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1734日目 - 現実


最近は、雨の多い屋久島。
庭でナンバンギセルが、咲き出した。
今日から十月。
秋の気配がしている。

夜になると、虫の大合唱。
シカも鳴く。
昼間は、キジやトンビの声がしている。
猫は、すぐ傍で騒いでいる。

人は、結局、自分の望む現実を体験しているのだろうか。
いや、そんなことはない!
こんな現実なんか、ぜんぜん望んでいない!
と言う人もいるかもしれない。

しかし、やはり潜在意識のどこかで望んでいるのではないだろうか。
そうでなければ、このような現実があるはずがない。
確かに、表面意識では望んでいないかもしれない。
しかし・・・

潜在意識の奥では、密かに望んでいるのかもしれない。
本当は、今のような現実を体験したいのかもしれない。
それ以外に今のような現実が存在する理由がない。
望まない現実は、存在しえない。

表面意識と潜在意識は、必ずしも一致しない。
というより、異なる場合の方が多い。
すばらしい出会いもある。
しかし、出会わなければよかったと思う出会いもある。

表面意識では望んでいなくても、潜在意識では望んでいたりする。
潜在意識が望むから、望んだ通りの現実が目の前に現れる。
表面意識と潜在意識は、矛盾している。
それが、驚きや悲嘆をもたらす。

表面意識と潜在意識が融合すれば、現実に驚くことはなくなる。
なぜなら、自分の望んだ通りの現実が実現するだけだから。
表面意識が望まないことが、現実化することはなくなる。
すべては、思いのままとなる。

しかし、実際は望まない現実が出現する場合が多い。
なぜ?
どうして?
そうなるのだろうか。

潜在意識と一口に言っても、限りなく広い。
まずは、生まれてから今日までの意識。
その多くが、潜在意識となっている。
過去世の意識もある。

魂の意識もある。
グループソウルの意識もある。
そういうものが、すべて潜在意識となっている。
表面意識では気づいていない、大きな自分という存在。

そういう広い意味での潜在意識を理解するにつれて、サプライズは減っていく。
表面意識と潜在意識の乖離(かいり)が、少なくなっていく。
そうなると、自分の望むことが現実化していく。
自分自身を深く理解するまでは、現実が把握できない。

どうしてこんな現実が起きるのか。
どうして自分は、いつもこのようになるのか。
潜在意識にあるパターンが理解されない限り、同じことを繰り返すこととなる。
気がつくまで、アクシデントは起こり続ける。

人生とは、自分自身を見ているようなもの。
現実は、自分自身の写し鏡。
自分の望むものを外に現わし、それを堪能するのが宇宙の基本構造。
それは、人に限らず神もやっていること。

もし現実を変えたかったら、自分自身を理解すること。
自分自身を理解して、自分自身を変えること。
潜在意識を変えない限り、望む現実が起きてくるとは限らない。
すべては、自分自身のなかにある。

慌てることも、急ぐこともない。
人生は、自分の望む通りに展開している。
ただ、表面面意識には理解できないだけ。
もっと深く理解したかったら、自分の潜在意識を理解すること。

自分自身を深く理解して、潜在意識を変更する。
表面意識と潜在意識を融合させ、統合された自分自身となる。
そうすれば、意に反することは起きない。
望まぬ現実は、起こり得ない。

ゆっくり着実に自分自身と共に生きることだろうか。
現実から自分自身を理解することだろうか。
自分自身の気持ちを深く感じてみることだろうか。
目の前の現実をどうして望んでいるのかを・・・

深く深く感じていけば、現実は自分自身に他ならないのがわかる。
自分自身が創り出している自分自身の影。
自分の体の動きを変えれば、影もまた変わる。
現実とは、自分の影に過ぎない。

自分で自分を見ているのが、現実というもの。
自分のなかにあるものを外に写して、客観視しているだけ。
自分で自分を見ているのが、現実というドラマ。
それ以外にドラマの脚本はない。

自分の周りにあるすべての現実は、自分自身を見ているだけのこと。
それ以外の何ものでもない。
自分自身を深く理解すること。
自分のなかにすべてがある。


『目の前に 起きるすべての 出来事は 潜在意識 望んでいること』

『内にある ものを形に 現わして 眺め楽しむ 神の楽しみ』

『人もまた 神と同様 内にある ものを形に 創り出すだけ』

『表面と 潜在意識 融合し 望む現実 創り出す秋』


これが日記を書き始めて1734日目の心境。





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コメント

タペストリー

深いお話で 安心感がありますね。

>慌てることも、急ぐこともない。
>人生は、自分の望む通りに展開している。

地上の 宇宙の 全ての存在が 望む通りに
展開してるのですね。

素敵なタペストリーです。願わくはハッピーな
展開になります様に。。。

訂正 ↑ 深い。。。

お話で 安心感がありました。

kimiさんは 大空の様です。^^

秋の宿題♪

秋の課題が決まりました。

『表面と 潜在意識 融合し 望む現実 創り出す秋』

イメージを楽しんで望む現実を創りだして
みたいと思います♪

表層意識と潜在意識とのシーソーゲーム

自分の意識の面が、こんなにもあるものだとは考えてみませんでした。
しかし、自分の想像力を遥かに上回ったり下回ったりして自ら不意に現れる”意識”に驚くことはよくあります。

>>表面意識では気づいていない、大きな自分という存在。

向き合いたいです。深く・・・

何かを強く望んでも、”でもダメかもしれないなあ”と潜在意識がポロっと溜息まざりにこぼすとき、それは仮に望む夢が実現しなかった場合に”がっかりしすぎないための予防処置”自己保護への本能かもしれないけれど、強い願望と本気で夢見ることへの足枷となり、潜在的に実現を否定していることの方が重くなることもあるでしょう。

本当は目前を瞬間瞬間真剣に前向きに対処していれば、実現しなくてもがっかりもしないことなのかもしれません。

表層意識と潜在意識はいつでもシーソーゲーム、でもある日己を深く深く見つめ理解することができた時、そのシーソーがぴたりと止まったとき、目前の現実に驚かず”まさに自己が望んでこそこうなった”と静かに思えるのだろう。

コインの裏と表、どちらも一度に手に入れることはできないと思うのは、目で見てこそ。
意識でみればいつでも手のひらの中に両面のコインはしっかりと己のものとして握られている。
・・・・ということでしょうか。




腑に落ちてきました!

kimiさん、おっしゃる通りですね。わたしも『なぜ、この現実は?』と感じる展開に以前は、自分の潜在意識が投影されて、造り出しているのにも拘わらず、相手の解釈や行動に見えてしまって、『どうして、こうしてくれないのかなぁ』と、期待が裏切られた失望を、相手の所為にしたり、思い通りの展開にならないことに無力感や悲しみさえ感じていました。潜在意識にあるパターンに気が付いてきてから、少しずつ自分で自分自身を見ているドラマの脚本を、加筆修正したり、シンプルで望む展開になるよう潜在意識のアーカイブの中を掃除しようとしています。すべては自分自身を投影した世界・宇宙にいる厳粛な事実に、逆に自分自身の世界を・宇宙を創造できることでもあることに気がつくと、なんてすごい深遠な命を授かり生きているんだろうかと、自分自身の命に感謝と愛が湧いてきました。気がつかせていただき、kimiさんありがとうございました。いま、ローズクォーツのペンダントをしています。ありがとうございます。

深く広い潜在意識と表面意識

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Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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