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1647日目 - 成熟


さわやかな朝になっている。
太陽がまぶしい。
朝陽を浴びて、山々が輝いている。
落(おとす)の滝が白く浮かび上がっている。

未熟とは、自分のことしか考えられないこと。
成熟とは、周りのことまで配慮できること。
自分さえよければいいというのは、未熟の極み。
人だけでなく動植鉱物、地球から宇宙まで配慮できるのは、成熟の極み。

人は生まれ落ちて、まずは己が生命を確保する必要に迫られる。
本能のままに肉体を維持しようとする。
周りを配慮する余裕はない。
その後も肉体の成長と共に意識も成長するため、どうしても自己保存ベースになってしまう。

まずは、自分の安全が第一。
それが、気づかぬままに生きるベースとなっている。
肉体と共に成長すれば、無理からぬこと。
そのままであれば、自分本位の人間になってしまう。

しかし、人はパンのみにて生きるものにあらず。
赤ちゃんでさえ、肉体以外の意識を持っている。
魂から持ち越してきた意識がある。
また、周囲の愛情に包まれて育つ。

魂の意識と、周囲のあたたかい環境。
そういうものに恵まれると、自己中心的でなく育つことも可能。
しかし、学校へ行くと競争社会が待っている。
そのなかで、自然に自己中心ナイズされていく。

プライド!
自分、自分と意識し始める。
自分がどう思われているかが重要となる。
それは、身の安全を確保するための保身の延長線上にある。

親からの愛を必要とする子供の自然な思いでもある。
周りの人の視線が、自分の安全にとって極めて重要。
だから、自然に周りを気にするようになる。
周りからどう思われているか・・・

成長期の意識は、成人後も引き継がれる。
周りを意識しながら生きるようになる。
しかし、それは周りへの真の配慮ではない。
自分を守るための気配りに過ぎない。

自分が辛いから相手に親切にするのも、同様。
それは、自分の投影に過ぎない。
自分が辛いことは、相手も辛いだろうという思い込み。
あるいは、見返りを期待しての行為。

未熟とは、自己中心的に生きている状態。
成熟とは、周りと共に生きている状態。
未熟とは、保身第一。
成熟とは、共に生きること。

自分のために共に生きるのではない。
自分にとって都合がいいから、助け合うのでもない。
それは、まだ保身の延長。
それでは、自分にとって都合が悪くなれば、助け合いは消える。

成熟とは、肉体ベースからの脱却。
自己保存ベースからの離脱。
魂ベース。
愛ベース。

肉体から出てくるものではなく、魂から出てくるもので生きる。
肉体ベースではなく、魂ベースで生きる。
魂の、グループソウルの、宇宙の願いを生きる。
そこには、保身や自己中心的なものはない。

保身や自己中心は、肉体と共に生きる人間の宿命。
肉体や物質を魂ナイズするためのプロセス。
まだまだ肉体や物質に呑み込まれている状態が、未熟ということ。
物質地球を学習中!

物質地球を身をもって体験し、マスターする。
それから、物質や肉体を使って望みの現実を創造する。
まだまだ途中経過。
未熟から成熟へのプロセス。

成熟とは、魂の発露と共に生きること。
自分のことだけでなく、周りと共に生きること。
人とも動物とも植物とも鉱物とも。
地球や太陽系や銀河系とも・・・

すべてのものと共に生きるのが、成熟ということ。
成熟の極みは、宇宙と共に生きること。
神の意識を生きること。
個であると同時に全体として生きること。


『肉体を ベースにするか 魂を ベースにするか 未熟・成熟』

『肉体を ベースにすれば 自己保存 自分のことが 何より大事』

『魂を ベースにすれば 全体と 共に生きゆく 流れのままに』

『肉体に ベースを置いて 生きるのは まだまだ未熟 学習途上』

『肉体の 意識を超えて 魂の 意識を生きる 時が熟せば』

『肉体や 物質地球 マスターし 魂として 地球で生きる』

『個と共に 全体として 生きること それが成熟 魂ベース』

『肉体と 共にあるべし 魂と 共にあるべし 地球を生きる』

『遥かなる 宇宙旅する 魂の 青きオアシス 地球滞在』


これが日記を書き始めて1647日目の心境。
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コメント

時はいつ熟すのか?

>『肉体の 意識を超えて 魂の 意識を生きる 時が熟せば』

今、世界中を、
混沌の渦が巻きこんでいこうとしている。
それも、日常の中にすらひたひたと、
その渦の触手が忍び寄り・・・
何でもない日々に、
突如襲い掛かるゾンビと化す人々・・・

平和とはいかなるものか・・・
見失いそうなくらい、つかみ所のない日々。

魂は肉体を置き去りにしたいのか?

時が熟せば、
肉体は魂の意識に目覚められるのか?

目の前を深い霧が覆いつくし、
阿鼻叫喚の声が響き渡る・・・

魂は肉体を、陽だまりに導こうとしているのか?

混沌の霧を掻き分けて、
肉体である私達は、
熟した時に出会えるのでしょうか?

こんにちは

自分の住む場所、人々
鉱物さんや植物さんや、地球、宇宙は
ちっと実感ないですが、
とにかく、いろんなものと生きないと、
自分のズレがいつまでたっても抜けないような気がします。
非常に、気持ち悪い、苦しい、迷路に迷い込む。

私が、私が苦しいんだ。うれしいんだ。
これが、これがだめなんだ、いいんだ。
あの人が、この人が、私が、この出来事が、この状態が。
そんな一つ一つのことがいちいち、ぶつかったように、ぶつけるように、湧き上がってくる。
これが、あれがと対象物がいつもあります。
乱れたものを自身の中で感じます。

全ての中で全てと生きると、
ひとつひとつが正常に戻るような、調和かな、調和と正常みたいな。
当たり前みたいな感じですね・・。

ズレがあると、私は、いつもラグがあり、
乱れがあり、
ズレがあると、いつもそこに魔がひそみ、矛盾があり、
闇のエネルギーが生まれ、その存在に浪費してしまう。
疲れる、とても疲れて、つっぱった生き方なんだなあ、
自分を見ていてそういう気がします。

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光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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