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2151日目 - 充実と広がり


朝から鳥たちが飛んでいた。
数十羽はいただろう。
最近は、よく鳥たちの集団を見かける。
多い時は、百羽を超えている。

今日の屋久島は、晴れている。
昨夜までの雨で、落(おとす)の滝は大きく膨らんでいる。
ススキの穂が、風に揺れている。
先程までは、そこで鳥たちが遊んでいた。

人の意識は、重箱のようなもの。
一番内側が、肉体。
その次の箱が、幽体。
次が、霊体。

それより大きな箱は、神体。
一番外側の箱には、境界がない。
一番外側の箱は、無限大。
あるのか、ないのか・・・

それぞれの箱は、お互いに浸透し合っている。
ということは、一番内側の箱には、全てが浸透していることになる。
これは、あくまで例え。
別の表現の仕方もある。

一番内側の箱が、肉体。
これは、変わらない。
その次の箱は、人格。
それを包んでいる箱は、魂。

魂を包んでいる箱は、グループソウル。
グループソウルを包んでいる箱は・・・
キリがない。
一番外側の箱は、同じく境界を持たない。

ポイントは、一番内側の箱だけで生きないこと。
あるいは、肉体と人格の箱だけで生きないこと。
もっと外側の箱も意識して生きること。
意識が外の箱に向けば向くほど、意識は拡大していく。

内側の箱だけでは、狭い了見。
物質次元オンリーの意識では、宇宙の真実はわからない。
この世限りと思い込み、目先の利益に走る。
宇宙の大局を見失う。

箱がある限りは、個。
個のバリエーション。
個が、どんどん広がるだけ。
それは、どこまで行っても有限。

それは、色の世界。
空の世界ではない。
空の世界は、一番外側の箱だけ。
あるかどうか定かではない箱。

個であり全体であるとは、個々の箱であり、それと同時に一番外側の箱であること。
境界を持つ箱であると共に、境界のない箱でもあること。
個として主体的に生きると共に、全体として見守りながら生きること。
その時に大切なことは・・・

個として主体的に生きる時には、しっかりと個にフォーカスする。
自分自身を充実させる。
自分にしっかり集中する。
そうでないと・・・

分裂症や統合失調症になってしまう。
個が確立されない。
瞑想ばかりしていると、人格が不安定になる。
自分を乗っ取られる危険がある。

瞑想とは、拡散。
個に集中しているものを全体に広げる作業。
しかし、それをやり過ぎると、自分というものが曖昧になる。
自分というのは、この世を生きる主体。

人格というのは、この世を生きるために必要な乗り船。
それが分裂していたのでは、この世を適確に生きることはできない。
しっかり自分に集中すること。
それなしでは、安定した仕事はできない。

しかし、それだけでも足りない。
それだけでは、この世人間。
物質人間。
個として全体から孤立した人間となってしまう。

自己にしっかり集中し、主体的に生きる。
それと同時に、そういう自分を見守る。
集中した意識と、広がった意識。
それが同時に必要。

中心部は、集中し、充実している状態。
周辺部は、無限に広がっている状態。
それが、最高のスポーツマンの状態。
それが、究極の武道家の状態。

集中だけでは、足りない。
それでは、外が見えない。
外だけに気を配っていても、十分とは言えない。
内側が充実していなくては、現実を動かす力はない。

内側を充実させ、外側を無限大にする。
それが、達人の域。
集中と拡散。
個であり全体。

瞑想的で意識は広がっても、肉体が病気ではしかたがない。
それは、拡散し過ぎ。
集中不足。
一般的には・・・

その逆が多い。
つまり、個に集中し過ぎ。
全体を忘却している状態。
個といっても、いろいろある。

肉体の感覚に集中している人。
感情に集中している人。
思考に集中している人。
ハイアーセルフに集中している人。

それらも一定してはいない。
フォーカスは、変化する。
昼間は肉体に集中している人でも、夜になると夢の世界に集中する。
夢の世界は、非物質界。

非物質界と一口に言っても、限りない広がりがある。
そのどこにフォーカスするかで、精神状態はまったく異なる。
天使や天女の世界もある。
天狗や魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界もある。

自分がフォーカスしたところで生きることとなる。
昼間は嘘をつけても、夢の世界では嘘はつけない。
昼間の自分の意識状態が、そのままに夢に反映される。
自分自身をごまかすことはできない。

しっかりと自分に集中し、それを見守って生きる。
個として主体的に、この世の創造に励む。
それと同時に、そういう自分を見守る。
個々の箱であり、無限の箱でもある。

個であり全体であるとは、究極。
全体と繋がった個として生きることは、宇宙の大原則。
それは、魂になってもグループソウルになっても通用する。
宇宙がある限り、あり続ける原則。

なぜなら、宇宙はそのようにできているから。
空という全体があり、色という個々がある。
その個々の無限の組み合わせによって、宇宙は成り立っている。
しかし、個々がバラバラに動けば、宇宙は混乱する。

全体との繋がりをなくした個々は、混乱の源となる。
それが、今の地球人類に起きていること。
この現実世界を見れば、それは一目瞭然。
歌を忘れたカナリヤは、食べることだけに奔走している。

美しく歌うために食べるのに・・・
食べるためだけに食べるカナリヤの、なんと悲しいことだろうか。
それでは、自家中毒。
同じところを空回りしているだけ。

宇宙に響く歌声で、美しくさえずってこそカナリヤ。
個性的な歌を響かせてこそ、生きている価値があるというもの。
ただ食べるだけのカナリヤは、あまりにも寂しい。
寂しいからこそ、共依存に走る。

それは、小さな箱だけにフォーカスした結果。
もっと大きな箱があることを知らない結果。
視野狭窄。
自分の周りしか見えていない状態。

自分を見守りながら生きることだろうか。
そうすれば、視野が広がる。
小さなことに囚われなくなる。
本来の大きな意識へ繋がりやすくなる。

人は、無限の意識を持った個。
個は、子。
宇宙の子供。
いつも母なる宇宙に抱かれている子供。

人は、子供であり、母親でもある。
個であり全体。
創造の主体であり、その全てを見守っている無限存在。
星々であり、夜空。

自己に集中し、それを見守る。
内側を充実させ、無限の広がりと共に生きる。
のびのびと自由に人生を創造し、自他にやさしく寄り添う。
人は、独自の個であり、無限の全体。


『内側を 充実させて 限りない 無限と共に 現実(いま)を創造』


これが日記を書き始めて2151日目の心境。
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Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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