記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2608日目 - 人類史


今日の屋久島は、雨。
でも、寒くはない。
雨のなかに春の気配を感じる。
一雨ごとに春が近づいている。

遠くには、ピンク色の木が見える。
あれは、梅だろうか。
まさに満開。
春らしい波動が伝わってくる。

春になれば、花見の季節となる。
いたるところで飲めや歌えのドンチャン騒ぎが繰り広げられる。
食欲、性欲、所有欲・・・
欲望というのは、果てしがない。

本能には、限界がある。
そのように設定されている。
そうでないと、自滅する。
動物を食べ尽くせば、ライオンの食べものがなくなってしまう。

満腹になれば、シカが目の前を通ってもライオンは襲わない。
性の季節は、限られている。
動物は、一部を除いて所有しない。
その日暮らし。

本能には、限りがある。
しかし、欲望には限りがない。
もっと、もっと・・・
所有欲に終わりはない。

身の安全を確保するために、お金を貯める。
しかし、いくに貯めても安心できない。
更に多くを貯めようとする。
しかし、いくら貯めても安心立命は訪れない。

欲望とは、本能と思考の合体物。
食欲、性欲、所有欲・・・
それらは、限界を知らない。
しかし・・・

限界を知らない欲望は、苦しみの元となる。
食べ過ぎれば、病気になる。
性欲の虜になれば、健康を害する。
渇望は、人を苦しめる。

食も性も物も、生きていく上には必要なもの。
しかし、過ぎたるは及ばざるが如し。
ほどほどに楽しむのがいい。
ほどほどに楽しめば、人生を謳歌できる。

ほどほどに楽しむとは、それらの奴隷とならないこと。
主体性は、常に自分の方にキープする。
食欲や性欲や所有欲に翻弄されない。
しっかり自分でコントロールする。

自分で管理できれば、それを楽しむことができる。
しかし、それに執着すると、それに翻弄される。
手に入れたつもりが、逆に虜になってしまう。
欲望地獄。

主体性をキープする。
過度にはまり込まない。
バランス。
調和。

仏教では、そのことを中道と言う。
儒教では、中庸。
主体性を自分の中心にキープする。
物や肉体に支配されない。

精神の主体性を確立する。
思考の主体性ではなく、思考を超えた精神の主体性。
霊静な主体性。
物や肉体や欲望に振り回されないスピリチュアルな主体性。

深く静かに味わう。
食も性も物も。
じっくりとこの世の醍醐味を満喫する。
それは、それでいい。

しかし、過ぎたるは及ばざるが如し。
度を超さないように。
囚われないように。
執着しないように。

それは、人についても言える。
好きだからといって、ストーカーになってはいけない。
自分を見失っては、本末転倒。
霊静な自分を常にキープすること。

霊性ベースで、この世のことも楽しむ。
この世に生きているのだから、この世のことも楽しんでいい。
しかし、ベースは霊性。
それが絶対条件。

間違ってもベースを物や肉体に置かない。
物質に自分を奪われない。
欲望に負けて、自分の本質を見失わない。
それが・・・

実は、これまでの人類史。
物質の虜となり、自分の本質を忘却。
肉体人間となり、個になりきった。
全体を忘れ、自分本位に生きる存在となってしまった。

それぞれが自分勝手に行動し、自分さえよければいいと思うようになった。
その結果、争いの絶えない世の中となってしまった。
人々は、戦々恐々として生きるようになった。
安心立命も平和も遠い存在となってしまった。

人類は、歌を忘れたカナリヤ。
肉体に閉じ込められたカゴの鳥。
カゴの外の世界を知らない物質人間。
思い込みというカゴのなかで生きる幻想人間。

思考がつくり出す果てしない欲望世界。
その世界のなかでのたうちまわる人類。
物やお金に呑み込まれ、本質を忘れた欲望人間。
外からの情報に振り回され、内面の歌を忘れたカナリヤ。

歌とは、何だろうか。
それは、内側からほとばしり出るものだろうか。
いのちの息吹。
霊性のきらめき・・・

その歌を歌うためには、調和がいる。
物質との調和。
肉体との調和。
心身の調和。

過食も拒食も不自然。
一方に偏りすぎない。
中道であり中庸。
そのバランスの上で、初めて霊的な歌が歌える。

物質や肉体が調和してこそ、真の歌が歌える。
地球のことを学び、物質や肉体をマスターするのは必要条件。
けっして十分条件ではない。
心身の調和の上で霊的な歌を歌って、初めて必要十分条件となる。

人類は、必要条件を満たす過程で躓(つまづ)いてしまった。
地球の学習途上で、物質や肉体の虜となってしまった。
自分の本質を忘れ、物質や肉体の奴隷と化してしまった。
それが、これまでの人類史。

何度も何度も霊的な文化を打ち立てようと試みた。
しかし、その都度、物質地球に取り込まれてしまった。
欲望に負けた。
それは、地球に過度にのめり込んだ結果。

まだ中道や中庸をマスターしていない証拠。
まだまだ未熟な人類。
しかし、もう機は熟しつつある。
人類が成熟する時・・・

地球を理解する。
物質や肉体をマスターする。
それらに振り回されない。
理解して、それらを活用する。

それらを使って、新しい文化を創造する。
霊性に満ちた光の時代。
それが、これからの人類の使命。
新しい霊性の息吹あふれる地球を築くこと・・・


『人類の 歴史を超える 方法は 過不足なくし バランスをとる』

『肉体や 物質だけに 偏らず 霊性ベース 調和・バランス』

『食欲も 物質欲も 性欲も 楽しみながら 霊性ベース』

『過ぎたるも 足らざるもまた 道ならず 道は中道 過不足なくす』

『物質と 肉体共に 理解して 囚われないで 地球創造』

『心身の バランスとって 新しい 時代を開く 霊性ベース』


これが日記を書き始めて2608日目の心境。

関連記事

コメント

こんにちは^^

昔、きみまろさんがTVでおしゃっていました。

人生の‘はひふへほ’

は はんぶん
ひ ひとなみ
ふ ふつう
へ へいぼん
ほ ほどほど

よく思い出す、好きなことばです。

Re:2608日目 - 人類史(02/23)

シンクロです。。
今日、狂ったような(まさにそう。。)食欲でした。。
霊性に。。
いまだに周りに挑発されると、いとも簡単に怒るし。。
いまは特に揺れ幅が大きいように思います。。

波のない時は、霊性も近いような氣にもなるのですが、わたしはまだまだみたい。。

子どもたちは遥かに霊性に近いと想うのですが。。
同居の旦那の家族が、ほんとうに毎回自分にいろいろな試練を与えてくれるようです。。



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

Twitter

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

カウンター

  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。