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1656日目 - 設計図


梅雨が明けて、連日暑い日が続いている。
しかし、森は別世界。
緑の森には、いつも微風(そよかぜ)が吹いている。
セミが、一斉に鳴いている。

夜空の星々は、宇宙の気が集中固体化したもの。
宇宙に満ちる気が、形となって現れたもの。
人も、星々と似たようなものだろうか。
宇宙の気が結実したものだろうか。

遍満する宇宙の気。
その状態だけであれば、ひとつ。
分離なき全体。
現象宇宙の発生以前。

その遍満する宇宙の気が結集し、形を造る。
その形が複雑化し、分離していく。
複雑化し、分離し、個別化していく。
その目に見える姿が、星々であり人。

この宇宙の森羅万象は、偶然にできたりはしない。
詳細な設計図がなければ、この複雑精緻な無数のものはできない。
建物を建てるにも機械を製造するにも設計図がいる。
まして宇宙の森羅万象を創造するには・・・

すべてに設計図がなければならない。
アーキタイプ=原型が存在するに違いない。
その原型を基に、複雑化し、多様化していく。
宇宙には、設計図がある。

人体にも設計図がある。
設計図がなければ、遍満する宇宙の気から人体を現成することはできない。
人という存在自体が、設計図に基づいている。
個々人に設計図がある。

どのような体形にし、どのような性格にするか。
どのような人生を歩み、どのような体験をするか。
そのために必要な設計図を生まれる前に作成する。
両親を選び、生まれる日を選ぶ。

過去世から必要な才能を選び、クリアーする課題を選ぶ。
多くの準備を整えて、この世に誕生する。
そして、自分の望む人生を創造する。
別の次元で計画したものを、この三次元で実現する。

ビジョンがあり、現実化がある。
設計図があり、現実宇宙がある。
この宇宙は、遍満する宇宙の気が集中固定化したもの。
固定化と言っても、一定不変ではない。

水のように形が変化している。
瞬々刻々の状態があるだけ。
常に変化してやまない。
それが生きている宇宙の実態。

変化が終わることはない。
常に動いている。
動こそが、現象宇宙の生態。
静は、現象宇宙の終わり。

この現象宇宙の実態が動であるならば、それに沿って生きるしかない。
変化を止めようとするのが、囚われ。
いつまでも同じ状態を維持したいと思うのが、執着。
自分が所有するものを手放さないのが、苦しみの元。

宇宙の法則に反すれば、苦しみがやってくる。
動がこの宇宙の法則。
それを止(とど)めようとすれば、抵抗や摩擦が生じる。
抵抗や摩擦と共にあれば、やがて擦り切れてしまう。

苦悩のなかで消耗し、命を縮める。
宇宙の実態と共に生きなければ、人は道を誤る。
過去に囚われるのではなく、新たに創造する。
常に創造し続ける。

宇宙は、刻々に変化している。
それこそが宇宙が生きている証(あかし)。
目の前に見えているものは、ひとときの現象。
常に変化しているものの束の間の姿。

ゆらぎながら生きることだろうか。
しなやかに生きることだろうか。
固定は、ない。
固定は、死を意味する。

固定と見えるものも、やがて変化する。
気温が上がれば、氷河さえ融ける。
台風が来れば、山も崩れる。
鋼鉄でさえ、やがて錆びて朽ち果てる。

人の世も同じ。
変化せざるはなし。
宇宙も同じ。
すべては変化している。

その変化と共に生きる。
宇宙の設計図を感じながら生きる。
地球の流れを感じながら生きる。
自分の人生計画を感じながら生きる。

この宇宙空間に人体が個として存在していることの不思議。
宇宙の気となって拡散してもいいのに、人体の形を保っていることの不思議。
それには、アーキタイプ=原型があるということ。
その原型に沿って人体ができあがっているということ。

人体の原型があり、その原型の原型もある。
それが何層にも渡って存在する。
何次元も原型が重なっている。
末端に行くに従って複雑化し、固定化していく。

元を辿っていけば、どんどんシンプルになる。
それは、精子と卵子から複雑な赤ちゃんが誕生するようなもの。
宇宙は、多層構造。
アーキタイプの積み重ね。

設計図があり、宇宙が存在している。
先端部分では、常に設計図が書き換えられている。
絶えず新たに創造されている。
その創造宇宙の末端を、人は担(にな)っている。

生きているダイナミックな宇宙。
ひとつの生命体である宇宙。
膨大な創造宇宙。
その末端を人はクリエイトしている。


『人体は どうして崩れず 維持される? 人体の元 原型あるから』

『刻々に 変化していく 現実に 逆らうことは 苦しみの元』

『執着や 囚われでなく 新しく 創り出すこと 望みのものを』

『何もない 気だけが満ちる 宇宙から 森羅万象 創る営み』

『人体の 元は幽体 幽体の 元は霊体 神体もある』

『設計図 基に現実 創るのが 肉体を持つ この世の自分』


これが日記を書き始めて1656日目の心境。


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コメント

最初の設計図

末端であくせくしている自分は、
「良いことが起こって欲しい、嫌なことは早く終わって欲しい」
とばかり思います。
末端の設計図による「効果」を味わっているのでしょうか。

この効果を味わうことが目的で、分離~固定~良くも悪くもじっくり味わう。
でも味わうだけでは、計画の半分しか満たしていないのでは、と思いました。

何を決めても、何を感じても、全て二重三重から発している。

快を求めて、不快を避けて動く性質を持ちつつ、
何がどうなっても、どこかでは「これでいいのだ」と了解している。

了解し過ぎれば多分、簡単に死んで朽ちてしまうかもしれないし、
快不快信号のみに従えば全盲状態で苦しいばかり。

そして、この二つはあくまでも末端(個人)固有のもの。
更にその奥には、「その上の目的」「その上の上の計画」がきっとあり、
それもまた全部、自分自身が決めていることなのでしょうね。
(今は実感が出来ませんが)

大元の原初の計画はどんなものなのでしょうか?

>元を辿っていけば、どんどんシンプルになる。

これ、なんとなく想像できました。
眠っていれば、世の中は複雑すぎ、覚えることが多すぎ、
丸腰ではとても居られないように感じます。
でもその上の計画を理解すれば、物事はすごくスッキリします。
何ていうか・・・

「車の絵を描く」のが目的なら、どんな色のクレヨンを使おうが問題にならない。
けれど、赤だ青だ、このクレヨンの材質は良いの悪いの・・・
取りざたするのが人生。
若い頃は本当に、知るべきことが多すぎるように思っていました。
「自分はまだ何も知らない、まだまだだ。きっと一生あっても無理」など。

クレヨンなど問題ではなかったのですね。

ますます、究極のシンプルに汚触れてみたい、
そう思いました。

設計図とは・・・・

あらすじ?
または課題?

私たちに与えられた、
それぞれの方程式・・・・のように思える。

私たちはDNAを持っている。

あるDNA研究者が言う・・・・
DNAの解読がすごいのではなくて、
このDNAを創った大いなる存在がすごい・・・と。

この大いなる存在は、
池に石を投げ込んだら広がる波立つ渦のように、
シンプルな石・・・意志を、
DNAというシステムに変換して宇宙に放った。

ニュートリノにも、分子にもDNAはあるのか?
よくはわからないけれど、
DNAという設計図は、
自然増殖、自然変異する。

それぞれ与えられたDNAは方程式のようなもの。
Xを求める方程式。
AやBにそれぞれのDNAが当てはめられる。
すごいところは、
与えられたDNAはそれぞれの個体だけのもの。
それぞれの方程式はそれぞれだけのための方程式。

Xは何か?
幸せか?
真理の追求か?
単なる多種多様への猛進か?

Xは、神への解答ではない。
Xは、私たちの宝物。

大いなる存在が投じた石(意志?意思?)が起こした、
自然増殖、自然変異の結果としての方程式であったとしても・・・・

幸いなるかな、
私たちは自分だけの方程式を与えられ、
地球という魅力的な学び舎で、
私たちのXを求めて、
手探りで生きる・・・。

幸いなるかな未完成の設計図。
楽しみたいと思う課題としての設計図。

Xの答えは私たちの手の中にある。
せっかくの方程式だもの、
すばらしいXに出会いたいものですね。


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屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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