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2087日目 - 極めて簡単なことなのだが・・・


屋久島は、さわやかに晴れ上がっている。
夜は、虫の音が鳴り響く。
実は、朝の今も虫の音が聞こえている。
鈴虫もいれば、コオロギもいる。

自然は、いい。
平和そのもの。
しかし、人は争い合っている。
昨今は、尖閣列島が騒がしい。

中国では、各地で日本に対する抗議デモが起きている。
台湾からも抗議の船が尖閣列島に向かった。
中国政府の反応は、予想以上に高姿勢。
それには国内向けの事情もあるだろうが・・・

相変わらず人類は、所有権争いをしている。
自分のものという観念こそが、自我。
お互いに自我で争い合っている。
自己所有を広げたいだけ。

尖閣列島問題を解決する方法は、一つしかない。
それは、お互いに一緒に活用すること。
地球というのは、元々誰のものでもない。
人間が、自分のものと言い張っているだけ。

所有権を争って、力ずくで戦う。
それが、人類史のようなもの。
まさに自我の歴史そのもの。
いつまでそんなことをしているのだろうか。

一つの地球。
一つの人類。
みんなで一緒に有効利用すればいいだけのこと。
そうでないと・・・

サル山と変わらない。
サルの世界では、メスをめぐって争いが絶えない。
メスを自分のものにしたいというオスたちの争い。
人間も同じようなことをしている。

それは、すべて自己保存の本能。
それも悪くはない。
確かに、そういうふうにインプットされている部分もある。
しかし、それだけでは、動物と変わらない。

動物と人間の違いは何だろうか。
それは、思考力だろうか。
確かに、これまで多くの文明の利器を発明してきた。
しかし、思考力では、動物次元を超えられない。

思考力は、本能に振り回されてきた。
本能を拡大させるために、思考力は使われた。
より多くのものを所有するために、思考力は使われてきた。
それが、自己の安全を保証するものだと思い込んで・・・

しかし、いくら所有しても安全は保証されない。
持てば持つほど、奪われる危険性が増す。
金持ちになればなるほど、所有物を守るための気苦労が絶えない。
そんな陣取りゲームをやっていても、安全が保証されることはない。

安全が保証される唯一の道は、陣取りゲームをやめること。
所有すること、奪うことをやめること。
手放すこと、そして、与えることを学ぶこと。
それ以外に安全が保証される道はない。

そんなことは、わかっている?
それは、理想論に過ぎない?
机上の空論?
確かに!

そのようなことは、お釈迦様の時代から言われていること。
イエス・キリストだって、さんざん愛を説いた。
にもかかわらず、何千年経っても人類は、さほど変化したようには見えない。
今も世界中で争いが絶えない。

もう少し生活水準が上がる必要があるのだろうか。
「衣食足りて礼節を知る」とも言う。
しかし、アフリカの何倍も所得のあるアメリカでは、アフリカ以上に犯罪が多い。
貧富の差が、犯罪の温床となっている。

貧富の差は、所有欲の延長でしかない。
自分のものとして囲い込む。
欲望は、限りない。
それを羨むのも、また欲望。

欲望と欲望とが、ぶつかり合う。
それは、地獄。
天国とは、程遠い。
それが、今の人類の現状。

尖閣列島は、自分のものという思い込み。
その自分のものを他に犯されたという思い込み。
そこから怒りが生まれる。
それは、自分自身が侵害されたのと同じ。

自分の安全が危機にさらされれば、自分を守るために戦う。
まさに自己保存の本能。
極めて狭い了見。
視野狭窄。

集団視野狭窄が、起きている。
誰もが、自己中心。
虫眼鏡のような視野しかない。
中国人、日本人という差別と思い込み。

解決策は、はっきりしている。
視野狭窄を外すこと。
もっと視野を拡大し、人類全体に広げること。
人類全体が生きていけるように考えること。

自分を生かすことも必要。
同時に、みんなを生かすことも必要。
人類全体が幸せにならない限り、自分の安全は保証されない。
みんなが安全でない限り、自分だけの安全ということはあり得ない。

視野を広げること。
明治維新の時、藩意識から日本という意識への転換があったように。
藩や幕府に縛られた者は、消えていくしかなかった。
日本という視野を持った者だけが、新しい時代を切り開くことができた。

今の時代は、地球や人類という視野が必要。
自分や民族や国家などは、もう古い。
民族も国家も、自分の延長でしかない。
自己所有の拡大版。

それもこれも、みんな思い込み。
思考と本能が織りなす阿鼻叫喚。
自分を守ることにベースをおく人類史。
自己中心の自我意識がつくり出してきた人類の歴史。

その近視眼的な生き方を変える必要がある。
意識が、目の方に行き過ぎている。
そうなると、目先のことに振り回される。
もっと意識を奥に引かないと・・・

意識が顔の表面に行くと、表面意識となる。
そうなると、この世のことばかりに関心が向く。
この世のことばかりとは、物質にベースをおくこと。
肉体ベースになること。

肉体ベースになると、自己保存の本能に振り回される。
自分の安全のために自己所有に走る。
そうなると、争いが絶えない。
それが、これまでの人類史。

意識を後頭部の方に持っていく。
後頭部の方から、すべてを見渡すようにする。
そうすると、視野が広がる。
自己中心ではなくなる。

意識が顔の表面に行くと、近視眼的な視野狭窄となる。
意識が後頭部の方に行くと、視野が広がって全体を見渡せる。
そうすると、落ち着いて何事にも対処できる。
意識が顔の表面にある限り、目先のことに振り回される。

意識のポイントを後頭部の方に引くことだろうか。
そうすれば、余裕を持って生きられる。
この世的な意識だけでなく、もっと深い意識が現れてくる。
物質を超えた霊的な意識も現れる。

自分、自分、自分・・・ではなくなる。
自己限定の視野狭窄が外れる。
自分と共に全体を見ることができる。
平和で穏やかな気分で生きられる。

極めて簡単なことなのだが・・・
多くの人が、そのことをわかれば、時代が変わる。
地球の新しい時代がやってくる。
しかし・・・

これまでの習慣が、それを妨げる。
過去ベースに縛られた意識は、新しいことがなかなかできない。
未知のものには、恐怖を覚える。
過去にベースをおくことが、安全と錯覚している。

慌てず、焦らず、ゆっくりやるしかない。
一歩一歩着実に進むしかない。
一つ一つ理解を深めていくしかない。
光は、既に灯(とも)っている。


『何であれ 自分のものと 思う時 思い込みから 争い起きる』

『手放して 何もなければ 目の前に 現れるもの 楽しむばかり』

『目先から 意識を奥に 引くことで 余裕を持って 全体見れる』


これが日記を書き始めて2087日目の心境。
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コメント

簡単なこと・・・いいなあ!

>視野狭窄を外すこと。
>もっと視野を拡大し、人類全体に広げること。
>人類全体が生きていけるように考えること。

国際版坂本竜馬君いないかなあ・・・
地球同盟に奮闘してほしいけど、
とりあえず今、日中同盟ということで・・・

日本の政治家も、
視野狭窄はやめて、
国民全体のことを考えて国会をやってほしい。
相手のつるし上げに、税金使って国会を使わないでほしい。
国会は純粋に国民のためを考える場にしてほしい。

簡単なことだと思うんだけどなあ・・・

Re:2087日目 - 極めて簡単なことなのだが・・・

世の中の紛争、葛藤も相手を同じ人間と共感をもって認めあえたら、分かち合い共に生きていこうと思えれば…大抵なんとかなりそうな気はします。
でもそもそもそう考え行動も出来ず、内に紛争、葛藤を抱え込んでいるのが現実の私ですね。はぁ~。正に「あなたが世界なのです。」

タイトルが

実にいいですね。

「極めて簡単なことなのだが・・・」

極めて簡単なのですよね。
何もかもすべてシンプルなのに、何をごちゃごちゃごちゃごちゃ
頭をフル回転させているんだろう・・・っていうのは、個人から全体、
すべてのことに対してです。

世の中、何もかもが自分中心、自己保存のために動いています。
自我ありきです。
個人であり、国家であり、ほんの日常の小さなことから、地球規模の
大きなことまで。

でも、小さいも大きいもなくて、すべてのことを広く大きな意識で見て感じて、
何が大切なことなのか、常に愛と調和のなかで感じ行動したら、
何も問題は起こらないですよね。
和していくだけだと思います。

極めて簡単なことなのですね。

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光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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