記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2476日目 - 振り回されず深く見守る


今日の屋久島は、激しい雨になっている。
風も強い。
でも、朝早く起きると気持ちがいい。
遠くで虫の音がしている。

光は、どんどん増している。
アセンションとは、光が満ちること。
この三次元に、高次元の光が降りてくること。
その結果、三次元が五次元化する。

すべてに光が浸透している。
人にも自然にも。
それでも、まだまだ人は重たい。
その重たいものが潜在意識から吹き出している。

怒りが吹き出している人もいれば、無気力が吹き出している人もいる。
子供の頃から「良い子ちゃん」をやり過ぎて、もうそれが限界に達している人もいる。
自分には怒りがないと思っていたら・・・
とんでもなく怒りが込み上げている人もいる。

これまで潜在意識の奥に閉じ込められていたものが、一気に吹き出している。
光が潜在意識の奥まで差し込んできている。
これまでは見えなかったものが、はっきりと自覚されるようになってきた。
心の闇が浮上している。

そういう闇が浮上した時に、どうすればいいのだろうか。
怒りにまかせて爆発させればいいのだろうか。
インナーチャイルドの言うままに、欲求不満をぶつければいいのだろうか。
それとも、何もしないで無気力に過ごせばいいのだろうか。

出てくるものは、出してあげる。
それが、大原則。
しかし、それに振り回されない。
それも大原則。

出てくるものに振り回されていたのでは、子供のまま。
子供の頃の癒やされなかった心の傷もあるだろう。
もっと親の愛情がほしかったかもしれない。
満たされなかった思いが、潜在意識のなかに重たく積もっている。

悲しみや寂しさや怒りや憎しみ・・・
いろんなものが潜在意識の奥から出てくる。
それらのものは、みんな出してあげる。
しかし、それらの言うままにはならない。

感情のままになったら、単なる子供返りになってしまう。
子供の言うままに何でも与えていたら、どんな子に育つだろうか。
小さな暴君になるのは、目に見えている。
大切なことは・・・

子供の言い分をわかってあげること。
深く理解して抱きしめてあげること。
そこまで。
子供の言いなりになってはいけない。

それは、実際の子供にも、潜在意識のなかの子供にも当てはまる。
潜在意識のなかから出てくる感情のままにならないこと。
そういうものに負けないこと。
ただわかってあげて、理解すること。

潜在意識のままに、いつまでも無気力に落ち込んでいてもしかたがない。
怒りを爆発させては、周りが迷惑する。
その怒りの感情の源を、よくわかってあげること。
それがわからない限り、ただ怒りを爆発させ続けるしかない。

ポイントは、見守り。
見守りのなかで理解すること。
満たされなかった気持ちをわかってあげること。
わかってあげるだけで、それに振り回されないこと。

しっかりと主体性を持つこと。
見守りという主体性。
感情に翻弄されない。
意識の中心を見守りの方に置く。

そのプロセスのなかで、見守りの意識が育っていく。
見守りという霊性が、意識に浸透していく。
光が、心身に満ちる。
いつまでも潜在意識のなかのものに翻弄されない。

光が強くなればなるほど、潜在意識の奥からいろんなものが吹き出てくる。
そのすべてを見守る。
出てくるものに一喜一憂しない。
出てくるものは、すべて手放す。

そのすべては、解放のプロセス。
重たいものを解放し、軽やかに生きるためのステップ。
一つ一つ、一段一段、ステップアップすればいい。
着実に光は増している。

まだまだ人類の潜在意識の大掃除が続いている。
溜まりに溜まっていたものが、大噴出している。
それが、電話やメールから伝わってくる。
みんな大掃除中。

この機会に整理整頓することだろうか。
心身をスッキリさわやかに調整する。
新しいバージョンに自分自身をシフトアップする。
すべてを見守りながら・・・

このプロセスにおいて、テクニックは何もない。
あるのは、ただ見守ることだけ。
それが、ベスト。
それ以上のものはない。

見守りという意識は、抱(いだ)き参らせ。
すべてを抱擁する神の心。
すべての色を包み込む空の心境。
すべての個に浸透する全体性。

個として生き、全体として生きる。
それには、見守りが欠かせない。
自分を見守り、すべてを見守る。
ただ黙って見守る。

別の表現をすれば、母の愛。
我が子を見守るやさしいまなざし。
すべてを慈しむ仏陀の慈愛。
それが見守るということの本質。


『沸き起こる 潜在意識に 負けないで すべて見守る 理解しながら』

『抱きしめて わかってあげて 共にいて 振り回されず 深く見守る』

『万感の 思いと共に 見守れば シコリは消えて 光に還る』


これが日記を書き始めて2476日目の心境。
関連記事

コメント

中今にいること

宇宙のエネルギーとかはわかりません。
ただ流されず、溺れず、妥協せず、妄想せず、
いまここにいる、等身大の自分の生を
透徹した氣付きをもって日々を丁寧に
生きて生きたい。
それこそがこの時代の大いなる
冒険かもしれない!
そんな風に思えます。
中庸、中道、中正、「中」の意識、氣づき
過去の条件付けや幻想を離れ、
身近な日常の関係性から氣付きを
引き出し、学び、目覚めて行く
自我の幻想、呪縛を相対化する
そんな地道なことの中にしか
光明はないのではないか?

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

Twitter

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

カウンター

  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。