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2424日目 - 中身と器


今日も屋久島は、晴れている。
しかし、風があるので、過ごしやすい。
朝から水を汲みに行く。
晴が続いている割には、思ったより水量があった。

昨夜、電話があった。
体調は悪いが、なんとか今日は見守れたという内容。
これまでは、体調に翻弄されて見守ることができない日が多かった。
少しエネルギーが回復している様子。

いろいろ話している間に、面白い例えが飛び出した。
それは、水とそれを入れる器の関係。
水というのは、思いや感情や感覚の例え。
器というのは、それを見守る意識の例え。

人の基本的構成要素は、肉体、感覚、感情、思考。
人は、それを自分自身と思い込んでいる。
そういうもので構成される『自分』を生きている。
そのため・・・

肉体感覚の快、不快に翻弄される。
痛みや痒みに耐えられない。
感情的になり、自分を見失う。
怒りが爆発したり、悲嘆に暮れたりする。

思いに耽れば、不安や心配に襲われる。
恐怖は、際限なく増幅される。
考えすぎてノイローゼーになる人もいる。
悲観するあまり自殺する人も後を絶たない。

肉体や感覚や感情や思考。
そのものになりきれば、それらに翻弄される。
大波に揺られる小舟のように、自分の位置がわからなくなる。
挙げ句の果てに転覆する小舟さえ出てくる。

地震や天候不順や新種の伝染病・・・
そういう異変がどんどん増えている。
この先どうなるのか、先行きがわからない世の中になっている。
そうなると、どうしても不安や心配が先に立つ。

外側からの情報によって振り回される。
内側からの思いによって、それが増幅される。
肉体や感覚や感情や思いだけで生きていると、心がやすらぐことはない。
それが、器の中の水の人生。

自分を肉体や感覚や感情や思考と思い込めば、不安定な人生は避けがたい。
それを避ける唯一の方法は、それらを見守ること。
揺れ動く水を見守る。
器の視点で見守る。

器が揺れ動くことはない。
揺れ動いているのは、中身だけ。
自分自身が器であったら?
周りに翻弄されることもない。

見守る意識は、自分が器にならない限り生まれない。
自分が中身である限り、見守ることは難しい。
本当のことを言えば、人は中身であり器でもある。
両方とも自分に変わりはない。

問題は、ほとんどの人が中身の方を自分と思い込んでいること。
中身だけが自分であると信じていること。
器の存在を知らないこと。
器こそが高次の自分であるということに気づいていない。

実は、思いや感情や感覚で揺れ動くのは、コップの中の嵐。
一人で大騒ぎしているだけ。
自作自演。
その証拠に、悲嘆に暮れている人の隣で笑っている人もいる。

人は、小さな自分という枠の中で一喜一憂しているだけ。
自分という思い込みの枠組みの中で、喜怒哀楽の人生を送っているだけ。
それもこれも、みな器の中の出来事。
器の視点で見れば、そんなに嘆き悲しむことではない。

すべては、自作自演。
器から見れば、それがよくわかる。
わからないのは、中身になりきっているから。
自分のことが見えてないから。

人は、中身であり、同時に器でもある。
人は、肉体や感覚や感情や思考であると同時に、それらを超える意識体でもある。
肉体、感覚、感情、思考を超える意識こそが、見守ることのできる意識。
器の意識こそが、混乱を乗り超える可能性を持つ意識。

中身は、混乱そのもの。
その次元にいては、見守ることは不可能。
中身を超えた器にフォーカスすること。
その視点から見守ること。

肉体や感覚や感情や思考・・・
そういうものとの自己同一化を外す。
そうでなければ、見守るということはできない。
自己同一化の枠を器にまで広げる。

宇宙の中で星々は、輝いている。
個々の星々が、自分こそがすべてだと思えば、ヘンなことになる。
宇宙の調和は成り立たない。
個々の星々の意識と共に、宇宙全体の意識も必要。

個であり全体。
それは、宇宙的にも言えるし、個人にとっても言える。
自分の中の感覚や感情や思考が、個々に活動していれば、全体の調和は覚束ない。
個々の意識と共に、全体の意識も必要。

個々を抱擁する意識。
すべての存在を包み込む意識。
見守り、抱きしめ、慈愛のエネルギーを注ぐ意識。
それが、器の意識。

それは、女性性の意識。
個々に活動するのは、男性性の意識。
見守りは、女性性の意識。
器は、受けとめ、抱擁し、育む女性性の意識。

これまでは、男性性の時代だった。
これからは、女性性の時代。
見守りの時代。
個であり全体である時代。

個として生きると共に、全体としての意識も必要。
その意識は、自分自身を見守ることから生まれる。
自分自身とは、器の中身。
つまり、肉体であり感覚であり、感情であり思考。

そういうもが中身であり、男性性。
それを見守るのが器であり、女性性。
人も宇宙も、構造は同じ。
子宮の中で胎児は育つ。

これまでは、肉体や感覚や感情や思考の方にばかり意識が向いていた。
中身にばかりフォーカスしていた。
男性性が優位であった。
これからは、それが逆転する。

そのキーになるのが、見守りということ。
意識を器の方にフォーカスする。
真の女性性は、愛に通じる。
真の見守りは、慈愛そのもの。

自分で自分を見守る。
器の視点から中身を見守る。
そうすれば、中身を超えられる。
新しい意識の扉が開く。

人は、中身のみにあらず。
人は、中身と同時に器でもある。
個であると同時に全体でもある。
それは、宇宙の構造とまったく変わらない。


『これまでは 中身で生きた これからは 中身と共に 器で生きる』

『外からの 刺激によって 波風が 立つのは中身 器にあらず』

『見守りは 器の意識 器とは 自分見守る 高次の自分』

『揺れ動く 意識見守る 揺るぎない 器の意識 慈愛の意識』


これが日記を書き始めて2424日目の心境。

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コメント

Re:2424日目 - 中身と器

気づき、見守りの器も
そのエネルギーの充実と共に
変容進化するのでしょう。

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光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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