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2163日目 - 思い込み人生からの離脱


今日の屋久島は、さわやかに晴れ上がっている。
風もなく、暖かい。
海はべた凪で、とても穏やか。
冬ではなく、まだ秋の感じ。

ほとんどの人は、感情的な思いと共に生きている。
けっしてクリアーな思考と共には、生きていない。
肉体にまつわる感覚や感情と一体になった思い。
論理的でも科学的でもないイメージ主体の思い。

それが、自分というものを形作っている。
自分というイメージ。
自分という思い込み。
それを意識の中心として、人は生きている。

いや、純粋に論理的に生きている人もいる?
科学者や学者は?
冷徹な思想家や分析家は?
けっして感情的な思いでは生きていない?

そうだろうか。
確かに、彼らは仕事の上では科学的、論理的思考で生きているかもしれない。
しかし、プライベートで怒らない人がいるだろうか。
不安や心配をしない人がいるだろうか。

不安や心配は、科学的、論理的思考だろうか。
それとも、感情的思いだろうか。
際限なく不安を募らせることは、けっして科学的でも論理的でもない。
失くしたものを嘆き悲しむのも、冷静な思考ではない。

不安も心配も恐れも悲しみも・・・
みんな感情的な思いから出てくる。
けっして科学的で論理的な思考からは出てこない。
残念なことに、科学者も学者も、そのような思いから自由な人はいない。

つまり、どんなに冷徹な思想家や分析家であっても、自分というイメージをメインに生きている。
そうである限り、自己の利害が絡むと、冷静ではいられなくなる。
科学的、論理的思考は、自己の利害の前には風前の灯(ともしび)。
科学的、論理的思考で日常を生きている人が、いったいどれだけいるだろうか。

精神世界に詳しい人も、例外ではない。
いくら精神世界に詳しくても、自分というイメージがある限り、思い込みワールドの中。
アセンションすら、おぼつかない。
いくらアセンションのことに詳しくても、その本質をわかっているとは言い難い。

真のアセンションとは、感情的な思いの次元から離脱すること。
肉体にまつわる感覚や感情や思いによってできている自分というものから離れること。
個という思い込みから自由になること。
個であり全体であるという次元にシフトすること。

個であり全体であるということは・・・
肉体ベースではないことを意味する。
これまでは、肉体ベースの思いが意識の中心だった。
それが、自我という自己中心的な主体を形成していた。

これからの主体は、魂ベースのものになる。
魂と純粋な思考が合体したもの。
肉体の感覚や感情をベースとしない思考。
論理的で科学的な思考。

宇宙は、数学的調和によってできあがっている。
その数学的思考を用いて、意識の主体を形成する。
そのバックには、魂がある。
魂をベースとして、肉体次元を生きる。

思い込み人生からの離脱。
事実ベースの人生への転換。
悲苦からの自由。
不安や心配や恐れからの解放。

悲苦や不安や心配や恐れは、みんな感情的な思いの産物。
非論理的な思いが、そのような幻をつくっているだけ。
人は、ありもしないものに翻弄されているだけ。
すべて思い込み。

人は、思い込みワールドで生きている。
思いの中身を直視すれば・・・
「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」
実体は、ない!

「私」という幻。
「自分」という幻想。
自己中心という思い込み。
人は、リアリティを生きてはいない。

肉体ベースから魂ベースへの転換。
それは、感情的思いから、純粋思考への転換。
意識の中心が、ドロドロとした自我からクリアーな意識へ変わること。
断絶した個として生きるのではなく、全体とつながった個として生きること。

体主霊従から霊主体従への転換。
そんなことはわかっている?
精神世界の本を読めば、どこにでも書かれている?
確かに!

しかし、自分というイメージからの離脱を説いた本があるだろうか。
自我からの自由について書かれた本があるだろうか。
そういう本は、非常に少ない。
自分自身の存在の根幹を揺るがすような本は、極めて限られる。

どの本も、自分は安全圏においてある。
周りのことは、よくわかる。
しかし、本質的に問われているのは、自分自身。
アセンションするのは、自分自身なのだから。

その自分が、いつまでも感情的な思いの次元で生きていたら、アセンションは難しい。
いつまでも「自分だけはアセンションする」、「自分だけは大丈夫」と、自分にこだわっていたら、ヘンな話。
ほとんどの人にとって重要なのは、自分がアセンションするかどうか。
自分が救われるかどうか。

しかし、そういう意識がある限り、真の意味でのアセンションは無理。
それは、アセンションという思い込み。
真の意味でのアセンションをわかっていない証拠。
まだ思い込みワールドから自由ではないということ。

思い込みワールドは、根深い。
ありとあらゆることが、思い込みによって成り立っている。
生まれてこの方蓄積してきた思い込みは、ものすごい。
それは、無意識レベルの先入観や偏見となっている。

固定観念であり、既成概念であり、自己中心的ものの見方。
反応のパターンであり、思考のパターンであり、行動のパターン。
自己正当化のパターンであり、落ち込みのパターンであり、失恋のパターン。
潜在意識のなかに蓄積された思い込みは、膨大なもの。

そういうものに気づく必要がある。
自分の構成要素に気づかなければ、今のままの人生が続く。
アセンションなど、夢のまた夢。
自分というものは、何によってできあがっているのだろうか。

自分の存在を問う。
それを徹底的にやっていかないと、自我から自由になることはできない。
自分というイメージからの自由はない。
個から離れることはできない。

個で生きる限り、思い込み人生。
けっしてリアルな人生ではない。
ただ思いの世界のなかで生きているだけ。
肉体ベースの限られた思い込みワールドの住人。

さて、あなたはどう生きるのだろうか。
いつまでも思い込み人生を続けるのだろうか。
不安と恐れと苦しみと悲しみの世界で生き続けるのだろうか。
それとも、新しく生き直すのだろうか。


『生活の なかですべてを 問い直す 今の思いは 事実かどうか』

『日常を 事実ベースで 生きていく 思いの波に 流されないで』


これが日記を書き始めて2163日目の心境。
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Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
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2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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