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1889日目 - 愛の大河

 

前回の水瓶座の水晶祭りで水晶をリクエストされた方から、次のようなメールが届きました。
届いたものは、モルガナイトと超クリアー水晶でした。


「水晶が届く二時間ほど前、何もかも用事を終わらせ、ようやく座った私は、今まで感じたことのない愛を内に感じはじめ、その感覚が私のすべてを包み込み、私の内部を隅々まで満たしてくるのを感じました。

その感覚を受けた私は、静かに心震え、涙が出てきました。
これは、モルガナイトのエネルギーだろうか・・・
きっとそうだと思いました。
もう、すぐそばまで来ているのだろう。
それでエネルギーを感じ始めたのだと思いました。

今まで感じたことのない愛というのは、何と言うのでしょうか、『遍満する愛、遍くすべてを包み込む無条件の愛』、その大いなる愛に包まれ見守られ、そのなかで『脈々と流れる愛、豊かな河の流れのように絶えることなく流れ続ける一本のラインとしての愛』、といった感じでしょうか・・・

悠久の時を越え、また次元をも越え、大きな河は、今ここのこの私に流れています。
そして、今ここの私から、またさらに向こうへ流れ続けています。
どこから流れてきて、どこまで流れていくのか、という河ではありません。
永遠に流れ続ける河です。
始まりもなく、終わりもない河。

河は、宇宙空間のようなところを美しい愛(慈愛)をその河いっぱいに満たし、眩く光りながら流れています。
大きく優雅に蛇行しながら、私のすべての時と私のすべての次元を流れています。
私の、すべてのすべての流れです。

(大きな河は、今これを打ちながら見えているビジョンです。
あの時感じた感覚を言葉にしようと思ったら、河のビジョンが見えてきました。
光る河が超クリアー、流れる愛がモルガナイト、それぞれがひとつのエネルギーになったような、そんな感覚がします)

今ここの私は、この大いなる愛の流れのなかにいます。
気の遠くなるような過去世から、別の星にいたときも、そして他の次元の私にも、どの流れにも、どの瞬間にも、完璧な愛が途切れることなく脈々と流れ続けていることを知りました。

瞬々、すべてが完璧な愛のなかにあって、愛が運ばれていて今この私があることを感じ、私は静かに興奮していました。
と同時に、言葉にしつくせない感謝の想いでいっぱいになり、心震えて涙が溢れてくるのでした。

私は、愛の流れのなかの存在でした。
それは、すべての人がそうでした。
すべての人に、愛のラインがあります。

そしてそれぞれのラインは、完璧な調和の愛(遍くすべてを包み込むひとつの愛)のなかにあり、無条件の愛で包まれていて、すべてのすべてが信頼のなかで許されて愛されている・・・
そのように、感じました。
そのことを感じるとき、私のすべて(肉体以外の私も)が愛でいっぱいになります。
感謝という言葉も通り越し、ただ静かに瞑想して究極の愛に溶けていくようです。」


その後、このメールを日記に掲載してもいいか問い合わせた際、次のような返事が届きました。


「自分自身が感じたものは、それははかり知れなく深く大きなものでした。
今ここにいて、すべての時の私、私の流れが、見えてきたのでした。
見えたといっても、これも別次元感覚なので、どのように見えるのかというのは、言葉では表現できません。

少しでも、エネルギーで伝わればと思います。
あの感覚が読まれる方に少しでも伝わればうれしいです。
そして、すべての人が、悠久の時を越えて今ここに流れているあの愛を感じることができれば、どんなにすばらしいかと思います。
きっと、すべてのことが愛しく、感謝せずにはいられなくなると思います。

実は、あの愛を感じている時、同時にNさんのことも意識に浮かんできました。
Nさんは、スピリチュアルのスの字も知らなかった私を精神世界に導いてくださいました。
ほんとうに、たくさんのご好意とご親切をいただいたんです。
Nさんとは一面識もないのですよ。
このご縁は何でしょうか・・・

そして、kimiさんに導いてくださり、十数年の時を経てこうして秘書をさせていただき、そのおかげで私はこの世で新たに生まれ変わることができました。
魂の計画であるのでしょうけれど、Nさんを通して私に流れていた愛はなんでしょうか・・・
そのことを想うと、深遠な気持ちにならずにはいられませんでした。

すべての人に多くの愛の計らいがあり、それは循環しているのだと思いました。
私はNさんにご恩返しはできないかもしれないけれど、それは三次元的なことで、この流れる愛は、すべてに循環しているのだと思いました。
時空を越えて、次元を越えて、愛は、すべての時を今に集約しているのだと思いました。
今は永遠であり、永遠は今なのだと思いました。
そんなことも同時に感じ、すべての愛の流れに、またさらに感動していたのでした。」


宇宙を貫く愛の大河。
すべてを包み、すべてに浸透し、すべてに流れているもの。
愛こそが、すべてを生かしています。
愛こそが、すべてをひとつに結びつけています。

過去世、多次元。
多くの時空に同時に存在する自分。
そういうものを貫いて流れている愛の大河。
それらは、別々であり、ひとつでもあります。

すべての行為が、許されています。
すべての存在が、その存在を認められています。
大いなる愛ですね。
無限の愛です。

実は、その愛こそが人の本質です。
自分と別に存在するものではありません。
自分のなかにあるものです。
自分そのものです。

このメールが、そういうことを実感するきっかけになればいいですね。
すべては、きっかけです。
後は、自分で実体験するだけです。
愛のなかで、すべては流れています。

Nさんは、以前の日記にも出てきました。
最近、精神状態が不安定な方です。
彼に直接恩返しができなくても、愛は循環して彼にも届くでしょう。
彼もまた愛の大河のなかで生きているのですから。

一人として、この愛の大河の外にある人はいません。
どのような人も、この愛の大河のなかで生きています。
ただそれに気づいているかどうかということです。
気づいても気づかなくても、人は愛に守られて存在しています。

モルガナイトは、愛の石。
モルガナイトを縁として、宇宙の愛の大河に気づけたようですね。
すばらしい体験ですね。
そういう体験を積み重ねて、人は真実に近づいて行くのでしょう。


『人はみな 愛の大河に 包まれて 愛の大河の 星と輝く』


これが日記を書き始めて1889日目の心境。


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コメント

Nさんのこと

私事ですがNさんのことをシェアさせてください。
Nさんが私にどれだけのことをしてくださったか。

それはここに書ききれるものではありませんが・・・

Nさんには、Hさんというお弟子さんがいらっしゃいました。
Hさんは、私の親友でした。

なにかのきっかけで、Hさんが私のことをNさんにお話したのでしょう。
それから、Nさんが私のためにあらゆるご親切をかけてくださるようになりました。
一面識もないというのは、すべてHさんを介しての私へのご好意だったからです。

Nさんは、密教やヨガを極められた方でした。
Hさんは、毎週Nさんのもとへ通い、教えを受けていらっしゃいました。

Nさんは、K-Communicationにも時々投稿していらっしゃいました。
Nさんの文章は私には難解で、とても理解できる次元のものではありませんでしたが、
Hさんのお話から、また、K-Communicationの文章から流れ来るNさんの波動は、
とてもストイックで修行者からくる研ぎ澄まされたある意味ご自身への厳しさというものが
ひしひしと感じられました。

kimiさんがおっしゃるように、知的、冷静な方で、そのような波動が何も言わずともこちらに
伝わってくる方でした。
静かに自他を見極める目に長けていらっしゃる方でした。
そして、愛に満ち溢れた方でした。

Hさんは、Nさんから教わるいろんなジャンルのスピリチュアルな講演テープ、
ビデオテープを、私に届けてくださいました。
私は、ワークショップにも出られない片田舎にいて、とても中味の濃い精神世界の知識を、
次々と知り身につけていくことができました。

お加持をし、エネルギーを入れた石を、「いつも身につけておくように」 と届けてくださったり、
瞑想用のテープを届けてくださったり・・・

続きです

また、「いつも身につけているものがあったら浄化してあげましょう」 と言ってくださり、
その頃よくつけていた指輪をHさんにお渡しして浄化していただきました。

その際 「指輪にすごい悲しみが詰まっていた。よほどつらいことがあったのだろう・・・」 と言って
浄化後の指輪をHさんに託してくださったそうです。
(それは、父の病状が悪く心配な日々が続き、そのときにつけていた指輪でした)

Hさんが、「私にはそんなやさしい言葉はかけてくれたことがないのに」 とつぶやいていました。
密教の世界の師匠弟子なので、師弟関係はとても厳しいのだそうです。

Hさんが、「私にはすごく厳しいのに、ぴあのさんにはどうしてそんなにやさしいのかしら」
とよくこぼしていました。

また、以前飼っていた犬がその頃介護の大変な日々を過ごしていました。
Nさんはそんな私の様子を聞き、お加持をした水を定期的に届けてくださいました。

ごはんが食べられないのならこの水を犬に飲ませてあげるように、また、霧吹きでこの水を体に
吹き付けてあげると体が楽になるからと。

そんなことを、犬が亡くなるまで数ヶ月続けてくださいました。

余談ですが、お水を届けてくださることをkimiさんにお話したら、
「ええ?どうしてそんなことをするの。はやく死なせてあげればいいのに・・・」 と
おっしゃいました。

kimiさんの言葉だけを文字で読むと冷たいように聞こえますが、kimiさんのその時の言葉の抑揚を、
はっきりと覚えています。

kimiさんのその言葉は、愛に満ちていました。
このことからも、kimiさんとNさん、お二人の愛の違いがよくわかります。

どちらが良くてどちらが良くない ということではありません。
お二人ともが、それぞれの愛を流していらっしゃるのです。
ただ、その愛の違いだけです。

これらはすべて、無償のご好意でしてくださることなのです。

長くなってすみません

心からNさんのお気持ちそのままにしてくださることで、私もどうしてここまでしてくださるのかと
不思議に思いながら、ご好意をありがたく受けていました。

そんなNさんがある日Hさんに、「ぴあのさんにはkimiさんが合うから、kimiさんを紹介してあげるように」
と言ってくださったのだそうです。
そして私は、kimiさんへのご縁をいただきました。

その後しばらくして、NさんとHさんとのご縁はぷっつりと途絶えました。

kimiさんに出会い、十数年の歳月が経た後、こうして今、光を届けるお手伝いをさせていただいています。
お手伝いなどともおこがましく、私の魂の成長や三次元での意識の成長のために、なんというありがたい
天の計らいでしょうか。
Nさんは、私の恩人も同様なのです。

Nさんという方を通し、私は知らない間に光へ進められていたのです。
もちろん、Nさんだけのことではなく、すべてのことが係わりあい織りあいながら、光へ進んでいたのです。

先日の日記で、Nさんが精神の状態を乱していらっしゃるということを知り、私の胸は言いようのない
想いでいっぱいになりました。
私の魂をこのように光に導いてくださった方が、そのような状態にいらっしゃるとは・・・

>彼もまた愛の大河のなかで生きているのですから。

という言葉にがじ~んと心に深く沁みこんできました。
この世の精神が不安定な状態にあっても、Nさんのトータルは、愛と光に満ちていらっしゃいます。

せめてものご恩返しは、私がこの世で愛と光に満ちた人間になることです。
精進してまいりたいと思います。


とても長文になってしまいました。
申し訳ありません。

私のNさんへの想いを、この光の場で流したかったのです。
お読みくださった方は、ほんとうにありがとうございました。

ただ絶句なのだが…

愛の大河…
遍満充溢、生々流転
愛、光、いのち
生きとし生けるものに!

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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