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2575日目 - 赤ちゃんを見守るように


北の方は、大雪らしい。
しかし、屋久島は暖かい。
今年の冬は、あまり寒くない。
あいかわらず雨が多い。

2012年になったけれども、まだ過去の亡霊に怯えている人も多い。
メールを読んでも、浄化が続いている人が圧倒的。
よく電話がかかってくるAさんも、まだ心身の状態が不安定。
勢いよく過去が吹き出ている。

今出ているのは、幼少時の過去。
だから、子供のような言動となる。
むちゃくちゃなことを言う。
論理も何もあったものではない。

体の痛みに泣き叫ぶ。
洋服を脱いだり、奇怪な行動を取る。
よく観察すると、それはみんな幼児性。
何のことはない、子供返りしているだけ。

大人の理性が、時々消えてしまう。
同じことを何度も訴える。
もうダメではないかと、何度も繰り返す。
その世界にはまり込んでいる。

出てくるものは、出してあげるしかない。
それを抑えることはない。
しかし、それに巻き込まれて自分を見失っては、元も子もない。
冷静に見守る必要がある。

ところが、これができない。
ついつい過去の感情に負けてしまう。
出てくるものに翻弄される。
理性的な自分をキープできない。

ただ見守る。
出てくるものを、ただ静かに見守る。
それが、最善の策。
それ以上も、それ以下もない。

見守ることは、無限につながっている。
こまやかに無限に広がる意識。
繊細な慈しみの意識。
まるで慈母観音のような意識。

見守れる時もあれば、見守れない時もある。
基本は、可愛い我が子を見守るように自分を見守ること。
これ以上はないほど大切な自分自身。
やさしく包み込んで、あたたかく見守る。

どんな自分でも無条件に見守る。
評価も判断もいらない。
ただ黙って見守る。
すべてを受け入れて見守る。

良いも悪いもない。
すべて潜在意識に溜め込んできたもの。
それが解放されようとして出てきているだけ。
どんどん出してあげる気持ちで見守る。

出てくるものに拘泥しない。
まったく関わらない。
無視してもいい。
すべては、過去の亡霊。

一つ一つわかってあげて、抱きしめてあげる。
それをやってもいい。
しかし、それはキリがない。
それは、未成仏霊を説得して成仏させるのに似ている。

それも役には立つ。
実際、Aさんもそのようなことをたくさんやってきた。
先祖の霊や縁のある霊たち・・・
Aさんに救われた霊たちが、今度はAさんを守ったりもしている。

しかし、それをやり続けていると、一生が終わってしまう。
いや、一生では足りず、何生も何生もかかる。
それほど膨大な量が存在する。
それは、自分の思いを数えてみればわかる。

生まれてからこの方、どれだけのネガティブな思いを発したことか。
数えられる人はいないだろう。
それらがドロドロの地獄の世界を形成している。
そんなものを浄化し続けてもキリがない。

ある程度やったら、そこから離れることだろうか。
その次元から離脱する。
意識のフォーカスを変える。
重たい思いの世界から、軽やかでクリアーな次元へ移行する。

それが、アセンションということ。
アセンションとは、意識のフォーカスを変えること。
意識のフォーカスを重たい思いの次元からシフトさせること。
軽やかな意識の次元へシフトアップすること。

これまで人類が発してきたドス黒い思いは、凝り固まっている。
それは、個々人の潜在意識のなかにもある。
人類全体の共通無意識のなかにもある。
それらが、今、急速に解放されている。

もうそういうものに関わる必要はない。
いつまでもそういうものに翻弄されることはない。
そういうものは、すべて消えていく。
魑魅魍魎(ちみもうりょう)は、存在しなくなる。

ドロドロの思いの世界から離脱する。
軽やかで客観的な次元へ移行する。
科学的な論理や思考を使いこなす。
心理的な思いの泥沼から抜ける。

冷静に、客観的に生きる。
冷静は、霊性につながる。
霊性は、霊静に変容する。
すべてを見守りながら霊静に生きる。

このことは、これまでも何度も書いてきた。
これが、この日記のメインテーマと言っても過言ではない。
見守りは、無限。
全体につながっている。

個を見守る全体。
それは、我が子を見守る母親のようなもの。
地上に降りた人を見守る魂の視点。
各人を守るハイアーセルフや守護霊の観点。

神の子を見守る神の姿でもある。
その神の視点が、各人のなかにもある。
人は、個であると同時に全体でもある。
神の子であると同時に神そのものでもある。

個であり全体。
主観と共に客観。
行動と共に見守り。
色と共に空。

2012年になっても、基本は同じ。
霊静に見守りながら生きることに尽きる。
これから何年経っても、基本は変わらない。
ただそれが無限に深遠になっていくだけ・・・


『肉体の 痛みにつられ 幼児期の 記憶出てくる 我慢したもの』

『これまでに 潜在意識の 隅々に 溜まり溜まった ものが出てくる』

『出るものは ただ出してやる 出るものに 呑み込まれずに 見守りながら』

『出てきたら ハッと気づいて 霊静に 戻り見守る 出てくるものを』

『赤ちゃんを 見守るように 包み込み すべてと共に 生きる毎日』

『過去は過去 思い(重い)の世界 今は今 今ここはゼロ 常に新鮮』

『今はただ 事実あるのみ 諸々の 過去の思いと 一体化せず』


これが日記を書き始めて2575日目の心境。




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コメント

Re:2575日目 - 赤ちゃんを見守るように(01/21)

未成仏霊を説得して成仏させるのに似ている。

というお言葉について。

そうです。そんな感じですね。

お互い、いつまでたってもきりがない感じです。

だから、悟りを得た人たちは静かな場所や暮らしへ移行するのでしょう。

ひとつひとつ昇華させていたら、ほんとにきりがないですよね。

kimiさん、すみませんがお手伝いお願いします。

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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