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376日目 - 自我

屋久島は暖かい日が続いている。
それに少しずつ日も長くなってきている。
なんとなく春が近づいているのだろうか・・・

自我とは何だろう?
主観的に見れば、
それは自分が掴まえているものだろうか。
執着であり、囚われであり、こだわりだろうか。
自分がしっかりと握って放さないもの。
それが自我だろうか。

自分はカッコいいとか、カッコ悪いとか。
自分はリッチとか、プアーとか。
自分は学歴があるとか、無学歴とか。
自分は幸せとか、不幸とか。
自分は友達に恵まれているとか、孤独とか。
自分は将来性があるとか、夢も希望もないとか。
自分は歌がうまいとか、音痴とか。
自分は有名とか、まったく無名とか。

要は、自分に対するイメージ。
自分についての思い込み。
それが自我ではないのだろうか。
それ以外に自我=「私」というものが存在するだろうか。
自分が自分について持っているイメージ。
それが自我ではないのだろうか。

そういうイメージがなければ、自我もない。
そういう思い込みがなければ、「私」もない。
あるのは、透明な意識だけということになる。

客観的には、
人は生まれ落ちて肉体と共に成長する。
やがて肉体と同化していく。
肉体と自己同一化していくのだ。
肉体には自己保存の本能がある。
それは自動的に働く。
やがて思考力が発達する思春期になると、自分に対してイメージを抱くようになる。
それは必然的に自己保存の本能に沿ったものになる。
つまり、自己中心的なイメージとなりやすい。

自分は成績が良いとか、成績が悪いとか。
自分は異性にモテるとか、モテてないとか。
自分はスゴいとか、自分はダメだとか。
自分は何でもうまくできるとか、いつも失敗ばかりするとか。
幼児期には思ってもみなかったような自分に対するイメージを持つようになる。
それが自意識と呼ばれるもの。
つまり、自我。

幼児の頃には人前で歌ったり踊ったり平気でできたものが、自意識が発達するにつれて、恥ずかしくてできなくなる。
恥ずかしいという感情は、自意識から生まれる。
自意識過剰になれば、自由が縛られる。
他の人から自分がどう見られるか、それが一番重要になる。
つまり、自分のイメージが最重要課題となるのだ。
それがプライドというもの。
それがアイデンティティというもの。

小さな子供にはアイデンティティなどというものはない。
自意識も自己イメージも薄い。
それは思考力が発達していないから。
まだ自分に対する複雑な思考ができないのだ。

傷つくということは、自己イメージを傷つけられるということ。
別に体を傷つけられたり、衣服を傷つけられたりするわけではない。
自分が傷つく。
自分とは、自分に対して自分が持っているイメージ。
ブスと言われたり、みんなに嫌われていると告げられると、簡単に傷ついてしまう。
それは、そんな自分ではないと思っているから。
少なくとも、そんな自分ではありたくないと思っているから。
人を傷つけるのは簡単だ。
その人が劣等感を抱いている部分をストレートに言えばいいだけ。
いや、間接的に言うだけでも効果がある。
劣等感とは、まさに自分に対する思い込み。
それは事実というより、思い過ごしに近い。
まったくのイメージでしかない。
その劣等感も、また自我の一部に他ならない。

自我とは、成長過程で思考力が発達する時、自分について持つイメージ。
その自分のイメージとの自己同一化。
それが自我だ。
自分とは、肉体でも感情でも思考でもない。
それは自分が自分に対して持つイメージなのだ。
それが自我の正体ではないのだろうか。

正体が明らかになる時、なぜ自我が存在するのかという疑問は自(おの)ずから消える。
ただそういう事実があるのみ。
自我の存在理由も、また思考の産物なのだ。
事実として、人は自己イメージを持っている。
それが自我と呼ばれるものである。
そういうシンプルな事実だけが残る。
どこにも自我の存在理由はない。
そもそも自我などというものは存在しない。
それはイメージ。
つまり、幻なのだ。
刻々と移ろいゆく幻想。
どこにも実在することのない思い込み。
それが自我の実体ではないのだろうか。

意識はある。
しかし、自我という実体はない。
ただ自分にまつわる思い込みがあるだけだ。
そのイメージに基づいて、思ったり行動したりする。
自己保存の本能と思考が一体化して、自己中心的に動いているだけだ。
しかし、それは極めて短絡的な思慮の足りない思考に他ならない。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という言葉がある。
暗いところで見ると、枯れた花が幽霊に見えてしまう。
ところが、明るいところでゆっくり見れば、ただの枯れた花。
単なる思い込みなのだ。
自我というのも、そういうものではないのだろうか。
光を当ててみれば、何も実体はないもの。
ただの思い込み。
それが真に理解される時、自我は力をなくす。
自我ではない、別の生が始まる。

第一チャクラは、生命力のチャクラ。
生まれて自分の肉体をコントロールできるようになる過程で、肉体感覚が発達する。
第二チャクラは、感情のチャクラ。
肉体を自分のものにすると、快・不快という感覚から徐々に複雑な感情が発達してくる。
第三チャクラは、思考のチャクラ。
感覚、感情と発達してきた意識は、次に思考力を発達させる。
その思考力が自分を肉体や感情と自己同一化させていく。
思考力が自己イメージをつくり出す。
それが自我。
第一チャクラから第三チャクラまでが一つになったもの、それが自我の実体なのだ。
意識の成長過程の中で生み出された自己イメージ。
その自己イメージに基づいて生きているのが、今の人類の現状なのだ。

それは意識の肉体における発達過程の産物。
良いも悪いもない。
ただの事実。
まだ深く理解されていない事実。
理解されていないために、人類が振り回されている事実。

事実は理解するしかない。
理解されれば翻弄されることもない。
注意して見ないから、枯れた花が幽霊に見えてしまう。
事実と共に生きる。
事実を見極める。
それがシンプルに生きることに通じる。

以上のことは、
本からの知識でも、誰かに教えてもらったのでも、もちろんチャネリングでもない。
自分自身で見極めたこと。
だから、正しいという保証はない。
人生のどこにも正しいという保証はない。

事実を見極めきる。
それが人を自由にする。
元々、人は自由なのだが、自分で自分を縛っている。
肉体と共に生きる中で、
思考力が発達する中で、
周りからの影響も受け、
自我という幻をつくり出してしまう。
そして、それに基づいて生きるようになる。

そのプロセスを自分自身を通して理解してほしい。
ここに書かれていることは、みんな忘れていい。
知識はいらない。
理解することだ。
自分自身を。
自分自身の実態を。
自分自身の行動原理を。
そうすれば、本来の自由に戻れる。
ひとたび不自由になって、真の自由を知る。
人は新しい次元へ進む。

地球の人類は、今、第三チャクラから第四チャクラへ移動しようとしている。
これまでの自我を中心とした文明から、次の文明へ移行しようとしている。
それはどういうものだろうか。
第四チャクラとは、いかなるものだろうか。
それは明日のお楽しみに。
今日は、まだホームワークを見る必要がある。
先へ行きすぎると、ホームワークがつまらなくなってしまう。
ゆっくり進もう。

『自我という 自分を縛る 思い込み 光を当てて 理解するのみ』

『縛られて 解(ほど)いてみれば 初めから 自分で自分を 縛っていただけ』

これが376日目の心境です。



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コメント

発達過程・・・

>地球の人類は、今、第三チャクラから第四チャクラへ移動しようとしている。
>これまでの自我を中心とした文明から、次の文明へ移行しようとしている

何にも無しから、あるいは第一から、
第四に飛ぶのでなく、やはりクリアしていく過程がいるのでは・・・
この過程は成長するために必要なもの?
最初、この地球における生物の発達は肉体重視。
恐竜のような巨大肉体に発達。
これは、やたら食料を食べつくす方向へ向かうだけ・・これはリセット!リセット?
恐竜は、突如地球に存在しなくなった。

何故か?神々は実験している?
いや、神々はもうかなり年寄り。
火の鳥のように生まれ変わるか、
もしくは蜜蜂のように跡取りを育てるか。
きっと後者。
まず、肉体では大ききゃいいってわけではない。
リセットした時、天変地異を避けて震えながらも生き延びた哺乳類。
神々は、彼らを生かしてみることにした。
彼らは、神々から少しは恩恵(ローヤルゼリー?心の発達?)も受け、
多様にそして高度に発達していった。
哺乳類の多くは、感情を持つ生き物となった。
神々は有能そうな幾種かの哺乳類に思考の種を食べさせた。(これもローヤルゼリー?)
人は、神々も驚く発達を遂げ始めた。
やや野放図に・・・
神々は、奥の手ローヤルゼリーを出した。
神の教えを。
ところが、人はそれすらも権力や私利私欲に変えてしまう。
なかなか有能な逸材だけに、なかなかリセットにまで行ききらず、
懲らしめ程度で人が育つのを気長に待った。
今、人は大きな危険をはらんでいる。
自らのウヌボレのために自滅するかもしれない。
神々は最後の賭けに出た。
宗教とはならない導き。
自らの目覚め。

目覚めた人々を残そう。
思考を超えるローヤルゼリーは誰彼に与えない。
目覚めたものに第四のチャクラを授けよう。
そして、再び待とう。
次の神々となれる存在が現れるのを・・・。

理解する

kimiさんと出会わなければ、その理解するということも出来ないままだったかもしれません。
周りの言葉や環境に惑わされないで、自分自身を理解する。
今からここから。。。
もっともっと自分を信じ、見つめてあげよう♪
愛する家族を思うように☆彡

Re:376日目 - 自我(01/12)

日記を読みながらすっきりとしてきました。
ありがとうございます。

次の時代は?

ホームワークのコメントを読ませていただいてから
この日記を読んだのですが、
本能と、私利私欲のない思考を両立するために私達は自分に向き合っている?
自我を知ることは、私利私欲の状態を知ることだから、
現象化する前に、それを捨てる作業なのかなあ。
自我のメカニズムを知ることは、車の運転の注意の仕方を知るようなもの?

ただ、自我を見守ってわかったことは、私の行動は
自我から発することが多いのですね。
寂しいから、こうする。認めて欲しいからこうする。
コンプレックスを隠すために、違うことで発散する。
などなど、数え切れないくらいです。

今この行動は自我から発していないかしら?
と点検する、というか見つめるようになりました。
これが、結構厳しいです。
厳しいと思うということは、私は、自我、私利私欲の行動だらけという証拠。
ハイ、全てが自我から発した行動で生きているといっても過言ではありません。

ひょっとして、木のように自然のまま生きる時代から、
自我にまみれた時代、そして、自我を超えた思考を理解し、使えるようになる時代と
流れているのならば、それは思考の成熟ですよね?
その時代に向かい自我を捨てる、私利私欲を捨てる??
うーん、またもやわからないコメントかなあ。

ミツバチ頭・・・

思い込み思考頭は今、ミツバチがぶんぶん飛んでいる。
先日のコメントから思考に飛び込んできて、
あらゆるものをミツバチに染め始めた。
でも、結構当てはまるかも?って、かなりミツバチ色の思考です。

ひとつは女王蜂。
果てしなく大昔、底なしのような質量のカタマリが、「永遠に継続する事」という意志と合体した。
それはひとつという大きなパワーとなって、
空を色(エネルギー)で拡散しながら埋め始めた。
何故なら、動こそ継続を可能にする方法だから。
ひとつは、空という場に回転という動を持ち込み永遠の継続を試みる。

ひとつが持った意志は色のスミズミまで行き渡り、
星達が生み出す全てに回転をとりいれる。
輪廻転生という、いのちの回転もしかり・・・

ひとつは、永遠に新しいいのち、新しいエネルギーを生み続け、
新しいエネルギーは、回転という動で、ひとつのパワーを支える。
更に、ひとつはただエネルギーを生み出すけれど、
生み出されたエネルギーは回転をし続けるために必要な形、質量へと変身する。

ミツバチの幼虫が、兵隊蜂、密を集める蜂、幼虫を育てる蜂と変身するように。

ひとつと私達は、継続するという意志を貫き続けるために支えあってるのではないか?

ミツバチ頭は相当甘い考えかな?

自我にまみれた時代

って書いてしまいましたが、やっぱりいやですね。
このいいまわし。
だって、そうしたら、今の世界を否定することになってしまう。
否定することからは、何も進まないような気がします。
なので、自我を愛する時代、小さい私を
充分に愛して愛する時代だったと訂正させてください。

えっちゃんへ

えっちゃんワールドだね。
神話?
ファンタジー?
えっちゃんは、童話作家になるといいかもね。
第二のハリーポッターやロード・オブ・ザ・リングをめざす?

えっちゃんワールドは、動、回転の世界だね。
死や静はないの?
いろんな要素が入ってくると、ストーリーが面白くなるかもね。

Re:理解する(01/12)

たろうくん108さん
>kimiさんと出会わなければ、その理解するということも出来ないままだったかもしれません。
>周りの言葉や環境に惑わされないで、自分自身を理解する。
>今からここから。。。
>もっともっと自分を信じ、見つめてあげよう♪
>愛する家族を思うように☆彡
-----
縁というのは不思議なものだよね。
出会いというのも不思議だね。
楽しいと言えば楽しい世界だよね。

Re[1]:376日目 - 自我(01/12)

陽風3812さん
>日記を読みながらすっきりとしてきました。
>ありがとうございます。
-----
スッキリ、クリアーに生きれるといいね。

せきせきさんへ

自分をやさしく見守ってあげることだよね。
けっして裁かない。
自我であっても否定はしない。
そのまま事実だけを認める。
良いも悪いもない。
それがありのままの今の現実。
それをよーく見つめて、深ーく理解することだよね。
捨てる必要もないよ。
自然に落ちる。
静かに見守っていれば、フォーカスがだんだん自我から見守る方へ移っていくんだね。

これまでは自我を体験する時代。
これからは自我を愛する時代。
やがて、自我を超える時代になるでしょう。

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光のkimi

Author:光のkimi
屋久島で、光のガイドをしています。
光の水晶のネットショップも運営しています。
2005年から、光の時代の光の日記を書いています。

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