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1697日目 - 無肥料


晴の日が続いている屋久島。
それでも、朝晩は気温が下がってきている。
もう毛布だけでは、寒い。
昨夜から布団を出した。

今日は、朝からネットサーフィン。
最初は、無農薬のフルーツを探していたのだが・・・
いつのまにか無肥料の米に変わっていた。
ところが・・・

意外なことに、たくさんあった。
無農薬は、当然。
化学肥料は、もちろん入れない。
それだけでなく、有機肥料さえ入れていない。

全くの自然農法。
人工的に肥料を入れることは、一切しない。
農薬も使わず、自然のまま育てる。
それが、農業の最先端。

多くの収穫を得るために、農薬や化学肥料を多用する。
土地は疲弊し、田畑の動植物は死滅する。
人体にも残留し、原因不明の病気の原因となる。
それでも収入を増やすために、危険な農業がまかり通る。

無知なのか、自己中心的なのか。
自分さえよければいいのか、他の人のことはどうでもいいのか。
周りがやっているから雷同するのか、自分だけ別の道を行く勇気がないのか。
大勢順応、寄らば大樹の陰。

真剣に人生を見つめれば、農薬や化学肥料を使った農業ができるはずがない。
生命を殺す作物を作ることなどできない。
にもかかわらず、大勢は農協の言うままに流されている。
利益追求の資本主義のメカニズムに呑み込まれている。

農薬を使わずに有機肥料だけを施す農業は、ベター。
しかし、それはまだ自我のうち。
多くの肥料をやって、多くの収穫を得たいと願っている。
安全ではあっても、自然ではない。

人為というか、作為がある。
より多くという欲がある。
より多くの収穫を得るために、より多くの肥料を投入する。
それでは、着膨れした作物ができてしまう。

自然に合った作物を、自然のリズムで作る。
人工的なものは、極力避ける。
自然の風土を活用する。
自然のメカニズムを活かす。

それが、これからの農業。
自我を超える可能性のある農業。
所有や支配を超える農業。
自我とは、所有であり支配。

執着が強い人ほど、自我が強い。
執着が強いとは、所有欲。
自分のものにしておきたいという欲望。
別の表現をすれば、支配欲。

どんどん化学肥料を投入し、農薬を散布して見た目の良い作物をたくさん作る。
それで収入がアップする。
しかし、それはほとんど詐欺に近い。
いのちを脅かす作物を作ることが、どんな意味があるのだろうか。

食べものは、いのちを維持するためのもの。
それが、いのちを危険に陥れるのでは、まさに本末転倒。
利益追求=所有欲が生んだ悲劇。
自我の末路。

自我の欲望は、やがて自我を滅ぼす。
農薬や化学肥料に限らず、核も同様。
自己所有をベースとする自我は、やがて自分自身まで抹殺してしまう。
叡智のない自我は、生き残ることはできない。

時代は、変わろうとしている。
肥料という物をたくさんやって、たくさんの収穫を得る。
というのが、これまでのやり方。
しかし、それはもう古い。

これからの時代は、物を極力減らす。
肥料ではなくて、エネルギーで育てる。
自然のエネルギー。
育てる人のエネルギー。

所有ではなく、循環。
一ヶ所に滞らせるのではなく、流す。
富が一部の人に集中すれば、経済恐慌となる。
物は、流れているのが本来の姿。

お金の別名は、お足。
それは、絶えず動いているという意味。
お金は、流通してこそ価値がある。
一部の人が溜め込み過ぎると、そこで流れが止まってしまう。

宇宙の原理は、変化変滅。
常に変化しているのが、自然の姿。
いつまでも自分のものにしていようとするのは、不自然なこと。
一部の人が富を独占すれば、経済は成り立たない。

流れることが、いのち。
循環こそが、宇宙の生命現象。
その循環を阻害するものが、自我という所有。
それが、ありとあらゆる問題をつくり出す。

体の流れが止まれば、病気になる。
物の流れが止まれば、不景気になる。
心の流れが止まれば、ノイローゼになる。
流れが止まれば、宇宙は成り立たない。

自己所有の拡大を求めて、農薬や化学肥料を大量に使う。
富の所有や権力の所有も、同様。
所有は、自己の安全を確保するためのもの。
しかし、それは叡智を欠いた安全幻想。

叡智は、所有を欲しない。
無知のみが、所有したがる。
叡智は、宇宙の循環システムを知っている。
無知は、自分のことしか見えない。

所有しない。
執着しない。
ただ流す。
循環させる。

所有がなければ、自我もない。
自我とは、所有。
自分のものと思う幻想。
自分というイメージの所有。

所有とは、滞り。
宇宙の流れを阻むもの。
淀みであり、停滞。
やがて腐れて悪臭を放つもの。

ただ流れるのみ。
宇宙の流れと共に流れるのみ。
宇宙の定法は、無常。
変化することこそが、いのち。

多くを所有し、身の安全を図ろうとする人々。
しかし、それは浅知恵。
叡智の欠如。
全体の視点の欠落。

多くを所有すればするほど、不安が増す。
所有したものを奪われる恐怖が生まれる。
無所有こそが、究極の安心立命。
すべてを手放せば、すべてが手に入る。

時代は、変わろうとしている。
無肥料、無農薬の農業へ。
物ではなく、エネルギーで育てる農業へ。
物から波動の時代へ、地球は変化しようとしている。

いつまでも自我=所有に固執していると、時代に取り残される。
執着を手放す時に、心のやすらぎが得られる。
何も持たずに流れる時、真の解放を味わえる。
その時にのみ、宇宙と一緒にいられる。


『所有する 文化は流れ 堰き止めて 病気をつくり 自然を壊す』

『握りしめ 手放すことを 忘れれば 新たに掴む ことはできない』

『手放して 新たなものを 手に取って また手放して 次を楽しむ』

『究極は 何も拘泥 しないこと 自然の流れ 愛でて楽しむ』

『星々を 見るのに何が いるだろう 見上げるだけで 満天の星』


これが日記を書き始めて1697日目の心境。
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コメント

人口が多すぎる

自然栽培だけでまかなえる食料では、
ちょっと人間が多すぎる。

そういう時代が来るってことは、
人口が激減するってことかな・・・
そんな予感、
ヒシヒシとしますけどね・・・。

また、人類が1から始まるってことかな?
ノアの方舟に乗れる人たちが新時代を創る・・・
ってことかな?

はたまた、
生き残った生物からあれこれ進化、多様化して、
新生物の時代がやってくるのかな?

未来の考古学者が掘り起こす現代の遺物は、
難解な研究になりそうですね。

すみませんでした。。。

反省します。許してください。

備えあれば・・・

神戸の震災経験者として、
何かアドバイスあるかな?って聞かれて、
私には何の備えも思い浮かばなかった。

多少は、小さな災害に備えるあれこれはあるかも知れない。
でも、自然の災害は、人知を超えてやってくる。

だから、
>多くを所有すればするほど、不安が増す。
>所有したものを奪われる恐怖が生まれる。
>無所有こそが、究極の安心立命。
であり、
>ただ流れるのみ。
>宇宙の流れと共に流れるのみ。
>宇宙の定法は、無常。
>変化することこそが、いのち。

そう見切って日々生きるのが、
せめてもの備えでしょうか。


雑草の逆襲

テレビですごいニュースを見た。
除草剤に負けないスーパー雑草の出現!!

農業の合理化、省力化・・・
除草剤や農薬、遺伝子の組み換え・・・・など。
その結果、
人間の小賢しさをあざ笑うがごとくの、
スーパー雑草の蔓延り・・・。

日本で開発されつつあるひとつの策。
作物の足もとにクローバーを植えることで、
雑草の蔓延りを阻止する方法。

自然農法に順ずる策のような気がする。
幾ばくかの栄養を分かち合いながらも、
作物を生かしていくやり方・・・。

人は、
やはり自然から学び、
自然を活かしつつ、
自然の恵みを感謝をもっていただく・・・・

そこへ帰らないといけないですね。

自然を支配しようなどと、
驕ったやり方は、
自然からの逆襲に遭うわけですね。

私は内心喜んでいる。
自然が人が如きに支配され得ないことを。

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光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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