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1768日目 - 逃げないこと


日記のコメント欄に次のような書き込みがあった。

「日記を読ませていただいて、最初は伝えていただいている本質をなかなか素直に受け取る事が出来ませんでした。
読み返す度に、でも・・・それは・・・だって・・・と、余計な思いや感情が先行してしまっていました。

夏から秋にかけて諸々の整理整頓と共に浄化の波がやって来て、今までの自分の生き方、在り様、自分自身を見つめる事となりました。
そんな中で、どうにもならない後悔、ハートがちぎれそうな痛みや行き場のない寂しさと深い悲しみ、不安だらけの心が大きな恐怖と怒りに変わる瞬間を繰り返し感じているうちに、私は今までそんな自分の心からも逃げて、感じないようにしていたんだという事を知りました。

生き方も自分自身も人とのかかわりも子育ても、みんな形だけ小手先だけ上手く行くように、こうしなきゃ、ああすれば、色んな方法ばかりを追いかけて、全てが中途半端。
がんじがらめで、もうどうしようもないところまで来ていました。
自分が本当はどう感じているのか、どうしたいのかって事も、わからなくなっていました。
今、目の前にある現実はそんな生き方の結果なんだ・・・とつくづく実感しています。
以下、略」


逃げても逃げても、逃げ切れない。
現実から目を逸らしても、いつかは直面しなければならなくなる。
この世で逃げても、あの世では逃げられない。
宇宙の果てまで逃げても、自分自身から逃げることはできない。

逃げれば逃げるほど、ツケは大きくなる。
利息が嵩んだツケを払わなければならなくなる。
それでも逃げようとすれば・・・
強制徴収が待っている。

強制徴収は、他人がやるわけではない。
自分のハイアーセルフが、そのように設定する。
このままでは行き詰ると判断すれば、ハイアーセルフや魂は容赦ない。
それでは、この世に生まれた意味がないから。

特に今の時代は、アセンションという目標がある。
そのために今という時期を選んで生まれてきている。
それに見合った生き方をしないと、生れて来た意味がなくなる。
逃げてばかりいれば、やがて嫌でも現実に直面させられる。

もう一度生き直すしかない。
すべてをリセットして、ゼロから生き直す。
それは、たいへん?
でもない。

意外と、その方が楽に生きれる。
これまでのシガラミをすべて清算して、新たにリニューアルする。
新しい人生を生き始める。
生まれ変わったつもりで生きる。

そのためには、現実の生活を一変させる必要はない。
意識を変えればいいだけ。
今ここを新鮮に生きればいいだけ。
新たに生まれ変わったつもりで生きればいいだけ。

日々刻々、生まれ変わったつもりで新鮮に生きる。
逃げないで、現実と直面しながら生きる。
自分に正直に生きる。
素直に自分を生きる。


『逃げようと すればするほど 底なしの 深みにはまる 泥沼地獄』

『逃げないで 直面すれば その場から 別の展開 開き始める』

『逃げないで 一つ一つに 丁寧に 対処する時 道は開ける』

『逃げないで 直面すれば 真っ直ぐな 生きる姿勢が 人生変える』


これが日記を書き始めて1768日目の心境。



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コメント

Re:1768日目 - 逃げないこと

「新生」は足下からしか始められない。今ここに居る、等身大の自分を見つめ心から認めること。息深く心を静かに澄ましていく。うーむ。

こんにちは

本当に、
この一年はさらに浄化なのかもしれません。
私自身も自分の中に溜まっている闇がいろんなものと共鳴して、出てくる日々が続いています。

昨日もふっとパソコンの用事をしようとして、
きついニュースを目にしたとたん、自分からでてくるものに引きずられていく中、友達のことばと力をいただきました。

友達から伝わる愛に、一瞬にして変わる感覚。
私の中のあたたかいものが目覚め包んでいく。

大きな中でさまざまな散らばった点をつなぎ合わせ溶かし合い、だきしめていく。

今年の初めに見た夢は、直視できないような状態な中、
そこにいる人の次元がみんな一瞬で変わる夢だった。
幻は消える。

何度もその夢を最近また見ながら、まだ直視してない、生ききれてないことがある、
私は、まだ浄化しきれてないところがあると感じていました。

愛に包まれてすべてあるようなものは想念とは別の次元。
想念の世界はほんの一点。
大きな大きなひろい世界。
理屈じゃない、頭じゃない、想念を抜ければいつも在る世界

それを友達との交流、愛の中で経験しました。

逃げない

私はまだ、いつもそこに戻らなければならない。

今年終わるまであと少し、もっと静めて、
力を要れずに、そのままの事実とともにすごしていきます。

しがらみ

>これまでのシガラミをすべて清算して、新たにリニ
ューアルする。

ちょうど姉と話していて・・。
姉は、この何年と、今年の浄化でしがらみがとれてきていて、
それをシェアしながらお互い浄化を促進してきました。

もう、私は病気にもならないと思う、
顔もおんぼろだけれど、まったく金銭もないけれど、それはよくって、
なぜかよくわからないけれど、確信みたいなものがあるって、
薬やケミカルなものでさえ、もうあまりにも縁がないと思う、
共鳴しない感じ?とか言ってました。

それは、しがらみがないからと。

でもたとえ、何か問題が起きてもそれでよくて、
自分から湧き上がってくるものがあるのが本当に左右されない。
恐怖がないと。

境がなくて、どこまでが仕事とか、どこまでが自分の範囲かとか、
自分にとっての大事かもなくて、大事じゃないことも大事なことも境がどこにもないから、
気づくとそういえばフリーダムだって・・・。

みんなが大事で、ほかの人の苦労や悲しみは、自然に寄り添って、
一緒に喜んだりしているのが自然で、
その出会い出会いにすべてを注ぎ込めるし、人が幸せになるのが本当に幸せで、
とにかく自由でいいと。

そういう精神世界やアセンションというのを知らない姉ですが
お互いどろどろを経験してきたどうしですが、
とてもすてきなことを、伝えてもらいました。

そういえば

姉と真剣にしてきたとき、
まるで私へのメッセージであるようにいつも感じてきました。
どんなことも。

その一言一言がいのちをもっているように感じていました。


そういえば、どんな人とも
どんな出来事も、
真剣に出会って話したとき、すべてが浸透し、
すべてがいのちがあるような・・・
そしてメッセージと感じました。

私をどうかしたとか、そういう感情がわきあがる人でさえ、
真剣にいれば、真剣に向かえば、すべてが浸透してくるのですね。

私自身の真剣さがなかった、
ただそれだけですね。

結局他人と同調したり、距離をおいたり、賛同したり、否定したり、そんなもので、
真剣に話すことすら、聞くことすら、できなかったので、
本当にすてきなものを見ることすら現実に現れなかったのかもしれません。


みんながすばらしい経験にむかっていけたらいいけれど、
そのようにとどうしても祈りが生まれますが、
でも、すべて見守りながら、
結局いつも私の一歩からしかないのですね。

外はないんですね。

そのとき、すべてと共に、なんですね。

あれこれ言っているときは、結局自分が分離しているだけなんです。

真剣に生きるのは、とても軽いけれどとても重みがあって、深いです。
無限を向いていきたい。

人々や地球の未来の可能性を大きく引き出し
開かれていくような
そういう世界を見ていきたいと思います。

kimiさんの日記はずっとずっとずっと、サポートで、
本当に力をいただいていて、
少し離れながら、時に読みあさりながら、
目の前に私なりに向かいあってきて。

真剣に生きるのは、とても軽いけれどとても重みがあって、深いです

私はkimiさんのその真剣な一歩や皆さんのその一歩にとても助けられて
慈悲をいただいてきました。

ありがとうございます。

逃げないこと

もう どうしたらいいか 正直分かりません。

皆 なんで 笑っていられるんだろう。

自分だけ 取り残されてる様な気がします。

でも わたしなりに 愛ある方向へ。

めげないで、くさらないで。。。

生きて行きたいと 思います。

逃げないこと・・・

>>このままでは行き詰ると判断すれば、ハイアーセルフや魂は容赦ない。
それでは、この世に生まれた意味がないから。


KIMIさんの日記、かみ締めるようにして読みました
そうするとヒントで得た言葉なのに何故か懐かしいような 遠く実は知っていたような感覚に抱擁された感じがしました。

遠く未知で そしてまるで想像外の果てしないような目的地、しかし視点を変え足元をじっくり見つめてみたら そこに実は多くのヒントとメッセージが温かくこちらを見守っていたことに気づきました。

その温かいメッセージも自分の内に芽づき、気づくべく開放のメッセージ。
その存在を知りながらして、目をそらすのもまた自己防御のメッセージ。

どちらも正悪ではなく ただ魂がその時向かおうと思う方向に 誠実に赴くのでしょう

だからどの方向に辿り着いても なんだか想像外のことでない気もする。

問題はそれを結果として見るか、或いは経過として見るかで開きが生じるのかもしれないです。

今日の日記で紹介頂いたコメントの主は、「小手先」でも多方位からの問題に真剣に正面から太刀打ちした方だと勝手ながら感じました。

文面の「中途半場」という言葉も、どこか流されべくと思いがちな運命に、立ち向かう強さを実は内面に秘めていると個人的に感じました。

もしかしたら上述は自己へのエールかもしれません。しかし感銘しました。

ありがとう!















毎日がリベンジ・・・

>日々刻々、生まれ変わったつもりで新鮮に生きる。
>逃げないで、現実と直面しながら生きる。
>自分に正直に生きる。
>素直に自分を生きる。

私は今、時々妄想にこだわりだす、
93歳のおじいさんの身の回りの世話をしている。

ここ一年で完全に失明して、
恐怖からか、人をあまり信じない。
なまじ頭脳明晰な方だったようで、
ごまかしも効かないし、
私としては、無いものは無いと、
違うことは違うと言うしかない。

だから妄想の話には解決が無く、
いつも逃げの姿勢で身構える。

でも、kimi言葉のおかげさまで、
心機一転とばかりに、
日々、リベンジにトライする。

自分に正直に、素直に生きる・・・・
この想いに後押しされて、
日々、リベンジの朝を迎える。
白紙になって・・・(と、思いつつ・・)




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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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