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1965日目 - 自尊心

 

朝、水を汲みに行く。
水場の近くに、野イチゴが咲いていた。
白い花には、ミツバチが止まっていた。
もう赤く色づき始めた実もあった。

コメント欄に、自尊心について書き込みがあった。
自尊心とは、何だろうか。
自分を尊ぶ心とは?
・・・

それは、自分の拠り所だろうか。
自分が、依って立つ基盤だろうか。
自尊心こそが、自分を支えているものだろうか。
「自分は、○○○」

仕事が遅いと言われても、自分は丁寧にやっているというのが自尊心。
商品が高いと言われても、自分は質の高いものを売っているというのが自尊心。
成績が悪いと言われても、一生懸命努力しているというのが自尊心。
食事がまずいと言われても、インスタント食品ではないというのが自尊心。

自分は、できる。
自分は、大学を出ている。
自分は、大きな会社で働いている。
自分は、管理職をしている。

自分には、やさしい配偶者がいる。
自分には、頭の良い子供がいる。
自分には、持ち家がある。
自分には、お金や財産がある。

自分は、信頼されている。
自分は、尊敬されている。
自分は、認められている。
自分は、信用されている。

自分には、友達がいっぱいいる。
自分には、少ないけれども親友がいる。
自分には、才能がある。
自分には、才能はないけども人気がある。

自分は、失敗したけれども誠実にやった。
自分は、批難されているけれども間違ってはいない。
自分は、悪く言われても世の中のためにやっている。
自分は、間違ったけれども誤魔化したわけではない。

自分は、自分は、自分は・・・
数え上げたらキリがない。
それらすべての「自分」が、自分というものを支えている。
それこそが、まさに自分自身。

その自分というのは、自己イメージ。
これが自分という思い込み。
自分という客観的なものがあるわけではない。
それは、自分が自分に持つ自己イメージに過ぎない。

その自己イメージこそが、自分の正体。
その自己イメージこそが、自分のバックボーン。
「貧乏でも、後ろ指を指されるようなことはしていない」というのが、自分を支えているもの。
「たとえ出世できなくても、人を裏切ったりはしない」というのが、自分の拠り所。

人は、たくさんの拠り所を持っている。
仕事ができないと非難されれば、趣味に拠り所を見い出す。
才能がないと言われれば、努力していることに価値を見い出す。
美しくないと言われれば、スタイルのよさでカバーする。

容姿に自信がなければ、才能で自分をキープする。
才能にも自信がなければ、人柄で自分を維持する。
人柄にも自信がなければ、お笑いで自分の存在感をアッピールする。
お笑いも苦手なら、カラオケでみんなに認められるようにする。

どんな些細な事でも自分の拠り所となる。
小学生の頃は、成績が良かったとか。
運動会で一番だったとか。
親が地域の有力者であったとか。

たとえ今は落ちぶれても、昔はお金があったとか。
以前は、会社を経営していたとか。
ある時期、大きな家に住んでいたとか。
贅沢三昧をしたことがあるとか。

有名人と握手したことでさえ、自分の誇りとなる。
同じ町に著名人がいるだけで、自分のことのように誇れる。
母校が甲子園で優勝すれば、自分が優勝したように話す。
自分の子が有名校に受かりでもしたら、自分自身が受かったよりも鼻高々。

外車に乗っているだけでも、自尊心は十分満たされる。
ブランド物を持っていることは、自尊心をくすぐる。
人が持っていないものを所有していることは、何よりも誇らしい。
高級な香水を付けているだけで気分が高揚する。

誰も行ったことのないところへ行った。
多くの外国を旅した。
有名人をたくさん知っている。
病気をしないことさえ、自分の誇りとなる。

たとえ病気がちであっても、それに負けないで頑張っていることが自尊心。
たとえ貧しくても、万引きしないのが自尊心。
たとえ万引きしても、捕まらないのが自尊心。
たとえ捕まっても、もっと悪い奴がいるというのが自尊心。

自尊心は、どこまで行ってもあり続ける。
もしこれがなくなると、自己の存在が危うくなる。
自尊心を手放せば・・・
自信は消え、自分を信じられなくなる。

そこには、死が待っているかもしれない。
事業に失敗し、債権者にボロクソに言われ、自尊心がズタズタになって・・・
自殺する人は、後を絶たない。
失恋で自殺する人もいる。

失恋こそは、まさに自尊心が傷つくことの最たるもの。
まるで自分が否定されたかのよう。
自信を喪失し、生きる気力が失せてしまう。
そうならないためには・・・

相手を否定し、自分をキープするしかない。
相手の欠点を数え上げ、人を見る目がないと非難する。
自分のことを何もわかっていないと、慰める。
相手でなくても、周囲や状況のせいにすることもできる。

何であれ、自分以外のもののせいにして自尊心を守ろうとする。
自尊心とは、自分そのもの。
どんな些細なことであれ、自分を支えているもの。
それこそが、実は「自分」の正体。

「自分」とは、自尊心の集合体。
自尊心を支えているものこそが、自分の中身。
そんなことはない?
自分は別にある?

それでは、自尊心以外の自分とは?
どこにあるのだろうか。
自尊心ではない自分は、どこに・・・
愛?

愛した人が自分を非難したら?
愛した人が自分を傷つけるようなことを言ったら?
愛した人が他の人と親しくしていたら?
愛は、自尊心に勝るだろうか。

自尊心が否定されても、愛し続けることができるだろうか。
自分を否定されても、愛は継続するだろうか。
自分というものは、自尊心で成り立っているのではないだろうか。
自分から自尊心がなくなったら、自分も消えるのではないだろうか。

自分には、何の才能もありません。
自分には、恋人も友達もいません。
自分には、仕事も家もありません。
自分には、何も誇れるものはありません。

と言う人でさえ、人に迷惑はかけていないと主張するかもしれない。
悪いことはしていないと言い張るかもしれない。
悪事をさんざん働いた人でさえ、家族を守るためにやむを得なかったと言うことだろう。
会社の犠牲になっただけと言うに違いない。

最悪の状況になっても、何とか自分を維持しようとする。
その拠り所が、自尊心。
自尊心こそが、自分自身。
自分そのもの。

自己否定する人でさえ、自己否定することによって自分を維持しようとする。
自殺する人でさえ、世の中のせいにして自己正当化しようとする。
最後の最後まで自尊心を持ち続ける。
自分というものを持ち続けようとする。

自分、自分、自分・・・
自分こそが、この世を生きる基盤。
自分こそが、自分そのもの。
その自分の実態は・・・

本当は、よくわかっていない。
自分の中身を吟味している人は、ほとんどいない。
自分とは?
・・・

自分の実態をよく理解することだろうか。
自分の中身を深く理解することだろうか。
それは、意外と浅いものかも?
ブランド物や外車が自分を支えていたりして・・・

いやいや、そんな浅いものではない?
もっと深い精神世界が自分を支えている?
魂?
神?

しかし、ほとんどの人は、神も仏も知らない。
知っているのは、そのイメージだけ。
思い込みという偶像。
自分の都合のよいようにアレンジされた神や仏。

自分より偉大と思えるものを拠り所にしているだけ。
自分より安定していそうなものを拠り所としているだけ。
それもこれも自分を維持するため。
自分を守るために他ならない。

神も仏も自尊心も、その根は同じ。
自分を守るため。
突き詰めれば、自己保存の本能。
動物と同じ。

人は、動物と同じ次元で生きているのだろうか。
ただ自己保存の本能だけで生きているのだろうか。
長い人類史を振り返ると、それを否定するのは難しい。
人生に自己保存の本能が占める割合は?

今日は、このあたりにしよう。
あまり自尊心を傷つけると、この日記を読んでもらえなくなるかもしれない。
自己否定されて喜ぶのは、マゾヒストだけ。
普通は、自尊心をくすぐられる方が気分がいい。

この日記は、間違っても自尊心をくすぐることはない。
自己否定される場面の方が、圧倒的に多い。
ハー、この日記の読者は、みんなマゾヒスト?
自分は自己否定している、という自尊心も・・・


『ささやかな イメージ頼り 身を守る 自尊心とは 自己維持装置』

『ズタズタに されても何か 見つけ出し 自分支えて 自分を守る』

『依って立つ 基盤は己が 自尊心 自分支える 最後の砦』

『身を守り 維持するための 自尊心 傷つけること 誰も許さず』

『自尊心 なければ楽に 生きられる あれば傷つく ことが絶えない』

『守ろうと しているものは 自尊心 その実態は ただのイメージ』


これが日記を書き始めて1965日目の心境。



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コメント

自尊心ボロボロ

□_ヾ(^-^ヽ) あ、日記がアップされてる♪

□_ヾ(^-^ヽ) kimiさん、今日も日記をアリガトウゴザイマース♪


グ・・・

□_ヾ( ̄▽ ̄;) 

―( ̄∇ ̄;)→グサッ!!!

□_ヾ(T□T;) 

―( ̄∇ ̄;)→グサッ!!! 


―( ̄∇ ̄;)→グサッ!!! ―( ̄∇ ̄;)→グサッ!!! ―( ̄∇ ̄;)→グサッ!!!

・・・・・・・・・

[PC]ヾ(_ _ o)~† パタッ  ピーー。←充電が切れる音


すばらしい日記をありがとうございました。
いや~、もう、すごすぎて言葉がありません。
感動です!
そのとおりです!!
ぐうの音も出ないってこのことですね!

そして、そうです。
私はマゾヒスト。
今、続きをワクワク心待ちにしている自分がおりますでございます。

そういうkimiさんは、サディスト?
そうか、やっぱりそうだったのか・・・

本能なんだ!

自己保存は、種の保存でもある。

多様化の種の分離が、
またうやむやに消滅しないように、
自己保存が多様化を維持している。

まあ、人類の自尊心は、
種の保存における自己保存が心にもあって、
いい場合もあるけど、
副作用で心を痛めることもある・・・ってことですね。

自尊心が疼いて少々心が痛くても、
副作用、副作用と笑って済ますことにしましょう・・・か。

Re:1965日目 - 自尊心(05/21)

自尊心、知らなかったので大変参考になりました。
ありがとうございました。
自尊心って自分を知るために重要ですよね。
とてもわかりやすく説明してあり、へぇ~を(心の中で)50回くらい言ってました。なるほど☆です。

Re:1965日目 - 自尊心(05/21)

あ、私はマゾヒストではなく傍観者です。

見守っていれば「在ってもいいよ~」

私はきっと自尊心の塊でしょうね~・・・層のように掘っても掘っても出てくる・・・・、はたまた人類全体と一体化した集合意識の海の中で、自我とか自尊心と言う個の塊が、波頭のように変化しながら浮かんでいるような感じですか~。掘っても掘っても出てくる・・・からこの頃瞑想するようになりました。そして、溺れないように浮き輪の役目をする『静かな見守りの意識』で、自分も他者も裁かないように見守りながら、手放すことにやっと気がついてきたところ。自分という自我に気がつくのに、恋愛はすごいツールです。ビジョン心理学のチャック・スペザーノ博士は『傷つくならばそれは愛ではない』と名言がありました。深い言葉です。
kimiさんの後編はどんな内容かなぁ~、日記のUP待ってます。

Re:1965日目 - 自尊心(05/21)

>自己否定する人でさえ、自己否定することによって自分を維持しようとする。
>自分は自己否定している、という自尊心も・・・


私は自己否定によって、沢山の苦しみや問題を作ってきてしまったように思います。
自己否定が強まると、肉体も心も魂も意識も・・何一つ残らぬように、どこにも生まれ変わる事など無いように、消えてしまいたくなります。
前向きに生きていくには、自己否定でなく自尊心を持たなくてはと思っていました。

自己否定しているという自尊心・・ とは・・
出来ましたら、もう少し解説していただけないでしょうか?
よろしくお願いします。

Re[1]:1965日目 - 自尊心(05/21)

シオンさん

>自己否定しているという自尊心・・ とは・・
>出来ましたら、もう少し解説していただけないでしょうか?
>よろしくお願いします。
-----
自己否定しているのは、誰でしょうか。
何が、自己否定しているのでしょうか。
自己否定している主体は、何ですか。
自己否定しているものの実体は、何ですか。
いったい誰が、何が自己否定しているのでしょうか。
私が?
その私の実態は?
私というものの中身は、何ですか。

自尊心

私はネガティブな言葉や汚い言葉を言われることと、
自分と同一化してきたんです。

どっちにしろ、肯定や否定のものさしがないと、自分がいられないのですね。

自分が肯定も否定も作っているということか。
闇と光がないと、自分が居られないというものと同じで。
損得ですね、自分なりの。
結局自分がその世界に居つづけようとしている。

否定も肯定も表裏で、自分というものを通し、受け取る。
自分というものは、こうであろうと、こうでありたいとか、
経験がこうだったとか、そんな思考と経験を絡ませて出来上がってきてますが・・・

どんなに肯定されても、否定されても、やはり自分というものから見る世界は苦しい。
一瞬の満足の後には、また不安がまっている。
痛みも傷も何もかも苦しい。

どれだけ、自身を理解するかしかないのですね。
自尊心に頼って、直視していないなあ、と感じることも多々あります。
まだつかんでいるものが見えずおぼれている。

人があって自分を存在させる。
周りがあって自分を存在させる。
状況や社会環境があって、自分を存在させる。

そうじゃなくて、すべてと共に・・・自分という殻や
イメージを作る前の空っぽの中で・・・
存在そのものを全身全霊使い切り、愛し、羽ばたかせていく・・・
その原動力そのものであれば、なんて気持ちいい。

流れているいのちをすべてとめどなく燃やし、使い切りたい・・
それは共にしかないのだよなあ。分離はできない。
自分だけではもう無理だもの。
左右されている場合じゃないんだよなあ・・・。

自分で隠しているのでしょうが、
光やいのちは見えてこないし、なかなか強くなりませんね。

クリアでないのだな。
ごめんなさい、改めて整理に書き込み使っています。
自身が少し見えてきました。

が、やっぱり行きたい方向は決まっているのだとこの日記でなお感じてます。

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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