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1680日目 - 幸いなるかな


獅子座の水晶祭りの全員受付が終わった。
今回の目玉だったゴールドルチルの原石は、すべて行き先が決まった。
これだけ一度に登場することは、現在の日本の水晶サイトでは考えにくい。
来年もこれだけのものをアップできる自信は、まったくない。

産出が減少を続けるゴールドルチル。
逆に需要は増加の一途。
これでは、価格が上昇するしかない。
しかも、原石のままで販売されるものは、極めて限られる。

今回は、獅子座の人のところへ多くの水晶が行くことになった。
獅子座の人は、パワフル。
いつもグループの中心。
自己のエネルギーが強い。

ゴールドルチルやシトリンも、そのような人に惹かれる。
しかし、獅子座同士がバッティングする場合もある。
そういう時は、どうなるだろうか。
どちらに行くだろうか。

行き先を決めるものは、情熱。
意欲。
エネルギーの強さ。
その水晶に懸けるエネルギー。

最後の決め手となるのは、その人の意識。
その水晶に注ぐ情熱。
どれだけのエネルギーをその水晶に投入しているか。
自分の人生のどのくらいを懸けているか。

自分の全人生を懸けるくらいの情熱でリクエストされたら、敵う人はいない。
どれだけのエネルギーを注ぐか。
それが結果を決める。
それは、水晶祭りに限らない。

人生すべてに言えること。
どれだけの情熱を注げるか。
いかに自分の全身全霊を傾注できるか。
それによって、おのずと人生は決まってくる。

全力を傾注できる人は、幸せ。
そういう対象を持つ人は、恵まれていると言える。
全力投球でやれることは少ない。
そういう対象を持っている人は、多くはない。

自分の全力を投入して生きれば、悔いは残らない。
清々しい人生となる。
死ぬ際に後悔はない。
何事であれ全力投球できる人は、幸せ。

幸いなるかな、全身全霊で生きることのできる人。
幸いなるかな、全力投入する対象を持つ人。
幸いなるかな、生きる情熱に燃えている人。
幸いなるかな、今ここを全力で生きる人。


『シトリンも ゴールドルチルも 持つ人の 本来性を 高めてくれる』

『自信とは 自分信じる エネルギー 獅子座の水晶 自信サポート』

『何であれ 全身全霊 傾注し 生きれば人生 悔いは残らぬ』


これが日記を書き始めて1680日目の心境。


関連記事

コメント

感謝☆幸いです!

Kimiさんの日記、そして水晶祭り。
どちらも素晴らしく、こちらのブログに
ご縁があったことに心から感謝しています♪

日記を繰り返し読ませていただき
水晶を愛でることが楽しく、今は夏休みの宿題
に燃えています。
幸せですね♪ありがとうございます。

『こまやかに 自分自身を点検し 真の願いを
 見つけ出す夏』

ご縁があった水晶をじっくり味わいたいと思います。新しい発見がありそうな予感がしています☆

あだ討ち

全身全霊というと、私は父を思い出します。
父は本当にいつでも全力投球、全身全霊で生きた人でした。

父は、三度のご飯よりも仕事、それも成功や出世が大好きでした。
身体を壊すほど働きつめ、でもそれが本人の一番やりたいことでした。

定年退職後、いくつかの職場で奮闘すると、持病を悪化させ、
父はあっというまに亡くなりました。

母は
「あの人は駆け抜けたね。やりたいことをあれだけやり尽くして満足だったでしょ」
と言っていました。

でも、私はそう思えませんでした。
亡くなる前一年近く、入院したのですが、
父には、やりきった人の爽やかな満足は感じられなかった。

昔から何かと、「バカな連中だ」「バカな女は嫌いだ」などと言っていた父でした。

その父に入院中、聞いたことがありました。

「お父さん、昔『バカで優しい人より、頭のいい人が好き』って言ったけど、今もそう?」
父は「・・・優しい人がいいかな」と答えました。
それが唯一、意外でしたが。

父はそれこそ精一杯やりたいことをして生きたし、全身全霊でした。
でも最後の日々、楽しかった人生を思い出すことも、
誰か、何かに対する感謝もなかった。
本当に・・・つまらなそうに死んでいきました。

父の最後の言葉は「くだらない」でした。
何の脈絡もなく、目の前の点滴台を見上げて突然言いました。

父には怒りも、悲しみも、惜しむ感じもなかった。
執着は無かったのだと思います。
でも満足も安らぎもなかった。

全身全霊

全身全霊。kimiさんのおっしゃる意味は、私はわかるように思います。
言葉だけだと父も同じです。
でも何かが違います。

言葉にして考えたことはなかったのですが、
子供心に、父は「何かに復讐してる」ように感じていました。

好きなことを精一杯やって、結果も出し。
いつも鼻息荒く、テンション高く生きていましたが、
昇進する度にまるで、敵の首を討ち取ったような喜びようで。

あだ討ちとは成し遂げた時、真に幸福や安らぎはこないのか。
父の最期を思うと、そんな気がしました。


全身全霊で生きる。
今ここを全力で生きる。

何か対象があるわけではないけれど、
私は今、全身全霊でいます。
私にとって全身全霊とは・・・ウソをつかないことです。
何か・・・真実だけに向かいたい。

ウソを付かないことが全身全霊とは、今までがウソだらけだったのか
多分そうだと思います。
私も父と変わらないような価値観を持っていました。
(成功はできずにいて、息切れしていましたが)

そんな時、こちらの「無色透明」に出会って、
私は180度変わりました。
だから、全身全霊の意味の違いもわかります。

本当に思い切り、嘘なしに打ち込んだ時、
その行為そのものに報われる。
結果は別の話ですね。

全身全霊とは、「行為」でなくて「在り方」に思えてきます。

好きな物や事があって、そこに全霊で向かうのもいい、
対象は人生と自分そのものであってもいい。
真摯であること・・・。

意識的に「そうなる」というのも違うかもですね。
一切、欺瞞がないと、必然的に、全身全霊の人がそこにいる。

無色透明

私はこの日記を書いてくださるkimiさんに感謝しています。

そして、ぴあのさんの「LIGHT」にも。
ここにたどり着けた私・・・

自分に必要なものをちゃんと、自分に与えてあげた私自身にも、感謝しています。
大満足です。

ここに来ることがなかったら、
私は今でも父のように何かを追いかけ、決して満足することもなく、
違う方向も知らずに、息切れ&リタイアしていたと思いました。

ここで出会った方、一人一人もみんな。
お顔も知らないのに、どの方もとても親しい・・・
生まれる前からずっと知っていたみたいです。

上手くいえませんが、大事なことは形がないこともある。
それから、本当の自分が納得することでなければ、
どんなに強く努力しても、安らぎはないのですね。


水晶祭り。
いつも美しい写真で恍惚を分けてくださり、ありがとうございます。

前回も、今回も我慢しました。
私は乙女座です。
乙女座の水晶祭り、楽しみにしております。

十分、力は貯めました(笑)。
いい出会いが待っていますように。合掌。

それぞれの精一杯

色んな人がいる。
融通の利かせられない不器用な人もいる。
一心不乱で、わが身を見つめる余裕もない人もいる。

街角のショーウィンドーに映る、
わが身に気付くチャンスに出会う人もいる。

そんなチャンスに出会えなくて、
髪振り乱したままひたすら足早に生き過ぎる人もいる。

息を引き取る時、
すべての人が大満足の気持ちになれるものでもない。

それぞれの生き方は、それぞれの精一杯。

どのように悲惨な事態にあっても、
人生を肯定したい。
その人の人生を肯定したい。

もし、
この世が学びの次元なら、
すべての生き方に学べるものはあるでしょう。

もし、生きてあるうちに、
わが身が映る鏡に出会うか、
わが身を眺める気付きに出会える、
幸いなるチャンスに恵まれたら、
そのことこそ、大感謝。

けれど、ただただ突進して息絶えた人生であっても、
苦難の渦に取り込まれたままかき消された人生であっても、
私は、
生きるということ、
生きたということに拍手を送りたい。

その生き様から学べる事にも感謝したい。

Re:1680日目 - 幸いなるかな(08/08)

過去の宗教をやっていたとき。。自分の心に常に言い聞かせていたことは
真剣。。という二文字だった。
目の前にあることを常に真剣に精一杯突っ走ってきた。。
たとえ、それの方向性が、どこか違っていたとしても
常に真剣な藍があった。。

いま?いまの藍は、とても緩やか。。気の抜けた風船。。
ゆらゆら。。まったり、ふわふわ。。。

誰かが言った。。心地よいときは落ちているとき。。
苦しい時は成長しているとき。。

確かにそうかもしれない。。
でも、真剣に全力で生きていた時は。。いつも誰かを責めていた。。
怠けている人だったり。。ずるく生きている人だったり。。

いまの藍は。。ちょっと休憩中。。
人生にそんな時間があったっていいぢゃないか。。

いまは風にゆれる稲穂。。
大風が来ても倒れない稲穂。。
風と共に宇宙のメロディを奏でて。。

生意気なコメントでしたが・・・

先日来、
裁判員のニュースを聞きながら・・・
人のいのちを殺めるからには、
自分のいのちをもってしか償えないのではないか・・・
などと思って、
人を裁く事に軽々しくひとりごとながら口を挟んでいました。

人それぞれの思いや立場、
推し量れないものがあるなあ・・・という反省があって、
上記のコメントを書きました。

送信してから読み直すと、、
これは私のこうありたいというコメントでした。

全身全我

全身全我の生き方が破綻して後に、
霊的回復の道中を、我の脱力をプロセスとして、
日々、歩んでいます。
個としての願望を手放してゆく過程で、
全体性が芽生え、成長を続けていますが、
全身全霊となれば、自他の境界線が消えてしまい、
愛と死の何たるかを理解できるのではないかと、
気づかせて頂きました。 感謝。

えっちゃんへ

えっちゃんのコメントは全ての人に宛てたものだと思うけど、
私は自分に向けての教えのように、読ませてもらいました。
えっちゃん、ありがとう。

私、父の人生を一括りにして否定していたのでしょうか。

そうかな、とも思いました。けれど人の一生は、
肯定も否定も出来ないほど大きい。
一言では総括はできないです。当り前ですよね。

私は、コメントにあった例え、たとえば、

>けれど、ただただ突進して息絶えた人生であっても、
>苦難の渦に取り込まれたままかき消された人生であっても

こんな風に父のことを考えていたのかな・・・そう自問していました。

そうかもしれません。でもそれだけじゃなかった。

これは親子ならどこでもそうかもしれませんが、
私の人生と父の一生は、「連作」という気がしています。
私は父の人生の、続きを生きています。
何ていうか・・・第2章というか、その次のステージと言うか・・・。

父の一生は完結していました。
高度成長期を生き抜け、駆け抜け、
亡くなった直後にバブルが崩壊しました。
父が今の日本の経済を知ったら、どのように働いたか、・・・想像つきません。
以前のように楽しんだか、変わり身をしたか。

父の人生は父のものだし、本人にとってだけの意味があるのですが、
私は勝手に「自分の人生の第1章」に組み込んでいます^^
私一人ではとてもできない経験を、30年近く側で見せてくれたから。
亡くなる直前(そうとは知らず)、父の半生を聞きだしたことがありました。
敗戦当時のこととか、子供時代のこととか。上京した当時のこと。

それは全部、私にとっては貴重な宝です。
自分の時間範囲で出来ない経験です。

続きです

バブルが崩壊した。価値観が死んだ。古い社会が崩れる。
そのときやはり第2章・・・・父の人生のその後・・・

私はここに出会ったこと、やはり強烈に意味を感じてなりません。
私にとってのバブル崩壊です。
それは、一旦今までの自分を全て否定することでしたが・・・
父そのものを否定しているつもりはなかったです。
私の「前提」ですので。

父が人間や世間や社会に対して持っていた憎しみは、
生前は「何故だろう?」と思っていましたが、
最近、
自分の中にそっくり同じものがあることに気付きました。

勝手に思っていることですが、
私は父の分も一個づつ、その憎しみを見ていこう、
置き換えて行こうと思っています。
成功はもういいです(笑)。父が変わりに十分やってくれました。
(そういうのは依存してるようで卑怯かな)

それ以上だと思いますが、父は私にとっては終わっていない、二つで一つというか、

その私を見てまた、娘は違う風にやっていくだろうし。

ひとりひとりは独立していながら、綿々とバトンもありなのかな、と思っています。

支離滅裂な思いを綴らせていただきました。
すみません。

ありがとう。

ベルさんのコメント、
壮大な大河ドラマのダイジェスト版のように読ませていただきました。

いい言葉ですね。

>ひとりひとりは独立していながら、
>綿々とバトンもありなのかな、と思っています。

親子だけでなく、
人類の歩みはそういうことなのでしょうね。

一歩進んで二歩下がるがごとくの、
遅々たる人類の歩みながら、
少しずつでも、
人類が共有する魂に刻まれていく生きる術、
いのちの在りかた・・・

私達も、精一杯生きることで、
次なるいのちに、
何事かを伝えていければいいですね。

えっちゃんへ2

えっちゃん、コメントをありがとうございます。
↑では「えっちゃんへ」などと書いてるくせに、結論がすっぽり抜けていました。

人の人生を一括りに否定するのは、人の「全身全霊」を違うと言い放つのは、
傲慢なことだと思いました。

そしてそう考えていたら、
自分が父のことを、あまりにも自分(過去の)と同一視していたのに気付きました。
そうやって、自分自身を否定していたのだと思います。

でも、えっちゃんの言われるように、
拍手を送られる、肯定される一生。

それを父に向けていたら同時に、私自身がそう向けられたように、
暖かい視線を向けられたように感じました。

何かこう・・・許すというのは、すごいことですね(^^)
すごくどっしりと、お腹が暖かいような心地ですね。

私は何か一つ思うと、どうも極端に走ってしまいます。
色々のことを気付かせてもらえました。

えっちゃんありがとう!

>私達も、精一杯生きることで、
>次なるいのちに、
>何事かを伝えていければいいですね。

そうですね。いつも「次」はもっと素敵ですね(^^)
自分も楽しいし、次の人たちへの土産にもなって、
二度美味しいですねvv(^^)


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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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