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2426日目 - 記憶の呪縛からの解放


昨日の日記に対して、次のような書き込みがありました。

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恐怖体験の記憶や過去は手放せるものなのですか?

手放したくても忘れる事はできず、何かあると思い出します。
いっそ全部何もかも忘れてしまいたいですけど、生きてる以上それも無理です。

kimiさんはどうやって手放してるのですか?

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過去の恐怖体験の記憶に今も脅かされている人は、少なくないでしょう。
では、それは一生続くのでしょうか。
続く場合もあれば、続かない場合もあります。
基本的には、記憶は少しずつ薄れていくものです。

夢は、記憶の解放のプロセスです。
極端に強い印象を残した記憶は、何度もフィードバックされます。
それが潜在意識から浮上する度に、それは薄れていきます。
心身は、必要のない記憶を自然に解放しようとします。

記憶というのは、印象を留めるメカニズムです。
それは、役に立つからです。
今後に活用できるからです。
それは、自己保存の本能の一部です。

人間の場合は、それを極端に発達させてきました。
それによって現代文明が成り立っています。
ところが、記憶は諸刃の剣です。
それは、思考と似ています。

思考も科学技術の分野においては、社会に貢献しています。
しかし、考えすぎれば、ノイローゼーにもなります。
精神が不安定になり、様々な障害が起きます。
記憶も同様です。

活用すれば、とても役に立ちます。
しかし、恐怖の記憶に縛られれば、生きる自由が拘束されます。
『過ぎたるは、及ばざるが如し』
先ずは、その辺りを客観的に理解することです。

記憶は、単なるメカニズムです。
生きる上で必要があるので備わっているものです。
それは活用すべきものであって、縛られるものではありません。
問われるのは、主体性です。

記憶との自己同一化を外すことですね。
記憶は、単なる過去のデーターです。
自分自身ではありません。
既に終わった単なる過去の出来事です。

記憶は、すべて過去のことです。
今のことではありません。
それは、自分を生きやすくするためのメカニズムです。
そして、夢は記憶の解放のプロセスです。

そういうことを理解した上で、記憶に負けないと決めることです。
どんな恐怖の記憶が甦ってきても、それは過去の出来事。
もう終わったことと明確に自覚することです。
これからは過去の記憶には振り回されないと強く決意することです。

そのように決めることが、何よりも重要です。
もう過去の記憶には振り回されない!
今の主体性を確立する!
過去に今の自分を奪われないことですね。

そのように決意することだけでも、相当の違いが生じます。
記憶の呪縛が緩むのです。
過去の恐怖の記憶に縛られていた人生が、変わり始めます。
今にフォーカスが戻ってくるのです。

そのような決意をした上で、今度は過去の記憶を検証します。
それらが出てきた時に、記憶との自己同一化を外して、もう一度客観的に見直すのです。
もっと違った生き方はなかったか。
他の方法はなかったか。

たぶんもっと別の方法があったでしょう。
そんな悲惨な目に遭うことのないやり方があったに違いありません。
どうすれば、そのような恐怖体験を引き起こさないですむか・・・
もう一度冷静にフィードバックするのです。

そして、記憶を修正します。
イメージのなかで、別のやり方を試してみるのです。
いろいろ試してみて、自分が満足する結果を得るのです。
記憶が甦る度に、そのイメージで修正を加えます。

そういうことを何度も繰り返していると、記憶は修正されます。
完全に修正されなくても、以前のような支配力を持たなくなります。
記憶は、単なるメカニズムです。
記憶に自分を支配させてはいけません。

記憶は、使いこなすものです。
記憶に使われてどうするのですか。
ミイラ取りがミイラになったみたいなものですね。
もっとしっかり主体性を持つことです。

記憶も思考も、モンスターになってしまいました。
自分では制御不能になっているのです。
使いすぎて、自動的に作動するようになってしまったのです。
それを正常に戻すのです。

記憶や思考に振り回されてはいけません。
記憶や思考の奴隷になってはいけないのです。
そのメカニズムを理解し、それを使いこなすのです。
それは、健全に生きるためには絶対的に必要なことです。

しっかりとした主体性を持って、記憶と対峙してください。
記憶に負けないでください。
それは、単なるデーターです。
記憶との自己同一化を外してください。

記憶は、自分自身ではありません。
今となっては、単なる思い出に過ぎません。
脳細胞のなかにある、ただのデーターです。
データーに振り回されて、どうするのですか。

自分とは、何でしょう。
記憶ですか。
自分は、過去ですか。
だから過去の恐怖体験に苦しむのですか。

記憶と自分を分離することですね。
過去の記憶と今の自分との同一化が、記憶に支配されることの要因です。
過去の体験も、今となってはデーターに過ぎないのです。
真に生きているのは、今のこの瞬間だけです。

意識の波動が遅いと、過去を生きることになります。
実は、今この瞬間を真に生きるのは、なかなか大変なことなのです。
今に強くフォーカスしていないと、すぐに過去に足下をすくわれます。
今刻々を生きるというのは、ものすごい真剣勝負なのです。

優雅に過去と戯れている場合ではないのです。
もうそのような時代は終わりました。
過去の記憶に縛られて生きる時代は終わったのです。
これからは、今、今を生きるのです。

いつまでも過去の恐怖体験に拘束されて生きるのは、もうやめましょう。
しっかりと主体性を持って、今を生きましょう。
この日記を何度も読み返してください。
読書百遍意自(おのずか)ら通ず!

そのくらいの気持ちがあったら、過去の恐怖体験から解放されるでしょう。
生半可な気持ちでは、難しいと思います。
真剣に人生を生きるつもりなら、それなりの覚悟が必要です。
強烈な恐怖の記憶から自由になるには、それ以上の強い意識が必要なのです。

過去に負けないでください。
記憶に振り回されないでください。
今を生きてください。
しっかりと真の主体性を確立してください。

一人の人が過去の呪縛から自由になれば、それは人類に対して多大な影響を与えます。
人類の共通無意識に変化が起きるのです。
今、人類の共通無意識を変える必要があります。
それは、一人一人の生き方にかかっているのです。

今日の日記は、多くの人に影響を与えるでしょう。
真剣に読まれれば、人生が変わります。
これまでの過去ベースの人生が、今ベースに転換されるのです。
時代は、それを求めています。


『記憶から 解放される 時が来た 記憶理解し 記憶を超える』

『いつまでも 過去の記憶に 浸り込み 呑み込まれれば 記憶の奴隷』

『現れる 恐怖体験 見守って 過去の記憶と 距離を持つこと』

『恐ろしい 過去の記憶に 呑み込まれ 今の意識を 喪失しない』

『見守って 距離を持つこと 主体性 記憶のなかで 喪失しない』

『記憶との 自己同一化 外すこと 過去のデーター 今の参考』

『記憶とは 活用するもの 縛られて 記憶の奴隷に ならないように』

『記憶とは この世を生きる メカニズム 使いこなして 自由に生きる』

『記憶とは 見守ることで 距離を持ち 理解するもの 活用するもの』

『理解して 使いこなして 生きていく 思考も記憶も 単なる道具』

『自分との 自己同一化 それこそが 思考と記憶の 今の問題』

『自分から 思考と記憶 切り離す それらを超えた 主体性持つ』

『過去と今 しっかり分離 今ここの 無垢の意識で 過去を見守る』

『透明な 意識と共に 生きていく 記憶や思考 見守りながら』


これが日記を書き始めて2426日目の心境。




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コメント

Re:2426日目 - 記憶の呪縛からの解放

現代の心理療法にある
トラウマセラピーといったものを
活用されても良いのでは…
と書きかけた処で
ふっと考えた
自我の自我による自我の為の
技法や方法論を方便として
持ち出す事は適切なのだろうか?と
そんな風にして覚者達の
教えは歪曲されてきたのだろうか?
聖教は単純にして明快
ただ虚心に取り組めない事に
自我の防衛本能を
見抜く事なのだろうか

Re:2426日目 - 記憶の呪縛からの解放

毎日毎瞬相手も私もはじめてあうとやってきても、何度も何度もやってきても
感謝を送ったりしても目の前の相手に一時期に半分は負けてしまう。
体がよかったらできるかもしれない、そう思うけど、それが先じゃないのはわかってる。五年や六年のネガティブや悪をうけたならいい、ならいい、でも今世だって生まれてから、毎日毎日なんて積もりつもったものに何度挑戦してもまけてしまう、こんな体調が悪くてどうしようかのときに、もういやだと思う
最後のこれだけは、尽くしても尽くしても、まだ終わらなくて相手の力に呑まれてしまう、でもイマキュレーは虐殺の加害者を許した、オウムの被害にあって奥さんを亡くした人も加害者と人間として、家にいれ仲良く交流したし
きみさんは例え子供を犯罪で殺されても犯人を理解する、と日記に書いてあった
だから理解したいと何回もおもってる、感謝でみたいと思う
どうしてそういうことをいうか、行動するか、私が負けてしまうんだよ、結局は私なんだよ
キリストが出ても違いすぎてわからないけど、そうやっていきた人が今までいるならそうしたい
関係性とか全部こえたとこの見守りになりたい
私から愛がちっともたらないからすぐおかしくなってしまう
戦争や暴行やそんな状況の中の私は意識が光になったら私相手を恐ろしいなんて思わない夢をみた
それは可能性があるということだと少しだけおもうから

Re:2426日目 - 記憶の呪縛からの解放

ごめんなさい、携帯からかきこむやつでよくわからなくてむずかしい、混乱がますます混乱もようかも、確認する方法もわからないですす消してください、ごめんなさい
なんかオウム被害の人で加害者を家によび話す静かな目とか、ハイジャックでじふん傷ついたけど犯人を理解して、犯人の理解と同時にじふんのこどものことも理解した人の深い優しい顔とか、そういう生きてきた人が沢山日記で思い出して、何度も心にその方の深い力にちかずきたいと思ってたのをわすれてしまって。
おもわずかいてしまったです、私全然愛や理解たらないですね、それがすごくわかりました
うまくかきこめてなかったらけしてください

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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