??

土地に寄りかかり、人に甘え生きてきた私、どこかによりかかえ、甘え生きてきて。
今は、土地を生かしたいし、自分も人も生かしたい。
体も含め私のすべても望んでます。

屋久島が本気で輝いて、それぞれの土地が本気で輝いて、地球が本気で輝いて。
やっぱ望んでいるところにいきたいのなら、
そういくしかないんですね。

自身すべてで歩み行く、しかないですね。
余すことなく、生きる。
余すことなく生かす、みたいな。

ありがとうございます。

お返事ありがとうございました。

日記を読ませていただいて、
最初は、伝えていただいている本質をなかなか素直に受け取る事が出来ませんでした。
読み返す度に、でも・・ それは・・ だって・・ 
と、余計な思いや感情が先行してしまっていました。

夏から秋にかけて、諸々の整理整頓と共に浄化の波がやって来て
今までの自分の生き方、在り様、自分自身を見つめる事となりました。
そんな中で、どうにもならない後悔、ハートがちぎれそうな痛みや行き場のない寂しさと深い悲しみ
不安だらけの心が大きな恐怖と怒りに変わる瞬間を繰り返し感じているうちに
私は今まで、そんな自分の心からも逃げて、感じないようにしていたんだという事を知りました。
生き方も自分自身も人とのかかわりも子育ても、みんな形だけ小手先だけ上手く行くように
こうしなきゃ、ああすれば、、色んな方法ばかりを追いかけて、全てが中途半端。
がんじがらめで、もうどうしようもない所まで来ていました。
自分が本当はどう感じているのか、どうしたいのかって事も、わからなくなっていました。

今、目の前にある現実はそんな生き方の結果なんだ・・とつくづく実感しています。

真剣に生きるなんて疲れてしまう。誠実に生きたら損するだけ。
いつの間にかそんな風に思い込んでしまってました。

 逃げない。
 自分の行動には自分で責任を持つ。
 結果は全て引き受ける。
 現実に誠実に対応する。
 誠実に正直に生きる。
 恐怖に負けないで、自分の心に素直に生きる。

繰り返し繰り返し心に刻んで
一歩一歩、現実と向き合って、決して逃げずに生きていこうと思います!

kimiさんの大きな愛と力強い教え導きに、心から感謝致します。
お礼がすっかり遅くなってしまいました。m(_ _)m
本当にありがとうございました。

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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