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2645日目 - 短歌


今日で3月も終わり。
今年も四分の一が過ぎてしまった。
3月は、20日の春分の日に「屋久島 光のガイド」のHPを全面的にリニューアルした。
新しい時代のHPに変身した。

その副産物として、「今日の短歌」が生まれた。
元々は、写真やロゴが多すぎるので、もっと文字を増やすための手段だった。
短い文章のつもりが、試験的にアップされたのが短歌だった。
それがいい感じだったので、そのまま短歌を掲載することにした。

毎日、日替わり。
しかし、何かの都合で見損なうと、前日の短歌がわからない。
そこで、「kimi和歌集(前日までの短歌)」を新たに加えた。
「今週の写真」の短歌バージョン。

但し、「今週の写真」と違うところは、期間がないこと。
「今週の写真」は、1週間分のみ。
しかし、「kimi和歌集(前日までの短歌)」の方は、無制限。
すべての短歌を掲載したいと思っている。

毎日、変わる。
一年365日、違う短歌を掲載する。
それでも、既に10年分ぐらいのストックはある。
新しいものも追加されるので、別に問題はない。

まとめて短歌を読んでみると、何か感じるものがある。
一貫して流れているものがある。
一つの短歌だけでは伝わりにくいものも、たくさんの短歌だと伝わりやすくなる。
大切なものは、言葉を超えたエネルギー。

そのエネルギーを言葉で表現しているだけ。
そのエネルギーを感じるには、何度も読み返すといい。
そのうちになんとなくわかってくる。
読書百遍意自ずから通ず。

短歌は、今の時代に向いている。
今は、携帯メールやTwitterの時代。
短くて簡潔な文章が好まれる。
それは、まさに短歌の世界。

短歌は、伝えたいことを三十一文字(みそひともじ)で表現する。
極めて凝縮された表現方法。
日本古来の洗練された表現の仕方と言える。
俳句と並んで日本人の心を表している。

たぶんあの世へ帰って自慢できそうなのは、短歌ぐらい。
写真も美しいものをたくさん撮った。
しかし、プロには敵わない。
プロが撮った屋久島の写真集がたくさん出ている。

日記もたくさん書いた。
しかし、精神世界の本は、山ほど出版されている。
水晶のストックもたくさんある。
しかし、もっとある人は、いくらでもいる。

ただ精神世界の短歌というのは、あまり聞かない。
昔の人の道歌というのはある。
人生訓みたいな短歌。
過去の宗教家に見られる。

しかし、これだけたくさんの精神的な短歌を残した人を知らない。
もしかしたらいるのかもしれないが、寡聞にして聞いたことがない。
たぶんいないのではないだろうか。
少なくとも現存する出版物はないだろう。

このスピリチュアルな短歌だけが、真の財産かもしれない。
読み返す度に、いいなと思う。
自画自賛だけれども、自分でも好きな短歌たち。
何とも言えない美しい世界が広がっている。

何千首かの短歌は、再び同じものを作ることは不可能に近い。
その時その時にできたものなので、再現は限りなく難しい。
今は、楽天のこの日記にあるのみ。
これが消えると、全財産も消える。

バックアップを取らなければ・・・
と思いつつ、まだ一部しかできていない。
自分の唯一とも言える財産なのだから、もう少し大切にした方がいいかもしれない。
明日の短歌は・・・

わからない。
どんな短歌になるのかは、ぴあのさんしだい。
短歌の選択権は、ぴあのさんにある。
というか、ぴあのさんにまかせてある。

こちらでは、短歌の全容を把握していない。
たぶんぴあのさんの方が詳しいだろう。
一旦書いたものを読み直すことはない。
そのために書いたものを忘れていることも多い。

それ故に、自分の短歌にもかかわらず新鮮さがある。
毎朝、読むのが楽しみ。
もう何年も前に作ったものなので、記憶の外にあるものも多い。
よくこんな短歌を作れたなと感心する。

自分の財産と言えるものは、短歌と日記と写真と水晶。
ただそれだけ。
お金もないし、土地や家もない。
今生を生きた証(あかし)と言えるのは、短歌と日記と写真。

それらは、死んだ後もキープされるかもしれない。
少しは世の中の役に立つかもしれない。
でも、変化が速い時代なので・・・
何とも言えない。

人生を振り返って一番価値がありそうなのは、短歌や日記。
それ以外には、あまり思いつかない。
個々の行為というものもあるが、短歌や日記のような普遍性に欠ける。
精神世界のセミナーや個人セッションなどもあるが・・・

やはり普遍性で及ばない。
短歌や日記には、普遍性がある。
時代を超え、次元を超えた普遍性。
どこでも通用する。

大袈裟に言えば、人類の遺産?
いずれ教科書に載る?
どうかな?
ま、どちらでもいいが。

ネット上に残しておくか。
それとも、本として残しておくか。
いずれにしても残しておく必要はあるだろう。
ある段階に来たら、そのようにするつもりでいる。

まだ当分は、大丈夫だろう。
まだ作り続けられる。
現役の間は、いいかな。
しかし、生涯現役のつもりなので・・・

まだ日記を書き、短歌を作る。
当分は、それが続くだろう。
まだ死にそうにない。
というか・・・

死そのものがない感じ。
生き通しという感じになってきている。
死というものが、自分のなかからほとんど消えている。
生死はないに等しい。

これからも、この世とあの世とをつなぐ短歌を作り続けるのだろう。
この世オンリーバージョンではなく、多次元バージョンの短歌。
短歌と日記が、自分にとってこの世に貢献できる最大の方法かもしれない。
まあ、楽しみながらやろう。


『日記書き 短歌を作る ことこそが 自分が生きた この世の証(あかし)』

『人類に 貢献できる 最大の 方法それが 日記と短歌』

『普遍性 あるものだけが 生き残る 世の人々の 役に立つため』


これが日記を書き始めて2645日目の心境。


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コメント

こんにちは^^*

紙とえんぴつを片手に世界(人生)を旅する様に生きるのって
素敵ですね^^*

軽やかに爽やかに生きていきたいな☆

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プロフィール

光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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