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2636日目 - 生きる姿勢


今日は、朝から晴れた。
新月なので、水を汲みに行く。
山桜は、五分咲き程度。
新緑が、目に眩しい。

田んぼでは、水が張られていた。
もうすぐ田植え。
屋久島は、いつも三月下旬から4月上旬が田植えの時期。
7月末から8月上旬には、刈り取りとなる。

辺りは、春景色。
しかし、心が春になれない人もいる。
今月上旬に三泊四日の屋久島の旅をしたMさんからメールが届いた。
まだ厳しい冬が続いている様子。

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HP、新しくなったんですね。
「今日の屋久島」の昨日の菜の花の写真が、とてもきれいで感動しました。

私はこの一週間、かなりネガティブにハマっていました。
イライラし、気持ちが焦り、とても冷静とは程遠いものでした。

先程もかなりネガティブになってしまったので、考え方をポジティブに変えてみました。
一瞬明るい気持ちになりましたが、すぐにマイナス思考になります。

例えば誰かに対して言った一言を、「失礼だったかな」と思い後悔する。
相手にどう思われたか気になる。
「またネガティブになってるな。いつもの考え方の癖だ。」と自分の気持ちを見守るようにする。
そこまでは何とか出来たとしても・・・
相手の反応が良くないと感じると、「やっぱりあんなこと言ったからだ。」とネガティブにハマっていきます。

今がまさにそうです。
ポジティブに考えてみようとしても、「いくら何でもその考え方には無理があるのでは?」と思ってしまいます。
それも「決めつけ」かな?

自分の気持ちをさらけ出すことと相手の気持ちを尊重することのバランスがよくわかりません。
何でもストレートに言えばいいという訳ではないのはわかりますが、自分の気持ちに正直になると相手を傷つけてしまう気がします。
また、「嫌われるのでは」という恐れもあります。

自分の気持ちに正直に行動すると居心地が悪く感じるのです。
今まで人に合わせ過ぎてきたからでしょうか?

正直言って気持ちが苦しいです。
まだまだ努力が足りないですね。
読んで下さってありがとうございます

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自分の気持ちを正直に出すことと、相手を尊重することのバランスは、とても難しい。
自分の気持ちを爆発させれば、相手を傷つける可能性が高い。
そうかといって自分の気持ちを押し殺したのでは、自分がいたたまれない。
さて、どうするか。

自分の気持ちも表現し、相手の気持ちも尊重する。
その両方を両立させる。
それが大原則。
しかし、それには冷静さと客観性がいる。

冷静に話せないのなら、話さない方がいいかもしれない。
客観的に自分を見守れない状態なら、黙っていた方がいいかもしれない。
感情のままに話しても、よいことはない。
いかに相手を理解し、自分を理解するか。

相手の立場になり、自分の立場を客観視する。
なかなか骨が折れる。
自分の感情をぶつけることは、たやすい。
同様に、自分の気持ちを押し殺すことも難しくはない。

しかし、それらは問題を引き起こす。
なぜなら、相手の気持ちを無視しているから。
あるいは、自分の気持ちを無視しているから。
そのどちらも適切とは言えない。

相手を理解し、自分を理解して話すのは、至難の業。
そんなに簡単にできることではない。
これまでは、無意識にやってきただけ。
周りに妥協して生きてきただけ。

妥協はしない。
自分の気持ちを押し殺したり無視したりもしない。
そうかといって、そのままぶつけることもしない。
相手の言うなりにもならない。

さてさて、なかなか難しい。
本当のコミュニケーションというのは、そんなに簡単なものではない。
特に他人との間では。
身内なら気心が知れているが・・・

でも、いくら気心が知れていても、行き違いもある。
意思の疎通を円滑にすることは、そんなにたやすいことではない。
もう一度、ゼロからやり直すしかない。
前提や思い込みを外して・・・

相手の言葉を注意深く聞く。
相手は何を伝えようとしているのかを正確に理解する。
わからなければ、聞き返す。
たぶん・・・

いつもは、そんなに注意深くは聞いていない。
いい加減に聞いて、いい加減に返事をしている。
すべてゼロからやり直すということは、真剣さが求められる。
ただの会話でさえ、もう一度真剣に聞いてみる。

相手の言いたいことが正確に理解できたら、こちらの気持ちを伝える。
すぐに反応しない。
すぐに言い返さない。
落ち着いて、しっかり相手の言葉を受けとめてから話し始める。

できるだけ冷静に、できるだけ客観的に話すように心掛ける。
知り合いだからと、いつものように無意識に話さない。
話す内容をしっかり確認しながら話す。
これまでは・・・

イージーすぎた!
相手の言葉を半分も聞いていなかった。
すぐに相手の言葉に反応した。
そう、表面的に生きていた!

表層意識だけで生きていたから、すぐに反応した。
ただ反応の繰り返し。
それでたくさんのトラブルが起きた。
会話に深さがなかった。

真剣に注意深く会話してこなかった。
そもそも会話を正面から見据えることさえなかった。
惰性のままに会話してきた。
コミュニケーションとは何か、真剣に考えたことはなかった。

もう一度、すべてをゼロからやり直す。
一つ一つ確認しながら進んでいく。
そのくらいの覚悟がないと、ネガティブの泥沼からは抜け出せない。
厳しいようだけれども、それが事実。

但し、一つ一つ丁寧にやっていると、やがて加速度がつく。
そして、いつか花開く。
大切なことは、最初の一歩。
丁寧に注意深くトライしてみること。

いつものようにイージーに生きない。
一つ一つに注意を払う。
すべてを見直す。
よちよち歩きから出直す。

大原則は、先ずは相手が何を言おうとしているのかを理解すること。
これがなければ、返事のしようがない。
わからなければ、わかるまで聞く。
まず相手を理解し、それから自分の気持ちを伝える。

深く相手を理解できれば、それに見合ったものが自分のなかから自然に湧いてくる。
それが、一番ナチュラル。
無理がない。
いかに相手を深く理解するかに尽きる。

一旦、ゼロに戻ること。
すべての始まりに戻って、ゼロからやり直す。
まず相手の言おうとすることを正確に理解するように努める。
一つ一つ順序立ててやっていく。

最初は、亀の歩みかもしれない。
でも、それが必要。
まず何よりも相手を理解すること。
それがすべての始まり。

憶測しない。
勝手に推測しない。
わからなければ、聞く。
正確に相手の気持ちを理解する。

そして、自分の気持ちも理解する。
それから言葉を発しても遅くはない。
すぐに反応しない。
もし反応すれば、それはいつものパターン。

間を置く。
冷静になる間をおく。
理解する間をおく。
それから対応する。

イージーに言葉のやりとりをしない。
注意深く、大切に言葉を扱う。
それが、人生を真剣に生きることにつながる。
これまでの惰性で生きない!

一つ一つのことに注意を払う。
それは、とても骨の折れること。
だから、すべてを一度にはできない。
できることから、一つ一つ丁寧にやっていく。

まずは、会話にもっと注意を注ぐことだろうか。
しっかり相手を受けとめる。
相手を受けとめることは、自分を受けとめることに他ならない。
相手も自分もしっかりと受けとめてあげる。

それは、生きる基本的姿勢の問題。
会話一つが、生き方の根幹に関わってくる。
相手をどれだけ大切にしているか。
それとも、いい加減に扱っているか。

相手を大切にしているということは、自分も大切にしているということ。
逆は、言うまでもない。
人を大切にしていないということは、自分も大切にしていないということ。
つまり、誰も大切にしていないということ。

もしそれが自分のありのままの姿としたら?
なんと寂しい人生だろう。
一つ一つのことが、なんともいい加減。
些細なことが、本質的なこと。

いい加減に生きないで、一つ一つ丁寧に生きる。
一歩一歩着実に歩んでいく。
最初は、手探りでもいい。
試行錯誤でも、何も問題はない。

なにしろ一つ一つを真剣に注意深くやってみる。
最初の一歩が最後の一歩。
最初にいかに取り組むか。
どういう姿勢で人生に対処するか。

まさに生き方が問われる。
どのように生きたいのか。
手っ取り早く結果だけを得たいのか。
良いとこ取りか・・・

それとも、地道に一つ一つ積み重ねていくのか。
結果を求めず、今この瞬間の生きる姿勢を大切にするのか。
問われているのは、生きる姿勢。
生きる真剣さ。


『何よりも 相手の気持ち 受けとめて 理解するのが 最初の最初』

『よく聞かず 反応するから これまでの パターンのまま ネガティブ指向』

『よく聞いて しっかり受けとめ 理解して それからゆっくり 話し出すこと』

『受けとめる 気持ちがあれば おのずから 出てくる言葉 それに対応』

『落ち着いて 生きる姿勢が 人生に 深いやすらぎ 調和もたらす』

『小手先の ノウハウ・ハウツウ テクニック そういうものは すべてごまかし』

『結果だけ 求めて生きる 人生は 時間のなかの 思考の世界』

『真剣に 生きる姿勢が 人生の 真理もたらす 最初の一歩』

『始まりの 姿勢のなかに 人生の 真理は宿る 最後の一歩』


これが日記を書き始めて2636日目の心境。
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コメント

こんばんは^^*

何年か前から感じていることは、
真剣に生きて感じたことの中にのみ
わたしが本来、求めているものがあるということです。

ある日ふと思ったんです‘一度でも本当のりんごの味を味わってみたい’って。

そしたら、それで本望だから、例え二度と食べられなくてもいいって。

おかしな例えに聞こえるかもしれませんが、なにに関してもそう思っています。


相手を深く理解することは、自ずと自分を深く理解することに
なるのでしょうね。

自分一人の時は、冷静になるのは容易ですが、
相手がある時は、かなり注意深くしていないと
つい条件反射で今までのクセが出てしまいます。

相手も自分もお互いを深く理解できたとき
もう言葉を発する必要がないのかもしれませんね。


PS いつも一番乗りでスイマセン。。^^

こんばんは kimiさん^^

昨日の日記前半はよくわかりました。
で、実際にどうしたらいいの?と思っていたら
今日の日記 よくわかりました。
これからはもっと意識的に真剣に生きてみます。
ありがとうございます。

PS:ブレスレットの完成お待ちしています(笑)あれ以来
づっと風邪をひいた状態で熱も何度も出しています。
よほど まだまだ浄化が必要なんですね^^;

こんばんはkimiさん

見守るって痛いですね。

見守るって優しいものだと思っていました。

心にささって痛いけど、見守るように生きられたら、仏さまになれますね。

Re:2636日目 - 生きる姿勢(03/22)

いえいえ。仏様のように生きれますね。にします。

はじめまして

つい最近kimiさんの日記に巡りあえました
私にとって絶妙なタイミング
毎日読ませて頂いて共感そして理解できることばかり・・・
本当にありがたく感謝してました
それが昨日から今日にかけてどうしても自分の思いに振り回される出来事があって
自分と関わりの深い人との関係なのですが
見守らなければ、言葉に出すより心で理解しなければと思い過ぎて
気持ちを押し殺して辛かった、吐出してしまいたかった
そんな今この日記を開いてみると、私の葛藤に対する答えのような言葉の数々
まるでkimiさんに気持ちを見透かされたかのようです
勝手に推測しないで真摯に向き合ってみます
ありがとうございました

Re:2636日目 - 生きる姿勢(03/22)

またまたシンクロです。。
この日記との時間差を考えて不思議な想いです。。

なぜなら、先ほどわたしが体験して悩み耽ったことの答えがこの日記にあったから。。
kimiさんは、まるで未来の情景がもうすでに見えているかのように思えました。
これは、いつだったか同じようにシンクロですと思わずコメントしたときにも感じた不思議な想いです。。

時間と言うパラレルワールドを想います。。
こんなことってあるのか。。
SFの世界です。。

すみません、文章能力がなくて。。

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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