記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

1658日目 - 今生の使命は・・・


自分の今生の使命は・・・
それは、自分の望むことを実現すること。
別の世界で計画してきたものを、この世界で現実化すること。
この世の中で自分の望みを叶えること。

肉体を持った人間関係のなかで。
自然に囲まれた環境のなかで。
物質をベースにした世界のなかで。
自分の手足と頭脳を使って望みを実現する。

ある人は、過去世の問題の解決かもしれない。
別の人は、過去世で培った才能を花開かせることかもしれない。
他の人は、新たなことにチャレンジすることかもしれない。
あるいは、心やすらかに暮らすことかもしれない。

人によって、それぞれ異なる。
しかし、共通するのは、それが自分の真の願いであるということ。
その願いを実現するために生れて来たということ。
大きな時代の変化と共に、自分の真の願いを結実させるために生れて来たということ。

なに?
真の願いがわからない?
どうしたら真の願いがわかる?
さてさて・・・

静かに自分自身に問いかけてみる。
自分の真の願いは何ですか。
答は?
返ってこない!

普段から自分に聞くことをしていないと・・・
突然聞かれても、聞かれた方も戸惑う。
常に自分に問うことをしているだろうか。
絶えず問い直しているだろうか。

自分の行動を見つめ、常に自分自身に問いかけているだろうか。
これでいいのか。
何が問題だったのか。
これからどうすればいいのか。

常に自分に聞くことの先に、真の願いがある。
絶えず自分に問いかける延長線上に、真の願いが現れる。
常にそういう姿勢で生きることだろうか。
それがやがて真の自分自身と出会うことに繋がる。

自分の真の願いは何ですか。
今生の目的は何でしょうか。
何のために生れて来たのでしようか。
これからどのように生きたらいいのですか。

チャネラーに聞く人もいる。
霊能者に問いかける人もいる。
占い師に尋ねる人もいる。
ヒーラーに示唆を求める人もいるかもしれない。

しかし・・・
いくら人から教えてもらっても・・・
それホント?
ホントかな?

答が信じられなかったら、何の意味もない。
人から聞いても確信は持てない。
結局は、自分で発見するしかない。
自分で見い出したものだけが、確信となる。

それには、絶えず自分に問いかけること。
日々の行動を見つめ直すこと。
今の生き方でいいのか、絶えずチェックすること。
イージーな生き方では、真実へ辿り着けない。

真実は、自分のなかにある!
精神世界を少しでもかじった人なら、誰でも知っていること。
ところが・・・
それが真にわかっている人は少ない。

もし本当にわかっていたら、人に聞いたりはしない。
本を読んで答を漁ろうともしない。
神や天使に祈ったりもしない。
ただひたすら自分自身に問いかける。

本当は何をしたいのか、問い続けるしかない。
これでいいのか、絶えずフィードバックするしかない。
自分自身を見つめ、自分自身を見守るしかない。
その先に、真実は隠れている。

真摯な問いかけの結果、真実は目を覚ます。
それは、鶏が卵を突(つつ)くようなもの。
その音に刺激されて、卵のなかの雛が目覚める。
やがて、雛も卵を突くようになる。

お互いが卵を突く時、卵は割れる。
卵のなかから雛が誕生する。
待ちに待った雛。
真実という雛が・・・

自分自身を見つめ、問いかけ、聞き入る。
そういう地道な作業を続けていけば、やがて自分のなかから生きる方向性が見えてくる。
自分が真に望むものが、わかってくる。
試行錯誤を重ね、自身に問うことを続け、やっと光が射す。

イージーに人に聞けば、光は永遠に射してこない。
自分に問いかけることだけが、光への道。
深く深く問い続けることが、真実の光に辿り着く一本道。
他に真実への道はない。

自分が真に望んでいるか、それともうんざりしているか。
自分が活き活きしているか、元気がないか。
喜んでいるか、嫌がっているか。
自分の状態を絶えずチェックしながら進む。

いろいろ試し、そのつど自分の状態をチェックする。
どんな時に高揚し、どんな時に沈んでいるか。
そういう観察のなかから、真に自分が望むものが見えてくる。
自分の真実は、自分自身で発見できる。

自分が真に喜ぶことをさせてあげることだろうか。
本当にやりたがっていることをやらせてあげることだろうか。
そうすれば、やがて喜びだけの人生となる。
自分の真実を生きる人生となる。

どうして嫌なことを、いやいや続けているのだろうか。
生活のため?
今生は、生活のために生れて来たのだろうか。
まさか・・・

今生の目的を達成するためには、まず生活を安定させる必要がある?
ホント?
そうしているうちに人生が終わってしまわないだろうか。
生きるだけで精一杯で、今生の目的は二の次になってしまわないだろうか。

何々のために何々をする?
そういう生き方をしていると、時機を失する。
迂回人生で、すべてが終わってしまう。
美味しいアイスに辿り着いた時には、もうアイスは溶けてしまっている。

これから人生の目的を実現しようと思った時には、既に体が言うことを聞かない。
人生で最も大切なことは何か。
生き長らえることか。
それとも、今生の目的を達成することか。

言うまでもない!
にもかかわらず、多くの人は前者を選択する。
ストレートに後者を生きる人の、なんと少ないことだろう。
ほとんどの人は、迂回人生。

そして、嘆く。
自分は、何のために生れてきたのか・・・
生きる目的は?
真に自分が望んでいることは?

迂回人生を生きている限り、答は見い出せない。
ストレートに真実を求めない限り、自分の真実に出会うことはない。
自分が心から生きたいように生きること。
それが真の自分自身への一番の近道。

常に自分自身を見つめ、問いかけ、聞き入る。
自分の真の望みを発見しようと努める。
見い出せるまで問い続ける。
自分自身と共にあることが、真実への最短コース。


『本当に やりたいことは 何なのか 日々問い直し 内側に聞く』

『聞き続け 問い続ければ そのうちに 真の望みが 現われてくる』

『外側に 聞いてる限り 真実は いつになっても 音信不通』

『内側に 聞くことだけが 真実が 姿現わす 唯一の道』


これが日記を書き始めて1658日目の心境。

関連記事

コメント

好きな人

kimiさん、凄く好きな人がいます。

今生は自分の望むように生きることを意図してます。

でもやっぱり恋とかは相手ありきなんで自分だけがお付き合いしたいとか望んでもどうにもならないんですか?

愛すること

Kimiさん、私も大好きな人がいます。

愛に関して書かれた過去の日記も何度も
読み返しています。
特定の人を好きになる気持ちは
自然に湧いてくる感情ですが、精神的に真に自立できればそのような感情は起きないのでしょうか?

自我の愛ではなくどこまで愛を純化させることが
できるのか。。。チャレンジ中です^^
また、この愛を通して特定の人だけではない無条件の愛に目覚めることが今世の目的のひとつなのかなぁ~と感じています♪

自分の望み・・・

>自分が真に望んでいるか、それともうんざりしてい るか。
>自分が活き活きしているか、元気がないか。
 喜んでいるか、嫌がっているか。
>自分の状態を絶えずチェックしながら進む。
 
それは、自我の声とは違うものなんですよね?

今、自分がうんざりしていたり、疲れていたりするとすれば、今居る場所は自分が本当に望んでいるところではないということになるのか、それとも、だからといって他の道を選べば、それは単なる逃げで、自分のもっと深いところで願っていることから外れてしまうことになるのか?

その辺のところが、やっぱり、わからなくなります。

真実の光

今生自分に課した課題を、ひとつずつクリア中です。
私の使命が、そのたびに少しずつ、クリアーになり明確になってきます。

真の願いは、子供のころから、いつも奥深くに感じていましたが、
その願いに近づきたくても、近づく術がわかりませんでした。
ただ自分の向こうに見て、憧れていました。
でも、ずっと願い続けてきました。
想いを馳せてみると、遠い遠い、過去世からの願いでもありました。

どんなにもがいていても、真の願いを心の奥深くに感じ続けていれば、
必ずそこに、ゆらぐことなく繋がる日が来るでしょうか。

限りなくやわらかな真珠色の光が、地平線の向こうでやさしく広がっています。
限りのない、無限の愛と慈しみの光です。
その光は私の意識の奥深くを静かに照らし見せてくれようとしています。
同時に私を包み、私を静かに解こうとしてくれています。

そして、すべてがやさしく美しいです。
その世界のなかで、生まれ出よう、花びらを開かせようと、息づきながら光って
いるのが(見えるのですが、それが)、私の真の願いでしょうか。

まだまだ道の途中。
その光の向こうに、またさらに何かがあるのか、日々見つめ、問いかけ、
感じていきたいと思います。

分岐

>人生で最も大切なことは何か。
>生き長らえることか。
>それとも、今生の目的を達成することか。

生き長らえることよりも大切になったことが、今生の目的。

ここを読み、ふと思ったのですが、
一体望んでいるのは誰なのか。

今生の人格である私、この体、この知性・思考。
これは今生の死とともに、流れて消えます。

望んでいる真の願いとは、私が望んでいるもののはずなのに、
その今生の自分が生き長らえることよりも、大切になる。

死によって消えていくもの・・・
この世限りのもの。
それが2番目になる時、
もう、望みは既に、消えゆく私のものではない。

でも願いはある。そのための身体も心も用意されている。
身体も、心も、私も、道具であるのですね。

一体誰の望みであるのか・・・・
望んでいる人が誰もいないのに、望みだけは在る。

主体が存在してない望み、なのでしょうか。
不思議な感じがしました。

Re:自分の望み・・・(07/17)

mihonanohanaさん

>今、自分がうんざりしていたり、疲れていたりするとすれば、今居る場所は自分が本当に望んでいるところではないということになるのか、それとも、だからといって他の道を選べば、それは単なる逃げで、自分のもっと深いところで願っていることから外れてしまうことになるのか?
>その辺のところが、やっぱり、わからなくなります。
-----
自分はどんな時に喜び、どんな時に落胆するか。
自分が本当に願っているものは何か。
願いの実現を妨げているものは何か。
もっとこまやかに見ることですね。

それは自我の願いなのか、それとももっと深い願いなのか。
よーく見つめることですね。

すぐにその場から逃げようとしないで、自分が真に願うものを実現することですよ。
それは、基本的に周りの人たちとは関係ないのですから。
自分が真に願っていることを明確にすること。
そして、それを生きること。
ひたすら。
周りに左右されずに。
人のせいにしないで・・・
自分の真の望みを実現してください。

Re:分岐(07/17)

ベル@kaoruさん

頭だけで考えないで・・・
自分の全身全霊で感じることですね。
真の願いとは、魂と今生の意識が一体となった願いです。

今生の意識は、死と共に消えたりはしませんよ。
肉体がなくなっても持続します。
魂と融合しつつ持続しますよ。

Re:好きな人(07/17)

かんな☆さん

>kimiさん、凄く好きな人がいます。
>今生は自分の望むように生きることを意図してます。
>でもやっぱり恋とかは相手ありきなんで自分だけがお付き合いしたいとか望んでもどうにもならないんですか?
-----
望むことは、自由です。
でも、相手を支配しようとしないことでしょうか。
相手の自由も認めてあげることですね。
生まれてくる前に約束してきた相手であれば、きっと望みが叶うでしょう。

Re:愛すること(07/17)

瑠璃さん

>特定の人を好きになる気持ちは
>自然に湧いてくる感情ですが、精神的に真に自立できればそのような感情は起きないのでしょうか?

>自我の愛ではなくどこまで愛を純化させることが
>できるのか。。。チャレンジ中です^^
>また、この愛を通して特定の人だけではない無条件の愛に目覚めることが今世の目的のひとつなのかなぁ~と感じています♪
-----
人には、いろんな意識の部分があります。
ですから、特定の人に惹かれることも起きてきます。
それは自然なことなので、自然に任せておけばいいでしょう。
その人を支配しようとしないで、自然の成り行きに任せるのですね。

人は、意識が拡大するにつれて、特定の人ではなく、すべての人に愛を注ぐようになります。
意識が拡大するとは、今生の意識、魂の意識、グループソウルの意識、神の意識・・・
と、より深くなっていくことです。
すべて自分自身ですが、どこにフォーカスするかで、愛の広がりが違ってくるのですね。

Re:真実の光(07/17)

ぴあの@サファイアさん

>どんなにもがいていても、真の願いを心の奥深くに感じ続けていれば、
>必ずそこに、ゆらぐことなく繋がる日が来るでしょうか。
-----
常に真の願いを意識していれば、やがて真の願いが実現するでしょう。
特に今生は、真の願いを実現する時です。
スペシャルですね。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

Twitter

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

カウンター

  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。