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2475日目 - 悪いこと


ぴあのさんの手によってTwitter上に、この日記の言葉が流れています。
そこに相談があったと、ぴあのさんから連絡がありました。
Twitterでは140文字以内ですので、詳しいことは書けません。
そこで日記に書くことにしました。

相談内容は、次の通りです。

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自分がいると悪いことが起きるという人に出会ったのが、これで三人目です。
しかも、二人目以降のマイナスが移ったか、わたしにここ半年くらい悪いことが重なります。

自分のいた場所のピンポイントでセシウムが検出されたり、行った場所の近くで地震があったり、が重なります。
どうやって毎日進んでいけばいいでしょうか。

-------------------------------------------------------

悪いことが重なるということですが、悪いこととは何でしょうか。
セシウムや地震でしょうか。
でも、それは本当に悪いことでしょうか。
地震によって避難した先で・・・

一生の伴侶に出会う人はいないでしょうか。
セシウムが検出されたことによって、食の安全を根本的に見直す人は出ないでしょうか。
「人生万事塞翁が馬」と言います。
つまり、何がどう転ぶかわからないのです。

悪いことと思ったことが、それによって良いことが起きたりします。
あるいは、良いことと思ったことが、逆に悪い結果になったりすることもあります。
宝くじに当たっても、そのために家庭が崩壊したのでは、何が良いのかわかりません。
病気になっても、そこから真剣に生きるようになったら、病気も悪くはありません。

良い悪いとは、誰が決めているのでしょうか。
ある人にとっては良いことも、別の人にとっては悪いこともあります。
勝負の世界は、まさにその通りです。
相手の勝利は、こちらの敗北です。

つまり、良い悪いの絶対的な基準はないのです。
要するに、今自分が良いとか悪いとか思っているにすぎません。
状況が変われば、良いものが悪くなり、悪いものが良くなることもあり得ます。
ということは・・・

良い悪いは、単なる自分の思い込みということになります。
まったく客観性はないのです。
ここ半年くらい悪いことが重なるということは、ここ半年ほど悪いことにフォーカスしているということです。
それは・・・

自分がいると悪いことが起きるという三人の影響かもしれません。
その人たちは、たぶんネガティブパターンの持ち主なのです。
何でも物事を悪く捉える癖を持っているのです。
そういうパターンがあると、何が起きても悪くなってしまいます。

あるのは、良い悪いではありません。
あるのは、ただの事実です。
それを自分が良い悪いと判断しているのです。
その判断基準は?

ほとんどパターン化しています。
それは、先入観であり偏見です。
三人の場合は、それがネガティブに偏っているのです。
その影響を受けて、相談された方もネガティブな捉え方をする傾向が強くなったのです。

それが、ここ半年くらい悪いことが重なる種明かしです。
自分の物事の捉え方が、ネガティブになっただけです。
ことさら自分の周りで悪いことが起きている訳ではありません。
自分の見方しだいで、世の中はどうにでも見えてしまうのです。

では、ネガティブパターンをやめて、ポジティブパターンに変えたらどうなるでしょうか。
すべてポジティブに捉えたら、すべて良いことだらけでしょうか。
理論上はそうなるはずですが、実際はそうはなりません。
なぜでしょうか。

それは、ポジティブに予想しても結果が伴わないと、すぐにネガティブに反転してしまうからです。
期待外れの結果をもポジティブに捉える底力がないのです。
なぜなら、それは付け焼き刃のポジティブだから。
自分にとって良いことがあるように便宜的にポジティブにしているだけだからです。

自分に不利な結果が出た時には、すぐに元のネガティブパターンに戻ってしまいます。
ポジティブな期待が大きければ大きいほど、反動的にネガティブパターンに戻りやすくなります。
つまり、ポジティブもネガティブも無理があるということです。
無理があれば、必ず反動が起きます。

ポジティブパターンもネガティブパターンも必要ありません。
ただ事実と共にあることです。
つまり、プラスマイナスゼロです。
ニュートラルであることです。

そうすれば、悪いことが続くことも良いことが起きないこともありません。
ただ事実があるだけです。
外側のことに振り回されなくなります。
良い悪いで捉えている限り、外側の事象に翻弄されます。

つまり、解釈や価値判断はいらないのです。
良いも悪いも必要ないのです。
ただ事実と共に生きるのです。
そうすれば、悪いことが重なることはあり得ません。

それは、自分が創り出している悪い世界です。
自分が悪く捉えることをやめれば、その途端に悪い世界は消えてしまいます。
そして、ただの事実だけが残ります。
そうなれば、不幸もないのです。

良い悪いは、自分の思い込みが創り出す幻想世界です。
そういう幻想のなかで生きているにすぎません。
実際は、良いも悪いもないのです。
ただ自分の価値観のなかで、自分がそう決めつけているだけです。

起きてくる事実と共に生きてください。
良い悪いの判断は、必要ありません。
それは自分の思い込みです。
その思い込みが、自分を苦しめているだけです。

ただの事実があるだけです。
それ以上でも、それ以下でもありません。
そこで留まることです。
それ以上の価値判断をしないことです。

その良い悪いの価値判断は、自分の狭い了見から為される客観性のないものです。
次の瞬間変わる可能性のある曖昧なものです。
そんなものに振り回されて、暗い気分になっても仕方がありません。
それは自分が創り出している幻想の世界に他なりません。

今の自分が陥っているネガティブパターンを手放すことです。
それが、問題の根源です。
別に三人が悪い訳ではありません。
ただその三人の影響を受けて、自分がネガティブパターンにはまってしまったというだけのことです。


『ネガティブも ポジティブもない 事実のみ 価値判断は 幻想世界』

『良い悪い 決めつけるのは 思い込み 思い込みから 悲苦が生まれる』

『ポジティブも ネガティブもない ニュートラル 価値判断に 振り回されず』


これが日記を書き始めて2475日目の心境。

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コメント

Re:2475日目 - 悪いこと

なんだか涙がでてきてしまいました
三人の方も大変でしたね。
なんだかいたくて涙がでたあと
セシウムの土地がいとも簡単に蘇る姿がわいてきて、チェルノブイリとか、化学実験の場所とか、そして、蘇りはどこまでも広がりました
大地が生命を蘇らせるような力がどこまでも広がりました
ふと気づくと、私は幸せの世界の一部みたいになってました。
なんでかな。
自分がないと幸せだな。
不可能がないんだな。
気づくと私も当たり前に蘇ってるようだった。
現象的には私自身もよくないし、私もさらに悪いことが続いてる…かもしれません。
精神も身体も、どうすれば治るのか方法はよくわかりません。
ポジティブに考えることも誰がみてもイマイチ限界だし、(きみさんだけは例外かな?)ネガティブな私が言えることもないけど
何故か幸せの地球と人を見ることができました
幸せの地球ですでに待ってるような気持ちでした
でも、現象にとらわれない、ニュートラル、なかなか試練に感じます~

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Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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