記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

1972日目 - 人の生きる道

「1966日目 - 人類史」の続き。


今日から「屋久島ナチュラルヒーリング」のHPでは、双子座の水晶祭りが始まっている。
双子座的な雰囲気のあるものが、28組登場している。
水晶祭りが始まって、改めてパソコンにストックしてある水晶の写真を眺めてみた。
すると・・・

すてきな水晶たちが、次々と現れる。
美しい!
見飽きない。
この世には、なんと美しいものがあるのだろうか・・・

これらの美しい水晶たちは、偶然に存在しているのだろうか。
水晶に限らず、美しい花々も数知れない。
それらも偶然の産物だろうか。
それとも・・・

新種を創り出すことは、古くから行われていた。
バラなどは、多くの新種が創られている。
犬も、いろいろ掛け合わせて新種が創られる。
それらは、意図的に創り出されたもの。

この世に意図なしで存在するものがあるだろうか。
偶然の産物があるだろうか。
すべては、何らかの意図が働いているのではないだろうか。
美しい水晶を創り出す天使たちがいるのではないだろうか。

人は、自己保存の本能をベースに生きている。
生きることを最大の命題としている。
それは、必要なこと。
しかし・・・

肉体を維持するだけでは、十分とは言えない。
それだけなら、動物と変わらない。
動物たちも必死に種の保存のために生きている。
本能のままに生きている。

人が花や犬の新種を創り出すのさえ、生活のため。
自分自身を守るため。
純粋な創造行為とは言いにくい。
それも自己保存の一部。

しかし、天使たちが美しい水晶や花を創るのは、少し違うかもしれない。
それは、宇宙の創造行為の一環かもしれない。
自己保存のためではなく、地球創造?
趣味のガーデニングみたいなもの?

人は、パンのみにて生きるものにあらず!
人が肉体を維持するのは、必要条件。
それとともに、宇宙創造の一翼を担うのが十分条件だろうか。
それでこそ、神々の末裔と言えるのではないだろうか。

自分の肉体を維持したうえで、地上で現実創造を行う。
宇宙創造の一環としての地球創造の一翼を担う。
それが、人の役割ではないだろうか。
それでこそ、必要十分条件が満たされるのではないだろうか。

人は、天と地をつなぐもの。
天とは、宇宙の意志。
地とは、地球の創造。
天の意志を地上に実現するのが、人の役割ではないのだろうか。

人とは、霊止(ひと)。
霊が肉体に止まっている存在。
それは、霊(天)と物質(地)を融合させるための存在形態。
天にあるごとく地にもあらしめるためのもの。

天の意志は、自分の魂を通してやって来る。
この地上での自分の使命。
自分の役割。
それが、宇宙創造の一翼を担うということ。

自己保存だけでは、動物と同じ。
それでは、神々の末裔とは言い難い。
最も大切なものが、欠落している。
それは、霊性。

天と地を肉体を通して融合させる。
天の意志を地に実現する。
宇宙創造の一翼を担う。
それが、人の生きる道ではないだろうか。

これまでの人類は、自己保存ベースで生きてきた。
肉体を維持することを第一命題としてきた。
それも必要なことだけれども、それだけでは不十分。
天の意志が欠落している。

天の意志とは、霊性。
自分のなかに生きる神。
魂やグループソウル。
八百万の神々。

そういう存在と一つになって生きることだろうか。
自我という宇宙の孤児になって生きないことだろうか。
肉体限定バージョンの意識で生きないことだろうか。
無限につながる意識と共に生きることだろうか。

人は、肉体のみにあらず。
自分のうちに無限の可能性を宿すもの。
神々の末裔。
宇宙創造の一翼を担うもの。

深く深く自分自身と一緒に生きることだろうか。
意識の奥の声を聞きながら生きることだろうか。
魂や神々とつながって生きることだろうか。
自分の真実を求め続け、自分の真実を生きることだろうか。


『地を守る 天使の意図(ゆめ)が 花となり 水晶となる 地球創造』

『肉体を 守るだけでは 不十分 天の御国を 地にも実現』

『何のため 人は生きると 問われれば 宇宙の意志を 実現するため』

『人はみな 地を這うものに あらずして 天に羽ばたく 翼持つもの』

『真実に 生きるためには 自(みずか)らの 意識の奥と 共にあるべし』


これが日記を書き始めて1972日目の心境。


関連記事

コメント

創造主の羽ばたき

地球のどこかで蝶が羽ばたくと、
その動きの連鎖で世界が動く・・・・とか。

宇宙の片隅で創造主が羽ばたいた連鎖で、
宇宙のすべてが波打ちながら、
円を描きつつ宇宙創造にいそしむ。

人が、いのちを操るようになったとしても、
それも創造主の羽ばたきの結果?
創造主の意図か、
創造主も連鎖の流れを楽しんでいるのか、
それは私にはわかりませんが・・・・。

あらゆる生物が(鉱物すら?)自らの姿を、
生き残るために進化という変化を繰り返してきたように、
人は更に他の生物をも変化させて、
人類の生き延びる術を増大させてきた。

創造主の羽ばたきは、
肉体の世界では百花繚乱・・・
創造主はじゅうぶん楽しんでいるようですね。

心は・・・
百花繚乱についていけないのかも知れない。
一心不乱に自己保存に突き進んでいる方が、
まだ気楽なのかも知れません。

ずっと後ろに取り残された心に想いを馳せると、
空ならぬ、虚しい空虚の向こうにうずくまる、
はたまた、茨の茂みに紛れ込んでもだえる、
足もと心もとない心が見える。

心を遠く引きずる人の百花繚乱のかげり・・・
心を引き寄せようとあがかずとも、
自らの魂をのぞいてみれば、
創造主に繋がる糸を・・・(意図を?)
見つけることが出来るのでしょうか?

創造主の気まぐれか意図か?
どちらにしても、
人は今、自らの魂と対話する時を迎えているのですね。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

Twitter

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

カウンター

  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。