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1660日目 - 意識


屋久島は、皆既日食が刻々と近づいている。
現時点の天気予報は、曇時々雨。
しかし、何も心配はしていない。
きっと皆既日食を見られるだろう。

皆既日食から、屋久島は大いに変わる。
屋久島だけでなく、日本も世界も変わる。
皆既日食とは、新生。
地球が新しく生まれ変わること。

新生は、神聖。
神聖な時代が始まる。
もちろん、一気にすべてが変わることはない。
しかし、大きな転換点の一つには違いない。

多くの人が、皆既日食を見るために屋久島に来ている。
観光に来たのであれば、ぜひ光を観て帰ってほしい。
新しい時代の光。
意識の転換を促す光を。

人は、多くの意識の層によって成り立っている。
それは、多くの人格があるようなもの。
人は、多重人格。
コロコロ変わる人も多い。

肉体感覚は、暑くなったり寒くなったり変化が速い。
感情の起伏も激しい。
思考は、それほどでもない。
霊性になると、もっと安定している。

人は、死後、肉体感覚をなくす。
肉体がないのだから、当たり前のこと。
痛いも痒いもない。
お腹が空くこともない。

幽界を抜ければ、一喜一憂、喜怒哀楽の感情もなくなる。
特に憎しみや恨みや妬みなどのネガティブなものは、一掃される。
ただ、朝陽や夕陽を見た時のような畏敬や感動は残る。
そういうものは、肉体にまつわる感情よりも深いところに根ざしている。

霊界を抜ければ、思考も消える。
頭で考えることは終わる。
頭で考えるのではなくて、ストレートにわかるようになる。
気づきによって理解する。

この時点で、観念や思い込みも消える。
そういう意識が自分のなかから一掃される。
それでも自分はあり続ける。
以前よりもクリアーな意識で。

感覚も感情も思考もない。
しかし、自分はある。
しかし、それほど自分にこだわることもない。
個に対する執着は、既にない。

肉体は、個々に存在する。
それ故に自分にこだわる。
それが、自我ベースの人生。
個にすべてがフォーカスされる。

しかし、魂次元になれば、多くの個性が魂の中にいる。
これまでの輪廻転生で培ってきた人格が、たくさん存在している。
そのどれもが自分。
だから、それほど個にこだわることもなくなる。

魂次元から更に進めば、グループソウル。
魂の集合体。
そこでは、魂にこだわることさえない。
ひとつのグループソウルのなかに数えきれないほどの魂がいる。

それは、銀河に似ている。
大きな星雲に似ている。
人の意識も宇宙の構造も似たようなもの。
いずれも一つの統一体として存在している。

肉体の感覚や自我の感情に、いつまでもこだわることはない。
自分の観念や信条や信仰も同じ。
それらは、この世限りのもの。
せいぜい霊界止まり。

いずれもみんな外れていくもの。
後生大事に守っていても、所詮、意識の末端に過ぎない。
その次元でだけ必要なもの。
それを自分と思い込んで、振り回されているだけのこと。

実際の自分とは、そういうすべての意識の総体。
感覚であり感情であり思考であり気づきであり直観であり・・・
肉体であり幽体であり霊体であり神体であり・・・
そのどれにもこだわることはない。

自分というのは、思い込み。
特定の部分を自分と思い込んでいるだけ。
たとえば、肉体。
あるいは、感情。

そうでなかったら、自分というイメージ。
魂や神の子という思い込み。
どんどん意識が広がっていけば、意識はあるけれども特定の自分はなくなる。
すべてが自分となる。

肉体や感覚や感情に執着しないことだろうか。
信念や信仰や記憶に囚われないことだろうか。
それらは、いずれも自分の意識の一部。
些細な末端部分に過ぎない。

自分自身に深くグランディングすれば、自分自身は限りない。
こだわるものは、すべて消えていく。
自分という意識でさえ消えていく。
自分と思っていたものは、虚しく消え去る。

しかし、すべてが消えても意識はある。
すべてを包む意識がある。
始まりも終わりもない意識がある。
ひとつの意識がある。

皆既日食によって、新しい意識の扉が開くだろう。
これまでの囚われが外れるだろう。
肉体人間に固執していた意識が、緩むだろう。
人は、小さなものではない。

しかし、小さな肉体に集約されているものでもある。
肉体も大切。
しかし、肉体だけに囚われることもない。
すべてが大切。

肉体にも魂にもこだわることはない。
自分、自分とこだわることもない。
アセンションさえこだわる必要はない。
悠然とすべてと共に生きればいい。

暑い時に、さわやかな風が吹けば心地よい。
青い空に白い雲が流れれば、清々しい。
この世はこの世ですばらしい。
せっかくの地球滞在を、深い理解と共に楽しむことだろうか。


『肉体を 持てばそのまま 人間の 意識となって 過ごす人生』

『狼に 育てられたら 狼と なるのが意識 氏より育ち』

『肉体に 閉じ込められて 肉体と 共に育てば 人間となる』

『人間の 意識を超えて 人間に 生まれる前の 意識に還る』

『肉体に まつわる思い 感情に 振り回されず 大空を見る』

『魂も グループソウルも 神々も 宇宙のなかの 星や星団』

『感覚や 感情思考に 囚われず 深い意識を ベースに生きる』

『人間に こだわらないで 人間の 意識を超えて 宙に羽ばたく』


これが日記を書き始めて1660日目の心境。

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コメント

真の願い♪

意識がどんどんひろがるとは?
目を閉じて感じてみます・・・

だわりが取れて軽やかで気持ちよいですね♪

>せっかくの地球滞在を、深い理解と共に楽しむことだろうか。

わくわくします♪こちらも私の深い深い願いのように思います^^

統一体

どんな小さなことに思えても、
それらが活かされ融合されて、
より大きな「自」の豊かさになっていくのでしょうか。

そうすると本当、
この世、今ここのこの世を一生懸命ていねいに居ることは、
なんにもちっとも無駄にはならないのですね。

大きなみんな(今はそうとしか感じられないのですが)のモノになる。
みんなの喜びのタネになっていく。
みんなとは自分。

以前、他者の書き込みを見た時、

「私がそこに書いてる。いつのまに私は、違う名前で知らないことを書いたんだろう」

と感じたことがありました。
どうしてもその人を、自分であるかのように感じて不思議でした。
(私と似ているとか、親近感などとは違って)

私が一生懸命生きたら、
他の人が一生懸命生きてくれたら、
お互いを助け合えることになるのか。

今日の日記を読んで、繋がっているという意味がまた深く明かされたような気がしました。

こんにちは^^

今回のkimiさんの言葉は、今の私にたいへんしっくりきました。
私の中にある色々な部分(言葉で表現できないものも含めて)とぴったりと当てはまった感じで、何かを共有できたような、嬉しい気持ちになりました。

今回の皆既日食も楽しみです。

ダイヤモンドリング

テレビで皆既日食を楽しみました。

ダイヤモンドリングの美しさは格別!!!
感動の涙がとまりませんでした^^

新しい意識の扉は開いたことでしょう。
自分の内にある光を感じながら
悠然とすべてと共に生きていきたいと願っています。

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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