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2413日目 - 木霊の森


朝から木霊の森へ行く。
白谷雲水峡の駐車場は、すごいことになっていた。
路上駐車が延々・・・
これは、屋久島が最も混んでいる時期の状態。

路上駐車の最後尾に駐めると、たいへんなことになる。
アスファルトの道を長々と歩かなければならない。
行きはともかく、帰りはうんざりする。
という訳で、路上駐車の列を横に見ながら進む。

思った通り白谷雲水峡の駐車場には、既に空きが出ていた。
早朝に来た人は、早々に引き上げる人もいる。
そういう人たちの駐車スペースが空いていた。
そこに駐めて、森へ入る。

白谷雲水峡は、ものすごい人。
一方、木霊の森は、誰もいない。
すぐ近くなのに、別世界。
まるでアセンションしたような感じ。

アセンションすれば、同じところにいても相手を認識できない。
住む次元が異なる。
人混みの自然と、誰もいない自然。
木霊の森には、自然の気が充ち満ちていた。

今日のお客さんは、ヨガの先生。
木霊の森の至るところで、瞑想。
いろんなポーズを取って心身を整えてから、瞑想を始める。
こちらも、少し離れたところで瞑想。

木霊の森のなかで瞑想に適した場所をいろいろ案内する。
どこもすばらしい。
それぞれ微妙にエネルギーが異なる。
彼女は、最後の滝のところが最も気に入った様子。

ここは、神々しいと感じたようだ。
確かに滝の下は、すばらしい気が満ちている。
清新そのもの。
自然の神々がいてもおかしくはない。

滝の下で体を動かした後、更に瞑想。
こちらは、もっと上の方で、瞑想。
いや、瞑想に疲れて横に。
すると、そのまま眠ってしまった。

目が覚めれば、スッキリさわやか。
なんとも心地よい。
心身は、クリアーそのもの。
自然の気が心身に満ちている。

かなりゆっくりペースで木霊の森を楽しむ。
水量は、いつもより少し多め。
ちょうどよい感じ。
すべてが美しい木霊の森。

森を出ると、駐車場は既に世間。
喧噪の娑婆に戻ってきた感じ。
木霊の森は、別世界。
異次元空間。

「kimiさん、お歳はいくつですか」と、最初に聞かれた。
「どうも61らしいよ」
「冗談でしょう?」
「いや、1950年生まれだから・・・」

森に入る前は、信じられないという様子だった。
ところが森から出ると・・・
「若さの訳がわかりました」
「この気をいつも吸っていたら、いつまでも若々しくいられますね」

確かに自然の気は、すばらしい。
それをいつも吸っていれば、心身はクリアーになる。
それに加えて、自宅にはたくさんの水晶がある。
これが意識を更にクリアーにしてくれる。

意識がクリアーであれば、歳は関係ない。
純粋な意識には、年齢はない。
年齢を持つのは、この世の人格のみ。
それもまた思い込み。

「もう歳だから・・・」
と言っていると、本当に年寄りになってしまう。
「まだまだ若い・・・」
と思っていれば、いつまでも若い。

思いが現実を創る。
自分を年寄りと思えば、心身ともに年寄りになっていく。
生涯現役のつもりでいれば、いつまでも若々しくいられる。
気と共に、思いも大切。

自然の気、水晶のエネルギー、思い、食事・・・
いろんなものが相まって、その人が存在する。
人は、いろんなものの寄せ集め。
いろんな要素でできている。

都会のクリアーでない空間で生きるのならば、せめて思いや食事に気をつけることだろうか。
水晶でクリアーなエネルギーを補充するのもいい。
気が滞らないように。
どんどん手放す・・・

お客さんがヨガのポーズをしているのを見て感じたことがあった。
それは、体に滞りをつくらないために、いろんなポーズがあるということ。
体のいろんなところを動かし、気が滞らないようにする。
常に気がスーッと流れるように・・・

このお客さんは、ラージャヨガやカルマヨガなど、瞑想系のヨガをたくさんやるらしい。
それらのヨガは、体だけでなく心の滞りも一掃するためのもの。
心身ともに滞りをなくす。
カルマとは、滞りに過ぎない。

滞りとは、執着や囚われ。
しっかり握って離さないもの。
無意識であれ意識的であれ、そういうものは人を縛る。
それが本来の自由で活き活きとした生き方をできなくする。

自分のなかにある不要なものを手放し、宇宙と一体になる。
本来の自分自身に還る。
それがヨガというものだろう。
基本は、この日記で書いていることと変わらない。

意識がクリアーであること。
目の前の超クリアーな水晶たちが、それに大きく貢献しているのがわかる。
この世的な若さ等は、結果に過ぎない。
意識がクリアーであることによる、ただの結果。

透き通るような意識。
それが、これからの時代に必要なもの。
人格を超えた意識。
限りなく透明な意識。

そのためのナチュラルヒーリングであり、水晶であり、思いであり、食事・・・
クリアーな意識が、すべての元の元。
人格の元であり、人間存在の元。
あまねくすべてを存在させる元の元。


『クリアーな 意識のなかに 限りない 無限が宿る 無窮が生きる』


これが日記を書き始めて2413日目の心境。




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Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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