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2377日目 - 思いの河

 

昨日は、久しぶりに木霊の森へ行った。
お客さんたちは、長いこと瞑想していた。
結果、こちらも瞑想できた。
自宅にいた間に詰まっていたものが、どんどん抜けていった。

木霊の森では、蝉の大合唱が聞こえていた。
何千匹という蝉たちが奏でる蝉時雨(せみしぐれ)の嵐。
自然は、すばらしい。
たまに行くと、それが身に浸みる。

その前夜は、隣の女医さん宅で飲み会があった。
深夜2時頃まで騒いでいた。
うるさいと言えばうるさい。
しかし、ほとんど気にならなかった。

なぜ気にならなかったのか。
それは、住む世界が違う感じがしたから。
まったく関心がなかった。
一緒に仲間に加わるという発想は、まったく起きなかった。

もう飲み会とかパーティとは、縁が切れたようだ。
そういうものに、まったく関心はない。
先日、久しぶりにえっちゃんたちと三人で飲み屋に行った。
こちらは酒は飲まないで、食べただけ。

食事は、美味しかった。
店の雰囲気も良かった。
しかし、また行きたいとは思わない。
もう自分には縁のない世界。

酒が入ると、腹を割って話せる。
酒が入ると、ムードが盛り上がる。
普段は言えないことも言いやすくなる。
日頃溜め込んでいたものを発散できる。

酒の効用もある。
酒は百薬の長とも言う。
確かに心身をリラックスさせてくれる。
しかし、それも諸刃の剣。

飲み過ぎれば、自分を見失う。
酒で人生を誤った人は、数知れない。
問題は、酒そのものではない。
酒に呑まれてしまうこと。

しかし、それは酒に限ったことではない。
酒を飲むと、酔う。
酔うとは、どういうことだろうか。
それは、浸ること。

何かに陶酔する。
何かに心酔する。
何かに浸りきる。
それは、何かと自己同一化すること。

それは、ひいきのチームかもしれない。
タレントやスターかもしれない。
趣味や仕事かもしれない。
主義や主張かもしれない。

音楽や映画に浸る人もいる。
ゲームやパソコンに浸る人もいる。
異性に浸る人もいれば、有名俳優を追っかける人もいる。
浸る対象には、思想、宗教というものもある。

自説に陶酔する人もいる。
鏡を見つめながら自己陶酔するのは、女性だろうか。
酔うことは、浸ること。
浸れば、周りが見えなくなる。

自爆テロは、その最たるもの。
信じる大義のために自分の命まで犠牲にする。
被害を受ける人たちは、憎い敵。
死んだ個々人の人生にまで考えが及ばない。

自分が信じるものが、最重要。
自分こそが、正義。
自分が浸っている思想や宗教こそが、善。
自分こそが、神の意志を体現する者。

さすがにジャイアンツが絶対と言う人は、少なくなった。
しかし、関西では、まだタイガーズが絶対ではないだろうか。
タイガーズファンでなければ、関西人にあらず!
オリンピックになれば、みんなが愛国者になる。

自分が浸っているものが、自分のアイデンティティ。
それが、自分自身。
自分が思っていることが、正義。
自分が心酔しているものが、世界の真理。

人は、何かに浸る。
浸ることによって、安住の地を見つける。
それは、思想や宗教かもしれないし、音楽やゲームかもしれない。
英雄やスターに心酔することが、自分を支えているのかもしれない。

酒場でムードに浸る。
ダンスに浸り、ロックに浸る。
麻薬に浸り、酒に浸る。
テレビやパソコンゲームに浸る人もいる。

人は、何かに浸る。
浸ることによって、自分を維持しようとする。
職場では本音を言えないから、酒に浸って愚痴をこぼす。
それもまた自分の主張に浸っているようなもの。

自分は、正しい。
間違っているのは、上司やお客。
それを酒場で言うことによって、ストレスを発散する。
それによって自分をかろうじて保っている。

浸ることは、逃避することにもつながる。
その世界に浸ることによって、現実から逃避できる。
自己陶酔することによって、世間の批判から身をかわせる。
自分の世界に陶酔することによって、つかの間の平和が手に入る。

サドやマゾに現実逃避する人もいる。
酒や麻薬に逃避する人も後を絶たない。
酔うことと浸ること。
そこにあるのは、思いの世界。

思いという大河。
莫大なイメージの河。
まるで天の河のように地球を取り巻く重たい河。
底知れぬ暗さを持った大河。

人は、その大河のなかで生きている。
思いという河のなかで、日々暮らしている。
思いが、価値を決める。
思いが、人生を決める。

優劣を決め、人生を規定する。
人は、思いのなかでのたうちまわっている。
周りからどう思われるかを気にし、悪く思われることを恐れる。
自分が決めた信念によって、自分を裁く。

思い込みによって人を裁き、自分を罰する。
思い込みによって人を褒め、自己満足する。
思いが、すべてを支配している。
自分を支配し、周りを支配する。

自分の思いを発散する場としての酒場や飲み会。
自分の思いを共有する場としての、グループやサークル。
趣味の会もあれば、ファンクラブもある。
孤立するのを恐れ、何かに浸る人々。

なに?
水晶に浸っている人もいる?
確かに。
屋久島辺りに住んでいるらしい。

水晶に浸れば、思いの大河に埋没する。
それは、何であれ同じ。
趣味に浸るのもいい。
しかし・・・

同時にそれを自覚していること。
そういう自分を冷静に見守っていること。
浸りすぎて自分を見失わないこと。
それでは、酒や宗教と何ら変わらない。

何かに浸ることによって、自分を維持しようとする。
浸った対象が、自分のアイデンティティ。
それがスポーツであれ、音楽であれ、スターであれ・・・
それらと自己同一化することによって、自分を維持しているだけ。

自分とは、何か。
それは、信念かもしれないし、信条かもしれない。
人生観かもしれないし、生き方かもしれない。
肉体かもしれないし、自分が持っているものかもしれない。

その自分が持っているものこそが、自分が浸っているもの。
酔っているだけ。
浸っているだけ。
それは、自慢の子供かもしれないし、職場での地位かもしれない。

自分が浸っているものが、自分自身に他ならない。
それは、恋愛かもしれないし、金儲けかもしれない。
そのすべてに共通するのは、思いの世界。
人類は、思いの大河のなかで右往左往しているだけ。

思いが凝り固まって、主義や主張となる。
そこから争いが始まり、戦争に発展していく。
家庭内の不和も、戦争もたいした違いはない。
ただ規模の大小。

人類は、思いという暗黒の大河のなかで生きている。
その大河から抜け出す道は、ただ一つ。
思いの次元を超えること。
それこそが、真のアセンション。

不平不満もイライラも、すべて思いの次元。
一喜一憂も喜怒哀楽も、すべて思いの世界。
そういう世界に住んでいる限り、アセンションなど夢のまた夢。
ただアセンションしたと思い込むのが精一杯。

自分自身を静かに見守る。
冷静にすべてを自覚して生きる。
無自覚のままに何かに浸れば、思いの大河に呑み込まれる。
無自覚のままに何かに浸ることは、真の自分を見失うこと。


『人はみな 思いの河に 流されて 木葉のごとく 浮きつ沈みつ』

『人はみな 思いの河に 呑み込まれ 思いのなかで 一喜一憂』

『浮き世とは 思いの河の 浮き沈み 一喜一憂 喜怒哀楽』

『気に入った ものに浸って 満足し 自分の世界 守る人生』

『思いとは コップのなかの 砂嵐 コップの外の 世界を知らず』

『人生は ほとんどすべて 思い込み 思いのなかで 生きているだけ』

『自らの 思いに浸る それだけの 人生なれば どんな意味ある』

『透き通る 空気の先に 天の河 意識の海に 思い漂う』


これが日記を書き始めて2377日目の心境。


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コメント

Re:2377日目 - 思いの河

酔うては醒め
醒めては酔うての
繰り返しの思いの河
愛着もあれば虚しさもある…

Re:2377日目 - 思いの河(07/06)

思いとは、過去と未来でした。
今にはなんにもなくて、豊かであるもの、がありますね。

KIMIさんのサイトを開けるたびに、
清涼な水晶にお出迎えされます。

美しいなぁ。

のみ込まれさえしなければ・・・

一喜一憂も日々の彩り。
浸ってみるのも、熱中するのもご愛嬌。
そう、のみ込まれさえしなければ・・・。

でも、
自己陶酔・・はちょっと恥ずかしい・・かな?
九日天下の御大臣様みたい?

主義の主張ははた迷惑?
世界中にウヨウヨい過ぎ。

思いの河、
おぼれない程度に浮かんでいたい。
のんびりプカプカ漂いたい・・・
自覚という名のライフジャケット心に着込んで。

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Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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