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2148日目 - 共依存を超える道

(2146日目の続き)

寄り添うことは、見守ることに似ている。
寄り添うことは、相手を自分の思うように支配しようとはしない。
相手に沿って、連れ添うこと。
つまり、相手を活かす方向で共に生きること。

寄り掛かれば、お互いに重たくなる。
それでも、お互いのバランスが取れている間はいい。
そのうちにバランスが崩れると、肩透かしを食う。
一方的な重さに耐えられなくなる。

依存することは、支配されること。
支配されれば、自由はない。
自分の思うように生きられない。
それでは、やがて不満が爆発する。

そういう関係は、長続きすることはない。
我慢に我慢を重ね、熟年離婚となる。
その我慢してきた期間の人生は、何だったのだろうか。
あまりにももったいない人生となる。

寄り添うことは、共にいること。
支配しようとしないで、陰で支えること。
相手が幸せになるように、相手に沿ってサポートすること。
そういう関係は、長く続く。

見守ることも、それに似ている。
ただ一緒にいる。
静かに包み込んでいる。
支配しようとも、自分の思うとおりにしようともしない。

それは、生き方の基本。
肉体と共にあって、肉体を活かし、共に生きる。
肉体そのものになりきらない。
肉体に寄り添って生きる。

感情そのものになりきらない。
感情と共に生きる。
思いそのものになりきらない。
思いと共に生きる。

人格も同様。
人格そのものになりきらない。
人格を見守りながら、人格と共に生きる。
今生の人格の中には、多くの過去が含まれている。

子供時代のトラウマもある。
癖や習慣やパターンもある。
先入観や偏見もある。
囚われや執着もある。

そういう人格を見守り、共に生きる。
人格そのものになりきらない。
ただ寄り添うだけ。
ただ見守るだけ。

人は、主体であり客体。
人生を創造する主体。
そうであると共に、それを見守られている客体。
そして、見守っている意識。

主体も自分。
客体も自分。
見守っている意識は?
自分ではない。

見守っている意識は、どのような存在だろうか。
人格の場合もあるだろう。
ハイアーセルフの場合もあるかもしれない。
魂やグループソウルのこともあり得る。

あるいは、まだ名前さえない未知の意識かもしれない。
見守りの意識は、無限。
ひとつに通じている。
全体に通じている。

創造の主体は、個。
見守りの意識は、全体。
個であり全体とは、創造する主体であり、同時にそれを見守っている意識であること。
その時に、孤独地獄から脱却できる。

個だけでは、どこまで行っても孤独。
宇宙の孤児。
寂しさから共依存となる。
肉体や物質の虜になる。

そういう自分を見守る意識が、それを超える。
それは、赤ちゃんと母親のような関係。
身一つが、身二つになった後の関係。
お互いに支配したり依存したりしない関係。

黙って自分を見守る。
肉体を見守り、感情の動きを見守る。
思いを見守り、自分という人格を見守る。
支配したり思うとおりにしようとしないで、ただ見守る。

見守ることは、ただ無条件に一緒にいること。
何もしない。
ただ静かに寄り添うだけ。
無作為。

そこに自我はない。
ただ見守る意識があるだけ。
その意識が、個を超えた意識。
個であり全体である道。

ポイントは、赤ちゃんのままでいないこと。
母親にもなること。
子であり親であること。
それを同時に生きること。

人生を創造する主体。
それを見守っている母親のような意識。
それを同時に持つこと。
それが共依存を乗り超えていく道。

いつまでも赤ちゃんや子供のような意識だけで生きていたのでは、救われることはない。
自分に対して、母親の意識を持つこと。
見守る意識を持つこと。
無条件で自分自身に寄り添うこと。

そのように生きれば、共依存を乗り超えられるかもしれない。
そうしない限り、依存と支配の悪循環にはまってしまう。
不安と所有の地獄に落ちる。
孤独地獄から救われる道はない。

自我とは、所有。
不安に苛(さいな)まれる意識が、安心のためにより多くを所有したがる。
所有すればするほど、所有したものに縛られる。
それもまた共依存。

そういう自分を見守る。
未熟な自我を見守る。
不安で所有したがる自分と共にいる。
そういう自分に寄り添う。

自分を変えようとしない。
ただ一緒にいて、理解する。
深く深く理解する。
理解されれば、自然に変わる。

自分を変えようとすれば、自己分裂が起きる。
それでは、葛藤と苦しみの人生となる。
自分を変えようとせず、ただ見守る。
宇宙の母のような気持ちで、自分に寄り添って、ただ見守る。


『個を生きる 自由創造 思いきり それと同時に 自分見守る』 

『母親の つもりになって あたたかく 自分見守る 変えようとせず』

『母親の 子宮のなかは 分離なき 真の宇宙の 原型に似て』

『見守りは 無限の意識 何もせず ただひたすらに 自分見守る』

『見守りの 意識のなかに 包まれて 個は全体と 共に生きれる』

『個であって 全体である 生き方は 見守りながら 自由創造』


これが日記を書き始めて2147日目の心境。



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Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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