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2795日目 - 真の願い

今日の屋久島は、台風です。
台風自体は、昨日通り過ぎたのですが・・・
吹き返しの風が吹き荒れています。
ここのところの台風のパターンです。

次のような質問メールが届きました。

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ブログ読ませていただいています。
ちょっと整理したいので質問させてください。

空と色の説明がとてもわかりやすくて好きなのですが、色の世界を楽しむこと(個人的な願望を実現していくこと→好きな人に好きになってもらうような努力をすること。夢を実現していくことなど。)は、真我の願いには繋がらないのでしょうか?

それ(個人的な願望実現)は、エゴからと言えばエゴからの願望ですし、カルマなどからの願望なのかもしれませんが、真我や空に意識を深く置けるようになると、そういった願望までもが無くなっていく感じですか?

「創造する」ことの意味というか、仕組みみたいなのが知りたいです。
お時間あるときにお返事くださったら嬉しいです。

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「色の世界を楽しむことは、真我の願いには繋がらないのでしょうか?」
とのことですが・・・
色の世界を楽しむことの中身しだいでしょうか。
個人的な願望実現が真我の願いに繋がるかどうかは、微妙ですね。

個人的な願望実現は、多くの場合は周りの影響の結果です。
時代の風潮というか、社会情勢に多分に影響されます。
今の子供たちがサッカー選手にあこがれるみたいなものです。
これが明治時代であれば、「末は博士か大臣か」でした。

マスコミなどの世間から注目されるものに、人は惹きつけられます。
世間の風潮のなかで個人の願望は形成されます。
それは、この世的であり物資的です。
多分に自己中心的なものです。

しかし、そのなかに自分の真の願いが潜在していないとも言い切れません。
無意識のうちに、人は真の願いを実現しようとします。
時代状況のなかで、いかに自分の真の願いを実現するか。
人生とは、そういうものです。

自分の真の願いと個人的な願望は、イコールでしょうか。
たぶんそうではないことが多いでしょう。
でも、まったく外れているとも言えません。
微妙です。

自分の真の願いとは、この世で実現したいと願っていたことです。
生まれる前に計画したことですね。
それが個人的願望そのものであれば、何も問題はありません。
ところが、多くの場合は個人的願望はマスコミなどの影響の結果です。

物質や肉体ベースの欲望がほとんどです。
それでも、そのなかに微妙に自分の真の願いも入っていたりします。
ですから、無礙に個人的願望実現を否定することはできません。
でも、それが真の願いそのものとも言えません。

個人的願望は、過去世からの影響も強く受けています。
それは、カルマの清算ということでは意味があります。
しかし、それは真の願いの前提条件みたいなものです。
カルマをクリアーにすることによって、フリーになるのです。

真我や空に意識のベースを置くようになれば、個人的な願望実現はどうでもよくなるでしょう。
過去世のカルマの影響で、そういうものも多少は残っています。
でも、それは残滓みたいなものです。
単なる癖ですね。

この世を生きるには、人格が必用です。
人格は、成長過程の環境によって形成されます。
そこには、時代の影響があります。
自分流の好みやパターンもあります。

そういうこの世的なものも残りますが、基本はそれらを超えています。
そういうものを超えているからこそ、色の世界を楽しめるのです。
個人的な願望実現にのめり込んでいたら、色の世界を楽しむことはできません。
色の世界から抜けて、初めて色の世界が楽しめるようになります。

色の世界にどっぷりと浸かっていれば、色の世界で生き残ることで精一杯です。
とても色の世界を楽しむ余裕はありません。
個人的な願望の世界を超えなければ、空ベースで生きることは夢のまた夢です。
空ベースで生きるとは・・・

全体と共に生きるということです。
全体のなかに自分も含まれます。
自分の個人的な願望実現は、ほんの小さなことです。
それもやらせてあげてもいいでしょうが・・・

長い永い目で見れば、個人的願望実現も真の願いに繋がるのかもしれません。
でも、最も大切なことは、自分が今回生まれてきた目的を達成することです。
計画してきたことを実現することですね。
それこそが今生の真の願いですから。

それは魂の願いであり、魂に繋がる存在の願いでもあります。
個人的願望というのは、この世の人格の願いです。
それがイコールになるといいのですが。
空ベースになっても、自分が今生で計画してきたことは実現していくのです。

淡々と実現していくのですね。
やるべきことをやるだけです。
それは、個人的願望を超えています。
全体と共に生きていくのです。

個人的願望と今生の真の願いを一致させるには・・・
常に自分に問いかける必要があります。
これでいいのか。
本当は、何がしたいのか。

そうやって今生の真の願いを見つけ出すのです。
社会と関わりながらも、日々、問い直すことです。
そして、内にある真の願いを社会のなかで実現するのです。
それこそが、この世を生きるということです。

創造することの意味や仕組みについては、また改めて書きますね。


『生まれ出る 前に計画 したことを 実現するのが 生きるということ』

『真実の 願いは常に 内にある 内をベースに 外を生き抜く』

『人の世の 流行廃(はやりすた)りに 踊らされ 真の願いを 忘れないこと』

『本当に 心の底から したいこと それをやること それが一番』

『問い返す 常に自分に 問いかける これでいいのか 何がしたいか』

『現実の 社会のなかで 内にある 真の願いを 実現していく』

『全体と 繋がりながら 個を生きる 個でありながら 個を超えていく』

『淡々と やるべきことを やっていく 空をベースに 色を生き抜く』


これが日記を書き始めて2795日目の心境。




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光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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