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2159日目 - 幻想の生

北極海や南極海には、巨大な氷河が浮かんでいる。
海上から見ると、それらは個々に独立しているように見える。
しかし、海中では、それらはつながっている。
それと似た光景が、高いところでも見られる。

ヒマラヤ上空を飛ぶと、多くの峰々が見える。
それらは、雲の上から山頂だけが飛び出している。
一見、バラバラの山に見えるのだが・・・
地上から見れば、それらはすべてつながっている。

実は、地球自体も似たような構造をしている。
屋久島も日本列島も、海の上に浮かんでいるように見える。
アメリカ大陸もアフリカ大陸も、同様。
しかし、海底では、みんなつながっている。

それは、水晶の原型であるクラスターにも言える。
クラスターは、母岩から多くのポイントが生えている。
各ポイントだけを見れば、独立しているように見える。
しかし、すべてのポイントは、母岩でつながっている。

では、人はどうだろうか。
人は個々バラバラだろうか、それともつながっているだろうか。
肉体だけを見れば、明らかに別々のように見える。
ところが・・・

実際は、肉体どうしのつながりというものがある。
それは、集団活元運動などでよくわかる。
意識の束縛を緩めると、肉体は自分で動き出す。
本来の状態に戻ろうと自律運動を始める。

それを集団でやると・・・
肉体どうしが、ぶつかったり重なったりし始める。
お互いの肉体をほぐすために、自然に動き始める。
肉体どうしには、何らかのつながりがある。

百匹目のサル現象というものもある。
離れ小島のサルが、イモを海水で洗って食べるようになった。
すると、いつの間にか遠く離れた別の島のサルまでが同じことを始める。
まったく物理的な交流はないにもかかわらず・・・

人は、自分を独立した個と思っている。
しかし、本当にそうだろうか。
肉体は、つながっていないだろうか。
意識は、つながっていないだろうか。

実は、肉体も意識も氷河やヒマラヤ山脈と似ているのかもしれない。
個々の肉体は、独立しているように見える。
そのため、個々の意識も独立しているように思われる。
しかし・・・

実際は、見えない潜在意識下ではつながっている。
氷河やヒマラヤ山脈が、つながっているように。
サルたちが、無意識レベルでつながっているように。
共通する人類意識というものがある。

誰かが百メートルを10秒以内で走ると、他の人も10秒以内で走れるようになる。
それは、人類意識がつながっているからだろうか。
百匹目のサル現象だろうか。
それでは、流行は?

何かが一気にブームになったりする。
猫も杓子も同じような服装をする。
日本では、もうほとんどの人が携帯電話を持っている。
アフリカでも、ものすごい勢いで普及している。

時代が、一気に変わる時がある。
人の意識が、一斉に変化する時がある。
それは、人類の意識が潜在的につながっているからだろうか。
共通の無意識層があるからだろうか。

人は、もしかしたら幻の世界を生きているだけなのかもしれない。
人は、自分を離れ小島と思っている。
他とは隔絶された個と思い込んでいる。
しかし、実際は、すべてが潜在意識下でつながっている。

人は、もしかしたら思い込みワールドで生きているだけなのかもしれない。
ほんの小さな離れ小島を、自分のすべてと思い込んでいるのかもしれない。
海底に広がるベースには、思いが至らないのかもしれない。
実際は、すべてのすべてがつながっているのかもしれない。

山頂は、個々に異なる。
しかし、裾野に降りれば、みんなつながっている。
山も地球も人の意識も・・・
何も違いはない。

自分を孤立した肉体人間と思い込むことが、すべての問題の源。
地球から完全に独立した離れ小島など、どこにあるだろうか。
海底を見れば、すべてはつながっている。
しかし、人間には、その海底が見えない。

人に見えるのは、海上の離れ小島のみ。
個々の独立した肉体のみ。
だから、自分を肉体と思い込む。
他とは完全に別々の肉体人間と信じ込んで生きている。

それこそが、すべての混乱の源。
自分さえよければいいという思いのルーツ。
肉体が個々に完結しているように見えるための思い込み。
肉体と共に成長した表面意識で生きるが故の幻想。

人類の共同幻想。
人類全員が、霧のなかを手探りでさ迷っているようなもの。
何も本当のことは、わからない。
雲の上に出ている山頂を、山の全体と思い込んでいるだけ。

深い意識で生きることだろうか。
自分の意識を掘り下げることだろうか。
表面意識だけで生きないことだろうか。
自分のルーツを求め続けることだろうか。

人は、離れ小島にあらず。
一見そのように見えても、実はすべてがつながっている。
氷河のように。
ヒマラヤ山脈のように。

地球も肉体も意識も、みな同じ構造。
宇宙そのものが、似たような構造。
ただ、その次元とスケールが異なるだけ。
人もまた、多次元、同時存在。

肉体の下には、海底があり、地球があり、宇宙がある。
人の背後には、魂があり、グループソウルがあり、霊の大海がある。
すべては、つながっている。
孤立しているものなど、一つとしてない。

人は、幻想のなかでさ迷っているだけ。
思い込みワールドに絡め取られて、四苦八苦しているだけ。
真実が見えず、みな自縄自縛状態。
この闇から抜け出す道は・・・


『海上に 見える小島が 存在の すべてと思う 幻想ワールド』

『肉体を 自分と思う 思い込み 自己限定で 自分を縛る』

『全宇宙 ひとつのいのち つながりの ないもの何も 存在しない』


これが日記を書き始めて2159日目の心境。
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コメント

Re:2159日目 - 幻想の生

幻想でしかない…と 薄々わかっていても どうしてこのエゴ中心の幻想世界に愛着ししがみつくのでしょうね?。
それがわざわざしたくて体験するためにこの世界に生まれてくるのでしょうか。

Re:2159日目 - 幻想の生

確かに・・・、肉体でさえ、
お互いのコリをほぐすよう、お互いが負担にならない感じで、自然にマッサージしながらほぐすんですよね。

肉体には肉体の意識がありますが、その意識も繋がっている。
そしてその肉体の意識さえも、何か大きな流れからははみ出せない、意識の中にいる気がします。

家族をマッサージしているとき、不思議とこの何年感じてきました。

たとえ、表面上、どんないろんなことがあったって、
頭がどんなに拒否しようと、肉体もつながっているのですね。
そして、ほぐしあうと、それはお互いの喜びみたいなところにつながっていくのです。

体や心ががしんどい、とか自分自身は一人騒いでいたり、落ちていたりしても、
全然問題ではないところで、お互い繋がっている・・・というか・・・。

もう、私たちが、自分勝手に人との関係や、自分の世界を創り上げる段階の前に、それは、繋がりあっているという感じ。

だから、きっと起きてくる出来事も、時にトラブルと思うようなことも、
こうやってコリをやわらかくしているんだろうな、と、思います。
肉体でもそうなのだから。
そして、日々、丁寧にすごしていると、その自然な喜びに少しずつ還っていく気がします。

肉体も精神も、全て・・・まだあまり見えないけれど・・繋がっていないところはどこもないのでしょうね。

Re:2159日目 - 幻想の生

でも、個を思い込み、それから個と思わなければならない、事情を創り上げてきたんですよね。

それが、人に知られたくないことだったり、
自分を自分で優位下位にたってしまうことだったりです。

それは自分が創り上げる判断の世界なのですね。

でも、個を出ろ、といっても、それに抵抗しようとする
個だけで苦しいのに、その個から出ようとしない。
本当は、ただただ、その自我の動きそのものが、自分を苦しめているのです。

本当は悩みそのものが苦しめるというより、
その悩みを創り上げている上に、さらに、居座ろうとする動き、なのですが。

あまりに苦しみや悩みが強く強烈で、それに翻弄されるのです。
頭では理解できない。
理解できないのです。どうしても。

Re:2159日目 - 幻想の生

翻弄されるのを恐れて、いろんなものでさらにごまかすのです。

私は、その複雑にごまかすところまでいかなくなったので、確かに、現実も前よりごちゃごちゃしなくなってきました。

思い込みに気づいて、それが、いろんな出来事の中で、
自分が引っかかったり、スムーズにいかなかったことと繋がっていることを、深く知ると、綺麗に紐解かれたように、コリが解けていきます。

ただ、
ただ、やはり、影はいつもあるのです。

本当に判断のないとき、全てが光であって、私の悩みすら存在できません。
私がどうであれ、もう、すでに相手も私もなく光であるから、悩みとか、影、のあるものは、存在できないのです。

でも、それは、本当に一瞬。
私はほとんどが、自分を意識して、影の中で生活しています。
それを自覚しているときもあるし、まだ自覚していないときもあります。

Re:2159日目 - 幻想の生

実際の思念は、自分を罵倒したり、汚物だ、とか思って、自分をすっきりさせて、慰めたり、
もう死ぬしかないとか、殺してくれとか、救うものは何もない、とか、自分の抱えている悩みから、
そんなことが出てくる思念です。

そういう思念をそのまま抱きしめながら、・・・
表現は、なるべく、自分自身の今の段階で、一番、何もないところに近いような、何も損得もない、
今、一番自分の見えうる範囲、感じうる範囲の
限界くらいの、静かなところから相手を見たり、話したり、聞いたり、伝えることに何度もトライしているだけで・・・

何度も自分のやりたいことを自分に聞いたり、
しているだけで。

実際はひどく混濁していることも多く・・・
まだ、クリアなところから出ているわけではないのです。
・・・
ていうかクリアってなんだろう、みたいな感じです。

要は、影はいつもまだ一緒にいて、刺すようのみこまれるような大きさと生活しているのです。
まだ故意の中にいるのです。

ここにきて、前と違うのは、自分の思念に巻き込まれている時も落ち着いている時も、
なるべく、ただ客観的に、見て、理解して、やわらかくあたためながらいることだけかもしれません。
そして、へんてこりんな現実を見て、
自分の奥にある願いみたいなものから、軌道修正しているだけかもしれません。

そこに連れて行くのは私の願いというか、そうしていきたいのは、宇宙の願い??というか、
私の揺るがない願いがあるのもなんとなく感じます。
それが突き動かしている気がするのです。

Re:2159日目 - 幻想の生

ここにきてやっていることは、それだけだけれど・・・・

その中で、力の抜き方や、入れ方や、
バランスのとり方、いろいろ自分の中で少しずつ理解してきた気がします

日記じたいは、全然わからないところもたくさんありますが・・・。

ただ・・・いつか影がなくなるか、なんて、今は到底感じ得ません。
苦しみはさらに苦しみで出口がなくなるような気がして、もう取り返しがつかない気がするのです。

もうやめて、逃げて消えてしまいたい気持ちになることが多いです。

影は私が作っているのがわかりながらも、
やはり、その影に向かう力が切れてしまいます。
そのたびに自分の願いや自分に聞いたりするのですが・・・。


日々が、息できないくらい、
自我の痛みみたいなものがつきさしてしまうのですよね。
この自我の痛みを癒すことができなくて翻弄するのです。

これでもずっと日々、自身と共に、続けていくことしかないのでしょうか。
いつか影はあけるのでしょうか


でも、みんな、今、大変だったりする中、やっているのですよね。
愚痴ですね。
つらつらごめんなさい。

でも、あきらめないでいきますね。
少し視野がちいさくて、一点にはりついて、見えなくなっていたので・・・
ありがとうございました。

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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